出会い
「一発ギャグやってもいいですか?」
「はい?」
なんとかして女性の自殺を止めたくて。
「彼岸花怪獣ヒガンバナーのモノマネ!ヒガ!ヒガヒガヒガヒガ!ヒガー!!!」
私は生涯で初めて『明るいキャラ』をすることにした。
私の故郷は三途の川の先、彼岸にある。私は死神で、私達死神の役割は人が三途の川を渡るための手伝いをすることだ。
私は幼少期から死の概念を苦痛に感じる精神疾患を持っていた。
死神としては致命的な疾患だったけど、一族に出来損ないが生まれることを嫌った両親は成長した私に死神の役割を果たすことを求めた。
私の仕事場である彼岸は常に死に満ちていた。ここに来る魂の大半は生者に怒り、憎しみ、そして自分の生命が尽きたことを嘆き悲しむ。
働き始めてすぐに限界が来た。私は仕事に行けなくなり、家に閉じこもるようになった。両親含め親族全員が私を軽蔑した。兄だけが私を庇った。
希望のない日々で私は願う。
死のない世界に行きたい。それが無理ならせめて死を見なくてもいい世界に行きたい。
そして私は思い至る。
そうだ。人の生きる此岸、現世に行こう。高度に発展した現世なら私は死を見ることなく生きれるかもしれない。
そうやって私は彼岸から逃げるように此岸に来た。何もかもを捨てて、もう二度と故郷に戻れないことも承知して。
そして私は絶望する。
死神の目には今後1週間以内に死亡する人間の首筋に彼岸花が咲いて見える。
私は現世に来て初めて、死神が近い未来に死亡する人間を知覚する力を持っていることを知った。
死神の私から見た現世は私の思っていた以上に死で溢れていた。
明らかに命が尽きかけている人、逆に一見すると生命に満ちあふれているように見える人。どんな人間にも彼岸花は咲き、平等にその命を奪っていく。そしてその光景が私の心を抉る。結局、現世に来ても私は死からは逃げられなかった。私は現世でも幸せにはなれなかったのだ。
幸せになりたい。きっと誰もが同じことを思って、そのために生きる。努力し、働き、人を愛す。
じゃあ死と共に生きる運命にありながら死から逃げることを望む私は?
実現不可能な幸せでしか幸せを感じられない存在に生きる意味はあるのか?
その疑問に答えを出せずに私は今日も地獄を生き続ける。
現世で生活費を稼ぐために始めた深夜のコンビニバイト。今日もそこに彼岸花の咲いた人間がやってきた。
「お預かりしま、あ…。」
私は思わずその人を見てレジで固まった。その人は20代前半くらいの若い女性だった。一見すると体に悪そうなところは無い、健康そうな人間。ただその顔には深い疲労と絶望が刻みつけられているように見え、そして首に真っ赤な彼岸花が咲いていた。
私の経験からすぐにピンと来た。
この人は今後一週間以内に自殺する。
「…? どうしました…?」
「あ、すみませんなんでもありません。」
私は慌てて女性が持ってきた商品のバーコードをスキャンするけど、その頭の中は女性への疑問でいっぱいになっていた。
なんで?何がそんなに辛くて命を経つの?わからない。彼岸花が教えてくれるのは死の接近だけ。その人が死に何を感じて何を求めているのかを知ることはできない。
ただその首筋に咲く赤を見るたびに吐き気がした。醜い花を咲かせた首を紐で縛り宙に浮かぶ女性を想像してしまい泣きそうだった。
人の首に生える彼岸花を見るたび私の心はぐちゃぐちゃにされる。そしてこれから死ぬ人間を何人も、何千人も見てきた私はもう限界で。
それは私の精神が完全に崩壊してしまう前の最後の防衛本能だったのだと思う。
「…一発ギャグやってもいいですか?」
「はい?」
なんとかして女性の自殺を止めたくて。
「彼岸花怪獣ヒガンバナーのモノマネ!ヒガ!ヒガヒガヒガヒガ!ヒガー!!!」
私は生涯で初めて『明るいキャラ』をすることにした。
叫ぶ私と対照的に私達の間に取り返しのつかない空気が流れる。
「あの」
「ヒガー!!」
「い、いや、突然どうしたんですか?だ、大丈夫ですか…?」
近い将来に死ぬ女性に深刻な顔で心配されてしまった。私がまだ壊れていないと思っているだけで私の精神は実はもうとっくに壊れているのかもしれない。
でも私は止まらない。女性のためじゃない、自分のために止まれなかった。
「大丈夫じゃないのはおねーさんでしょ!だっておねーさん凄い悲しそうな顔してるもん!」
私の言葉にその女性は目を見開く。
「私、そんな顔してました…?」
「してた!だから私が何か元気づけられたらいいかなって!」
私は私にできる限界まで声音を明るくして、自分にできる最高の笑顔で女性に笑いかけた。こんな喋り方も声音も顔も、どれも家族にすら見せたことがない。自分でも自分にこんなことができるなんて思わなかった。ただただ必死だった。
「面白くなかったなら別のやるね!彼岸花妖怪ヒガンバナァのモノマネ!バナ!バーナバナバナバナバナバナバナ、バナー!!!」
頭の中は真っ白でとにかく思い浮かんだ言葉を口に出しているだけ。もう自分が何を言っているのかもわかってなかったけど、ただこれだけは頭の中で念じ続けていたのだけは覚えている。
ねぇ、お願いだから笑って。
死は逃げられるものだってあなたが私に教えてよ。
「あの。」
「バナ?」
「ごめんなさい、私…。」
女性の言葉がはっきり聞き取れたのはそこまでだった。すぐに女性の目に大粒の涙が浮かんできて、女性は床に座り込んで泣き崩れた。私と女性、二人しかいないコンビニで女性のすすり泣く声が響く。
首の彼岸花は消えていた。




