そして
私の様子がおかしいことに気づいた女性が私に何があったのか訊ねてきて、そこで私は全てのことを話した。
私が死を見ることに苦痛を感じる欠陥を持った死神であること、彼岸から逃げ出して現世に来たこと、呪われた目を持っていること、明るい性格のふりをしてあなたの寿命を伸ばしたこと。
そしてあなたがあと一週間で死ぬこと。
話し始めこそ女性は少し動揺していたけど、それ以外は私の話を冷静に聞いた。自分の余命を宣告されたときでさえ冷静だった。あまりにも冷静で私の話を信じていないのではないかとさえ思った。
私の話を聞き終えて女性はただこう言った。
「じゃあお世話になった人にお別れの挨拶をしないと。」
「一緒についてきてくれないかな。」
次の日から私は女性に言われるまま女性の挨拶回りについて回った。
最初は女性の大学に行った。女性にとって信用できる人にのみ私の正体と女性が死ぬことを話した。女性の研究室の同僚はまた泣きながら私にありがとうと言った。私にはそれが何に対する感謝なのかわからなかった。
女性の大学での挨拶回りはすぐに終わった。女性の交流関係は決して広くなかった。
「両親に会いに行きたい。」
大学での挨拶回りが終わると次に女性はそう言った。その日のうちに私達は女性の実家のある田舎町へ向う在来線に乗り込んだ。
新幹線を使えばより早く帰ることができたけど女性は在来線での帰省を選んだ。
「ゆっくり帰りたいなって。」
在来線を選んだ理由を訊ねた私に女性はただそう答えた。平日の昼下り、私と女性は四時間ほど二人きりで列車に揺られた。
列車の中で女性はよく笑った。首に咲く彼岸花さえなければ女性はとてもこれから死ぬ人間には見えなかった。
私はそこで女性が強くなったことを悟った。私の目の前に居る女性はもうコンビニで泣き崩れていたあの女性ではなくなっていた。絶望に正面から立ち向かった日々が女性の心を強くしたのだと思った。
そしてその日々の中で死に正面から向き合わず、明るい自分という仮面を被り続けていた私だけが弱いままなのだと思った。
夕暮れ時にようやく女性の実家に着いた。女性の両親は素性の知れない私を温かく出迎えてくれた。到着したときには夕食までまだ時間があって、それで女性に連れられるまま女性の故郷を散歩することになった。
女性は散歩中もよく笑った。草木の鳴らす音に耳を澄ませ、土の香りがする空気を嗅ぎ、小さい頃に見た景色を懐かしんで。
解放されたような笑顔だった。
そこで初めて私は今日、ずっと女性が『死』に『安心』して笑っていたことに気づいた。
「そっか、あなたは今幸せなんだね。」
そう言った私の頬に涙が伝った。女性はそこで初めて自分が笑っていることに気づいたように自分の口元に手を当てる。
「ごめんね。」
女性の謝罪に私はただ首を横に振った。羨ましい気持ちも無いわけでは無かったけど、それ以上に女性が幸せを掴んだことへの喜びと自分が置いていかれたわけではない安心があった。
女性は決して強くなったわけではなかった。
私達はあのときから何も変わらず弱いまま、二人で今日まで生きてきた。
それに気づけたことが私は何より嬉しかった。
一週間はすぐに過ぎた。私達は女性が死ぬ前日に私達の住む街に戻った。
私は帰る前に女性に最期を両親と過ごさなくていいのか訊ねた。
「最期はあなたと二人で居たい。」
女性が首を横に振ったあとただその返事だけが帰ってきた。帰る間際に女性と彼女の両親が抱き合う姿が印象的だった。
次の日の午後四時、女性が死ぬ二時間前。女性の家に私の兄がやって来た。
兄は女性を殺しに来たのだった。
兄は女性に丁寧に説明を行った。女性は私と出会ったその三日後に死ぬ運命にあったこと。本来変えられないはずの運命を死神である私が変えてしまったこと。これ以上女性が運命を捻じ曲げて生きると女性の輪廻、強いては人間の輪廻全体に影響が出てしまうこと。死神である兄がその力で女性を苦しまず、体も傷つけない方法で殺すこと。
『死から逃げる』なんて言葉は幻想でしかなかったことを私はそこで知った。本当の死神はコンビニで出会ったあのときからずっと女性に取り憑いていた。
女性は兄の説明にずっと穏やかな顔で頷いていた。そして兄の話が終わってついにその時間がやってくる。
「おいで。」
最期に女性は私を優しく抱き寄せた。女性に触れた箇所全体から女性の体温が伝わってきて、私は女性を強く抱き締め返した。この体温が失われてしまうことがたまらなく怖かった。
「…ごめんね、私やっぱり安心しちゃってる。」
女性は震える私を見てそう言った。私と違ってその言葉には生きることに対する未練も執着も感じられなかった。
「もっと早く死ねたらよかった?」
「ううん。」
けど女性は、私の言葉を否定した。
「ずっと死にたいと思ってた。」
「でも、苦しいと思いながら死ぬより楽しかったと思いながら死ぬほうがずっといい。」
私の耳元から聞こえる女性の声は泣いていて。
「産まれてきてよかった。あなたに会えてよかった。」
「ありがとう。」
「大好きだよ。」
それきり。
それきり、彼女の声は二度と聞こえることはなかった。彼女の力も感じられなくなった。
私はゆっくりと私の身体からまだ体温の残る女性の身体を引き剥がす。
目を閉じた女性の顔は泣きながら笑っていた。抱き合っていたときは気づかなかった。
首の彼岸花は消えていた。
女性の狭いワンルームの部屋で私と兄の二人だけが残される。
「…楽しかったか?」
「うん。」
「そうか。よかったな。」
私の言葉に兄はただ淡々とそう返す。
「私は死から逃げることはできない。」
「でも誰かの死を少しでも安らかなものにすることならできるのかな?」
私は兄に訊ねる。
「…できるさ。さっきまでお前はそれをしていただろう。」
兄は私に微笑んだ。
そのときの私はきっと、なんて無様な泣き笑いを浮かべていたことだろう。
何も変わっていないと思っていた。
けど、二人で過ごした日々の中で。
私達はやっぱりほんの少しだけ強くなっていた。
ある日、通学用の鞄を背負い学生服を身にまとった少年が道路を下を向いて歩いていた。
その表情は暗く重く。そして首には彼岸花が咲いている。
「ねぇ、一発ギャグやってもいいかな!?」
「は?」
「彼岸花怪獣ヒガンバナーのモノマネ!ヒガ!ヒガヒガヒガヒガ!ヒガー!!!」
そんな少年に向けて。
私は明るく元気に声を張り上げそんないつもの一発ギャグを披露する。
私は死神。
人を少しでも安らかな死に導く、少し変わったそんな死神。




