笑顔で見送り
「これなんかどうかしら?」
「可愛いのです!」
「こちらもソーラによく似合うと思います。」
「こっちも可愛いのです!どちらも捨てがたいのでお小遣いで両方買っちゃうのです。」
華も恥じらう姦しい乙女の会話。それが繰り広げられているこの場所はゴーバスにある洋服屋さんだ。とは言え、いつものように女の子らしいフリフリのコーナーではない。主に防寒服が並べられているフロアである。その場所にて私達はソーラの服を選んでいる。いや、選んでいた。今さっき決まった。
それがつまりどういう事なのかと言うと当意即妙。私達の旅にソーラも加わる事になった。
その経緯を思い返す為には一旦前日へと話を戻す必要がある。別にそうする必要なんて無いけど……単に自分で思い返したいからそうしているだけ。
……
次なる行き先が決まった所ではあったけど、もう時間も時間なので出発は明日からとなる。物のついでと言う事で、私達はしばらくリアンさん達のお部屋にたむろしながらおしゃべりをしていた。
「いやぁ、それにしてもリアンさん綺麗で物知りで才色兼備ですね。憧れちゃうなぁ。」
「男の子に憧れられるのはどうなのかしらね。」
「リアンを口説いちゃ駄目なのです!リアンはもう私のパートナーなのです!ぎゅー!!」
とても仲睦まじい。流石の私でもこの間に入ろうとは思わない。ただこの微笑ましい光景をずっと見ていたい気持ちに満たされるばかりだ。
「それにしても、ゲンガー病……そんなに厄介な病気だったんですね。」
「最初に手に入れた素材も結構苦労しましたけど、それでも一番集めるのが簡単らしいですからね。正直先が思いやられます。」
「そんでもって次はまたまたサッコロか。こうなったらもう何でも来いだな。」
「シドさんにしてはずいぶん乗り気と言うか、よくやろうと思いましたね。また何か美人の人でも絡んでいるんですか?」
「またってなんだ、またって。」
ふざけ半分でリアンさんはからかう。シド様がこういう人だっていうのはある程度付き合いのある人なら分かる事だ。からかう仕草までなんというか上品で知的なイメージをにおわせている。
「場所……氷牙山、でしたっけ。」
「ノートにはそう、書いてありました。でも厳密に言えば、氷牙山の更に奥めいた場所と書いてありました。だからその山、あるいはその周辺という事なのかも知れません。」
「シド様、氷牙山ってどういう山ですか?」
「知らん。……が、俺達がこないだ登った山よりもっと悪環境ってのは間違いないだろうな。」
ワンスマウンテンも相当きつかったけど、更にきついのか……
「ワンスマウンテンが観光の為にある程度整地されている山に対して、氷牙山はほとんどが未踏の地、未だ自然の道がそのまま現存している山ですからね。そして、もちろんそこに住む魔物達も。」
「ガランドバスの触角を手に入れるより更に難しいと言うのは間違いじゃないようですね。まあ、大丈夫ですよ。ね?シドさん。」
「そうだな。せいぜいお前が凍死して氷結晶になるぐらいだろ。」
「氷結晶……美味しそうですね。久々に食べたくなってきました。」
「シノさんまで一緒になって物騒な話をするのは止めましょうね。」
エイルくん相手だとついつい冗談を言ってしまう。
「……シドさん、実は、お願いがあるのです。」
と、急に真面目なトーンでソーラが話を切り出してきた。
「お、何だ。今日一緒に寝るか?」
「……私も、その場所に連れて行って欲しいのです。」
「……」
「……まあ、そう言う話になるだろうな。」
私もうすうすそんな予感はあった。ソーラは精霊術の研究者にして、精霊術師でもある。過去にシド様と一緒に色々な所を旅して既に何人もの精霊と契約を結んでいる実績もある。そしてこれから私達が取りに行くアンブロサムの葉がある場所は、同時に氷の精霊が居る場所でもあるのだ。だからソーラが付いていきたいと言うのはある意味当然の申し出とも言えた。
「……リアンは、どう思うんだ。」
真面目な質問に敢えていつもの砕けたトーンではなく、真剣にシド様はリアンさんの意志を問う。それだけ、危険であるという事の裏返しでもある。
私だって普通の冒険だったらソーラが一緒に同行してくれる事は喜ばしい事だと思うけど、ガランドバスの触角を手に入れる時の苦労や危険、それ以上の事が起こるであろう場所に連れて行かせてしまう事が不安でないかと言えば絶対にノーだった。
だけど、それは私一人の考え。大事なのはソーラ自身の考え、そして、ソーラをずっと傍で見てきたリアンさんの考えが何より最重要だと思う。……リアンさん、急にそんな事を言われて、すぐに答えなんて……
「いいんじゃないですか。」
「……」
「?」
「……いや、こっちが……?なんだが……」
「シドさんがちゃんとソーラを守ってくれるんですよね?」
「まあ、そりゃあもちろん守るが……」
「それならいいと思います。どうせ遅かれ早かれ数多くの精霊と契約する事になるんですから。」
……意外にも、リアンさんの答えはあっけらかんとしたものだった。でも、その答えをすんなり出す事が出来たのは、多分、シド様へのリアンさんの信頼……そんな風に感じた。
シド様ならどんな事があってもソーラを守ってくれる。そう、信じているんだ。だから、こうやって託す事が出来る。大事なソーラを。
……私が居ない間にどんな事があったのか詳しくは知らないけど、ちょっと妬けてしまう。
「だけど、しっかり準備はしないといけないわね。明日必要な物を買い揃えに行きましょう。」
「そうするのです!」
「……まあ、いっか。危なくなったらこいつを盾にすればいいしな。」
「シドさんって……男性と女性への態度の変化が本当に著しいですよねぇ……」
「当たり前だろうが。自分で自分の身も守れない男なんてゴミ以下だ。そんな奴はとっとと死んじまえばいい。出来る男なら自分の身と可愛い子の事を守るもんだ。」
「はは……肝に銘じておきます。」
たじたじになっているような雰囲気でエイルくんは笑っている。
……そう言えば、エイルくんが怒った所って見たことないかも知れない。どんな風に怒るんだろう。あ、でも、笑顔でちょっと怒ってそうな時はあったか……その怒り方はちょっと恐ろしい。
「シド様、そろそろおいとましますか?」
「こんな時間か。」
気付きたくは無かったけど、チラッと視線に移ってしまったので言わないわけにもいかなかった。2人も明日の準備とかあるかも知れないし……
「じゃあ、帰りますか。」
「また明日なのですー!」
元気そうに手を振るソーラに見送られて私とシド様は2人で部屋を後に……って、あれ、2人で?
「また明日ですねー。」
エイルくんも手を振っていた。
「……」
「……」
「何ちゃっかりこの部屋に残ろうとしてんだ!!」
「え!?そう言う話の流れじゃないんですか!?ほら、シドさんはシノさんと仲良くやるのでこっちはこっちで3人でという事で……」
「このスケベガキが!!さっさと来いっての!!」
「あー!!あー!!ちょっと!首引っ張っちゃ駄目ですって……ちょ……ほんとにくるし……」
……シド様もシド様だけど、エイルくんも大概だ。見た目は可愛い男の子なのに、男の子ってみんなこういう物なんだろうか……
……
去り際まで賑やかな喧噪を残して3人は部屋から去って行った。再びいつも通りの2人の空間に包まれる。
「……リアン……その……私は……」
「ううん。いいのよ。ソーラなら、きっと一緒に行きたいって言うって思ってたから。」
ソーラは、またしばらくリアンを1人にしてしまう事を悔やんでいた。だけど、精霊と契約をしに行くためにはそのセクションは必ず通過しなくてはならない物。やむを得ないとはいえ、心苦しいのは確かだった。
だが、それを分からないリアンではない。だからこそ彼女は、一見何の不安も無いかのような素振りでソーラを送り出してあげたいと思っている。不安じゃないかだって?……不安に、決まってる。
でも、2人の夢を叶える為には、絶対にこの道を避けては通れない。ならばリアンがやるべき事は。
「さて、また荷物まとめなくちゃね。」
「……」
「他にも、ノートにもっと詳しい事が書いてあるかも知れないから、ちょっと見直してみようかしら。シドさん達道に迷っちゃったらしょうがないものね。」
「……」
「……ソーラ……」
それでもどこか申し訳なさそうにするソーラの体をリアンは全身で抱きしめる。
「そんな顔で冒険に行くなんて、心配になっちゃうわ。……行く時は、元気な笑顔で行って欲しい。そうしたら、私も満面の笑顔でソーラを見送ることが出来るから。」
「リアン……」
「不安な時でも、その笑顔を思い出せば、きっと大丈夫なんだって思えると思うの。……シドさんも付いているんだもの。あの人のいつもどんな時でもバカみたいな高笑いを浮かべてる顔を思い浮かべると、きっと大丈夫って思っちゃうのよね。」
「……シドさん、いつもエッチな顔してるのです。」
「ふふ、そうね。どうせどんな危ない場所に行ったって、そんな顔してるでしょうね。」
……ここに居ない男の間抜けな顔を思い浮かべるだけで、2人の間に笑いが零れる。どんな状況であっても笑えると言うのは一つの強さであった。
「ちゃんと、帰って来るのです。」
「そんなの当たり前。」
「ちゃんと、精霊さんと契約してくるのです。」
「それも当たり前。」
「お土産やお土産話もたくさん持って帰って来るのです。」
「それは……出来たらでいいかな。」
「……ちゃんと、無事に帰って来るのです。」
「……うん。約束ね。」
互いを想いあう2人は、契りを交わす。それはある意味では精霊との契約に似て、それよりもさらに強固と言ってもいいものなのかも知れない。
長い月日を共に過ごし、共に支え合い、共に生きてきた事で2人の間に自然と生まれ出た物。
人の間の言葉で、それは絆と呼ぶ。
……
「いい買い物だったのです!あ、シドさーん!」
「……女の買い物ってのは……」
「なかなかに長いものですね。まあ、僕、待つのは慣れてるから全然へっちゃらですけど。」
何か二人で話していたようだけど私の耳にはよく聞こえなかった。
「服、決まったのか?」
「はい!どっちも良かったので二つとも買っちゃったのです!」
「可愛いソーラさんが着る服ならきっとさぞかし素敵な服なんでしょうね。」
「エイル君褒めてくれるのは嬉しいですが、ちょっと下心が見え隠れしてる気がするのです。シドさん2世なのです。」
「いやー、はは。」
「いやー、はは……じゃねえ!ソーラも俺を引き合いに出すんじゃねえ!こんなのと一緒にされてたまるか!」
「シド様はオープンなスケベでエイルくんはナチュラルなスケベですね。」
「……本当にちゃんとソーラの事、守ってくれるんですよね?」
「心配するな。俺の凄さは知ってるだろうが。このゴーバスに居る誰よりも俺は強い。つーかこの世界で一番強いんだからな。」
「……」
「リアンさんご安心ください。僕もちゃんとソーラさんを守りますから。」
「君は君でちょっと不安な気もしてこないでもないのだけど……見た目は可愛らしい子なのに一緒に居る内に中身はシドさん2号かもって思ってきちゃうのよね……」
「こんな奴が俺の2号扱いされるのは我慢ならん!おい、今から心を入れ替えて清廉潔白な奴になれ!」
「そんな事言われても……綺麗な人と可愛い人を見たらそうなっちゃうのは男としては正常な事じゃないですか。それなのにこんな愛くるしくて可愛らしい僕をそんな破廉恥やスケベだなんて言うのはあんまりですよ?」
「……」
まだ喋らなければ確かに愛くるしいから許されるかもしれないけど、よくそこまで自分の事を言えたもんだなぁ……
「そうやって言う所は、少しお前に似てるかもな……」
「え……私ですか……」
「シノおかあさーん!」
「ちょ……わ、ダメです。まだ私はそんな年齢じゃありません。」
どさくさまぎれてエイルくんが抱き着いて来ようとする。確信した。この子はナチュラルスケベで間違いない。
「何してんだてめえ!!」
「あだーーーー!!」
……とうとうシド様の蹴りが出た。腰の変な所に入ったらしく数分エイルくんは起き上がって来れなかった。
「本当に……大丈夫なのかしら……」
「……ある意味いつも通りなのです。」
こんな感じの旅立ちでいいのかと疑問には思ったが、結局最後はこんな感じでゴーバスを後にした。




