父の遺したノート
「はぁ……」
と、強く宣言してはみたものの、私の足取りは重い……
「とぼとぼ……」
「何とぼとぼしてんだよ。」
「……一緒に、とぼとぼしますか?」
「するか。辛気臭え。シャキッとしろシャキッと。」
……下を向いていた私にシド様はシャキッとするように言う。
「……ふう。よいしょ。シャキッ。」
「それでいい。」
……何がいいのやら。
「シノさん、またあのお爺さんに会いに行ったんですね。」
「……でも、やっぱり駄目でした。」
「……さて、どうしますかシドさん。綺麗な女医さんを、探しますか?」
「よく考えたら、あれだ。楽な道に居る女ってのは大した事ないもんだ。」
「……ええと、何のことわざですか?」
「ことわざじゃねえよ。けどな、例えばその辺の道端に居る女なんて一山幾らのどーって事ない女だろ。」
「そもそも前提がだいぶおかしいと思いますけど……」
「俺はカッコいい。だから勝手に歩いていてもそこそこの女ぐらいなら向こうから寄ってくる。」
「寄ってくる所なんてほとんど見た事ありませんけど……」
「つまり何が言いたいのかと言うと、向かう先が危険で手間のかかる場所であればある程、そこに居る女ってのはランクの高い最高級の女なわけだ。」
……この世界に来てから聞いた中で一番よく分からない理論が展開されている気がする。
「早い話がどういう事ですか?」
「病気を治せる人間はいまのとこゼロって言ってもいい位なレベルだ。つまりそいつを俺が治す事はつまりどういう事だ?」
「……はてな。」
「めちゃくちゃ難しいって事だ。けどそんな道だからこそ、宝もあるし可愛い子だっているに違いない。リスクが高い程めちゃくちゃいいものがある。それが冒険ってもんだ。」
「それじゃあ……」
「あのジジイをぎゃふんと言わせつつ、その途中で可愛い子も見つけつつ、最終的に病気を治しちまえば最強なわけだ!」
「……」
「……ふふっ……」
欲張りセットな発言に、エイルくんがふと笑いだす。けどそれは決して馬鹿にしたようなものじゃない。
「やっぱり、破天荒で、凄い人ですね。」
「ふん。てめえはもうついて来なくてもいいぞ。」
「まあまあ、人手は多い方が何かと便利ですよ?荷物持ちぐらいなら喜んで引き受けますから。ね?」
「言っとくがところ構わずやたらめったらと女に声かけるんじゃねえぞ?」
「シドさんにそんな事を言われてしまう僕って……いったい何なのでしょう。」
この2人は、微塵も諦める素振りなんて無いようだった。まだまだこの先に道はいくらでも開けている。そんな希望に溢れるかのようなその態度に、私のこわばっていた心も自然と柔らかくなっていくのを感じていた。
「……でも、これからどうすれば……」
「もちろん、探しに行くんですよ。薬の素材を。ね?シドさん?」
「当たり前だ。とっとと探しに行くぞ。」
え、え?何を探しに行くのか、2人は分かっているようだった。狼狽える私にエイルくんは優しく語りかける。
「あのお爺さん、言ってたじゃないですか。アンブロサムのは……何とかって。」
「アンブロサム……」
「何を言いかけていたのかは分かりませんが、おそらくアンブロサムと言うのが何らかの単語なんでしょう。つまりそのアンブロサムとやらを見つけることが出来ればいいわけです。」
「……確かに、そうですね。……アンブロサム……また、モンスターでしょうか?」
「だとすれば、素材っぽいのはアンブロサムの……歯。ですかね。」
「植物なら葉だろうしな。まあ、アンブロサムってのを見つければ解決する話だ。」
「ではまた図書館にレッツゴー、ですね?」
……きっと、見つけて見せる。そして、次こそ……
……
「該当件数……」
「ゼロ……だと?」
「……」
アンフォーム大図書館でアンブロサムと言うキーワードを入力して返された答えは、それだった。
「そんな事って……」
「……僕の、聞き間違えじゃ、ありませんよね。確かにアンブロサムと言っていたと思ったのですが……」
「……私も、そう聞こえました。」
「……」
最悪でもここで手がかりが手に入るはずだった。その結果、手に入れるのがとても困難だと言う未来はある程度予想していたけど……まさかこんなすぐに手詰まりになってしまうなんて……
「……アンブロサムノハ……で、一つの単語って可能性もある。」
検索するが、結果は同じだった。
「……切る場所が違うのかも知れません。アンブ……ロサムノハ……」
思いつく限りそれらしい単語を入れてみるが、有力な情報に繋がる事は無い。
「……は、で切るのではなく。は、から更に続く言葉があるかも知れません。灰、とか、箱、とか。」
「だけど、それならやっぱりアンブロサムで一応何かしらには引っかかるはずです。」
「……それもそうですね。」
小一時間あれこれ考えてみたのだが、結局手詰まりとなってしまった……
……
「予想外でしたね。スタートダッシュで躓いた感じです。」
「遅れはこっから取り返せばいいだろうが。」
「そうですね。……で、どうしますか?」
「……」
見た限りでも膨大な数の書籍。そこに一つも引っかからない単語……そうなってくると、やはりアンブロサムと言う物自体が存在していない可能性が出てくる。長い歴史の中で未だ発見に至っていないアイテムがあるとは正直考えにくい。
「図書館はもう一個ある。ゴーバスに行くぞ。」
「ゴーバス、ですか。そうですね。ここは女の人の気が無いからきっと見つからなかったに違いありません。」
「そうだ。そうに決まっている。ゴーバスならパティが居るから見つかる可能性だって高いはずだ。」
「そうですね(そうかな?)。」
確かにこちらにあって、向こうにない書籍もあるだろうけど、それでも可能性は薄そうな事には変わりなかった。
だけど、どんな小さな可能性だって追って行かなくちゃならない。それが諦めないという事だ。……諦めが悪いとも言うかもしれないけど。
……
「と、いうわけで、また図書館に入れさせろ。」
「あのシドさん……私達は、というわけでの前を知らないんですけど。」
それはごもっともだ。リアンさんの部屋に勝手にやって来たのがもう夕方。だからと言って説明を省くのは私自身どうかと思ったのだが、そこは何となく流れで理解してくれるかなー、なんて勝手に思ってしまったのだ。
「向こうの図書館はクソ使えん。だからこっちに来た。」
「そうなんですか。でも……ちょっと遅かったですね。もう図書館のやっている時間は過ぎてしまいましたよ。」
「何!!」
「運が、悪いですね。日を改めて明日ですか。」
「元気出すのです。また探し物手伝ってあげるのです。」
「ソーラさんの明るさに心の傷が癒される思いですよ。あ、それじゃあよかったら今日はここに泊まっていくと言うのは……」
「さりげなくむちゃくちゃな事言ってんじゃねえこのスケベ野郎が!!この部屋に泊まっていい男は俺一人だけだ!!」
「シドさんも駄目です!!」
「俺はもう何度も泊まってるからいいだろうが!!」
「あれはあの時だけです。だいたいシノさんが一緒に居る時はシノさんと一緒に寝泊まりするんですよね?」
「別にそんなルールがあるわけでは……」
「……ぎゅっ(ひしっ)。」
何の拘束力も無いかも知れないけど抱きついてみる。
「……とりあえず、明日だな明日。」
あ、またスルーされた。
「またゲンガー病について調べるんですか?」
「そうです。ゲンガー病を治す為の薬を作るには材料が3つくらい必要みたいです。」
「その内一つはどうにかこうにか手に入れることが出来たんですけどね。いかんせん次の材料を見つける為の手掛かりが見つからなくて困っているところです。」
「図書館で調べても駄目だったんですか?」
「検索結果ゼロとか出やがる。壊れてるぞ向こうの機械は。」
「……ゴーバスの図書館で見つかるといいんですが……」
「ちなみに、なんて言う材料なのですか?」
「多分、アンブロサムの……何やらです。」
「アンブロサム……」
「聞き間違いじゃ無ければな。あのジジイ言いかけて止めるもんだから余計に混乱しちまうじゃねえか。」
「アンブロサム……アンブロサム……」
「?リアンさんどうかしましたか?」
「……その言葉……どこかで見たような……」
「ッ……それ、本当ですか?」
「私も、見たような気がするのです……」
「お前もか?」
図書館の入館時間が過ぎてしまった時は不運と思ったものだが……本当に何がどう転ぶか分かったものではない。
「……もしかしたらリアンのお父さんの残したノートに書いてあったかもしれないのです……」
「!!そうだわ……」
ソーラの一言に何か思い当った様子のリアンさんはすぐさま奥の部屋へと駆け込んでいった。どうやらこの反応は、思い違いや記憶違いではない様子だ。
「それにしても、お2人共よく覚えていたんですね。」
「精霊術に使うアイテムか何かなのか?」
「多分、そうでは無いのです。……リアンのお父さんが旅先であった事や見た事を書き記していた日記のようなノートが確かあったのですが、そこにそんな言葉が書いてあったような気がするのです。」
「リアンさんのお父さんって……」
「それは凄い凄い精霊術師だったのです。私は会った事は無いけれど、各地を巡って数々の精霊達と契約を交わしたって言う話なのです。」
だけど、2人から聞いた話では、現在消息不明という事らしい。
「あったわ。やっぱりソーラの言った通りね。」
ドアを開けて部屋から出て来たリアンさんは、一冊の使い古されたノートを手にしていた。
「これは、私の父のノート。大陸を駆け巡っては様々な地に赴いて、行く先々で起こった事を書き記したもの。」
「そこに、アンブロサムが……?」
「……」
リアンさんは目で頷くと、ゆっくりと、その本に記された文章を静かに読み上げていく。
「……サッコロの奥地にて、私は氷の精霊トキアとの契約を交わしたのだ。氷の精霊とは言う物の、内に秘めたる情熱はまさしく青い炎と形容するべきだろう。精霊達と心を交わす事のなんと素晴らしい事だろうか。……しかし感慨に浸る気持ちだが、流石にこの凍える寒さを無視することは出来ない。道中もよっぽどであったが、ここは更に寒い……また、不思議な事に、それほどの寒さの中にありながら、この場所には植物と思わしきものが生えていたのだ。パッと見は凍りついてしまった植物なのだが、それが本来の姿らしく、トキアはその植物をアンブロサムであると私に教えてくれた。」
「アンブロサム……」
「植物だったんですか。」
「……私はこんなに綺麗な植物は見たことが無かった。結晶の美しさと植物の持つ命の輝きを兼ね備えた美がそこにはあった。トキアは、この植物は世界中でこの場所にしか生えていないと言った。そして私が望むならば、持って行っても構わないとも言ってくれた。心を許してくれた証なのだろうと私は解釈したが、正直この場所でそれが見る事が出来ただけで十分だった。自然に生えているものをわざわざ抜いて自分のものにしようと言う気はなかった。」
「リアンのお父さん、優しいのです。」
「……そういえば、大昔にもここを訪れた男が居たとトキアは言葉を繋げた。それは昔の精霊術師ではないのかと言ったが、そうではなくその人物は冒険者のような出で立ちをしていて彼の目的はそのアンブロサムにあったようだった。彼は精霊の姿が見えなかったため、会話を交わす事も無かったと語った。トキアが精霊としてここに身を置くようになって以来、ここを尋ねた人物はその男性と私だけだったそうだ。確かにこんな過酷な環境へとやってこようと言う精霊術師もそうそう居ないものだろう。そう言う意味でも、トキアはとても孤独な想いをしてきた精霊なのだろうと思わずにはいられなかった。……出来る事ならば、もう一度くらいこの場所へとやって来てこのトキアと何も考えずに語り合う時間を与えてあげられたらと思う。……だが、私にはリアンと言う愛しい……」
……そろそろ終わりだろうかと言う所でリアンさんは突然読むのを止めてしまう。
「……?どうしたんですか?」
「……いえ、ここから先は多分関係のない所だから、この辺にしておきましょう。」
「リアンは恥ずかしいのです。ここから先はリアンのお父さんがどれだけリアンの事を大好きだったかをずっと書いてるのです。」
「おほん……まあ、それは関係ない事です。」
……文章だけだけど、リアンさんのお父さんの人となりが凄く伝わってきたような気がした。
「リアンさんのお父さんのそのノートには、十分過ぎる程の情報が残されていましたね。」
「サッコロの奥地にて、氷の精霊と出会い、そしてその場所にアンブロサムは生えている……」
「そこまで分かってりゃあ、見つかったも同然だな。」
……最初はシド様と山登りに、2度目はエイルくんも一緒に、そして3度、サッコロへと私達は向かう事になる。




