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シドとシノの大冒険  作者: レイン
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また必ず……

あくる日もあくる日も、老人はただ海を眺め続けていた。どれほどの時が流れようともそれが変わる事など無い。もしそれが変わる時があるとするならば、この世からの離別に他ならないであろうと決めつけていた。


「……」


ただこうして生きているだけで罪深い命。自分自身でそうだと分かっていながらも、この命を無駄にしてはならないと言うジレンマの結果。彼は何もしない事を選択した。己の力の限界、至らなさ、無力さ。それらが彼から気力を奪いつくした。


……海は今日も穏やかであった。


……


「よいしょよいしょ。」


「……あの、これ……」


「なんだ。」


「……背中に当たるとぐにょぐにょして気色が悪いんですけど……」


「気にしちゃ駄目ですよ。エイルくん。よいしょよいしょ。」


それを気色悪いと感じた瞬間はもうだいぶ前に通過した。何も考えない。無心だ。


「あ、今日もあのお爺さん居ますよ。」


「暇なジジイだ。」


離れた場所からもその姿は見えるものの、どれだけ近づこうとも私達の方を見向きもしない。気が付いてないっていう事も無いと思うけど。


「お爺さんお爺さん。」


「……」


「おい、ジジイ。こっち見やがれ。」


「……」


何なのだろうか、このそっけなさ。まるで、世界と繋がる事を心から拒否してしまっているかのような……


「ガランドバスの触角、持って来たのですが……」


「……」


言葉は無かったが、その言葉にようやくこちらを向く。そして、眉をひそめる。視線の先は私とエイルくんが背負っている袋の方だった。


「本当に、取って来たのか。」


「はい、この通り。」


エイルくんは重い荷物の中身を広げてお爺さんに見せる。そこに集中する視線。


「……確かに、ガランドバスの触角じゃ。……よく、手に入れたの。それもこんな短期間でこれ程の数とは……」


「1000個くらいはあるはずです。」


「……」


昨日の今日で調達してくるとは予想もしていなかったのかも知れない。きっとこのお爺さんもガランドバスの生息地が不明瞭であることを知っていたのだろう。


「どうだ驚いたか。」


「ああ、驚いた。」


「ふふん。」


「……」


「……」


「……」


「……え?それだけ、ですか?」


「……」


どうやら驚いてくれたようではあるが……まさか、ただそれだけのようだ。このままでは再び恐怖の無言タイムの始まりだ。


「お爺さん、私達、どうしてもゲンガー病を治したいのです。」


「……その気持ちは、よく伝わっておる。これらをどうやって手に入れたのかは分からん。何か人に言えない手段を使って大金はたいて手に入れたのか、はたまた苦労の末にガランドバスの巣を見つけて手に入れたのか……どんな方法にせよ、大変な事だったはずじゃ。そこまで本気だと言うのはよーく分かった。」


「では……」


「だからこそ……余計に辛いのじゃ。」


「何が、辛いのですか?」


「……生半可に希望を与える様な事を口走ってしまったワシも悪かったかもしれん……」


「……どういう事ですか……?」


「……当時ゲンガー病の特効薬を作る為に必要だった素材は3つ。1つはお前さん達が必死で集めてきたこのガランドバスの触角じゃ。確かにこれだけの数があれば十分じゃろう。」


「なら残りの2つも……」


「……どこにあるのかも分からない物を、1000個集めると言うのかの……」


「それは、とても希少な物だと言う事ですか?」


「……この触角だってその当時は、どうにか50人分の素材程度なら手に入れることが出来た物じゃった。ガランドバスだってその当時は普通に生息しておったからな。」


……まただ、何となくこのお爺さんと話していると違和感を感じる。……まるで、この人が語っているのは実体験、実際に自分が体験した事のような話し方をするのだ。


だが、ゲンガー病が発症したのは確か200年近く前の話だ。そうなるとこの人はそれくらい前からその時代で生きていたことになってしまう。そんな事、普通はありえない。


……この違和感の正体は一体……


「じゃがそれでも、当時世界に名を轟かせた偉大な冒険者アレヴィだったから集められたようなものじゃ。」


「過去の奴らがどうだったなんて知ったこっちゃねえが、出来る出来ねえをてめえみてえなしょぼくれたジジイに決められんのが腹立つんだよ。」


「はは、言い方は乱暴かも知れませんが、基本的に僕も同じ意見です。せめて、僕達に努力する術を教えてくれませんか?それすら教えてくれないまま完結してしまうと言うのは納得できません。やるだけやってだめならその時は僕達が自分の意志で諦めます。だから、どんな難題でも構いません。教えてくれませんか?」


「……アンブロサムのは……」


「アンブロサムのは……何ですか?」


「……」


お爺さんは中途半端に単語を告げると、再び口を閉じてしまった。アンブロサムのは……何だと言うのか。


「……いかん、また中途半端に口を開いてしもうた……」


「そこまで言ったならもう中途半端じゃ収まりがつかねえだろうが。全部言えよ。」


「……ワシはもう、これ以上……関わりたくないんじゃ……じゃから、お前さん達もこれ以上深入りしようとしないでくれ。後生じゃから……」


「ふざけんなジジイ!」


「……」


……また、海の方を向いてしまった。


「……」


「……ダメだ。このクソジジイはどうしようもねえ奴だ。もう知った事じゃねえ。」


「ですがシドさん……この人でなければゲンガー病を治す術を……」


「そんなこと誰が決めたんだ。こんなしょぼくれたジジイじゃなくてもっとぴっちぴちの美人の医者かなんかが治せるかも知れんだろうが。」


「……まあ、それならその方がありがたいかも知れませんけどね……」


「決めたぞ。もうこんなわけの分からんジジイに振り回されてたまるか。もっとちゃんとした俺好みの女医を探しに行くぞ。そうと決まったらこんな辛気臭いとこさっさとおさらばだ。」


……シド様の言いたい事も、分かる。こんな所でのんびり足止めを喰らっているわけにはいかないんだから。


「……あなたは病気に苦しんでいる人達を、助ける術を知っているのに、見殺しにするんですか。」


「……」


……この言葉が、相手を傷つける事になるだろう事は重々承知の上だった。……だが、それでも、心の奥からこの言葉が出て来てしまった。


「私だって、微力でも少しは力になれます。シド様やエイルくんだって、そうです。いえ、それだけじゃないです。サッコロの人達だって、同じ国の人が困っているんだからみんな力になってくれます。……そんなみんなの助けたい思いを胸に、私達は今ここに来ているつもりです。」


「……分かっておる。」


「ならッ……!!」


「……」


お爺さんは申し訳なさそうな顔をして、首を振るばかりだった。……私には、どうしてそんな事になってしまうのか全く分からなかった……


……


結局、私達は灯台を後にして、一旦港町エスレードへとやって来た。


「せっかく苦労して取って来たと思ったらなんだあのクソジジイは……さっさとお陀仏しちまえばいいんだ。」


「よっぽど、何やら事情でもあるんでしょうかね……」


「んなもんあるか。下手したら治療法なんて知らんかもしれんぞ。ただ適当な事吹いただけかも知れん……くそ、あんな奴に騙された自分に腹が立って仕方ねえ!!」


……あの目、あの言葉は、諦めの感情によるものだ。


過去に何があったか知らないが、何かがあのお爺さんの心をそうさせている。


……あのお爺さんの過去……順序立てて物事を進めていくならそれを調べるべきかもしれない……だけど……


「おや?」


「どした。」


「……ちょっと、あそこにある新聞を買って来てきます。」


何か目を引く記事でもあったのだろうか。エイルくんは丁度目の居た新聞屋さんから一部新聞を購入してはすぐにこちらへと戻ってきた。


「何だ。さっそく美人の女医の記事でも見つけたのか。」


「……どうやらそういう嬉しいニュースではないみたいですね。」


シド様のふざけ半分の言葉に表情を変える事無く、私達に向けてその見出しを見せる。


「……サッコロにて流行中の病気、未だ治療の目途立たず……」


……読んで字の如く、とても分かりやすい見出しの文章だった。


「サッコロの奥村アガルタにて発症が確認された病が現在猛威を振るっている。幸いと言う言葉が正しいか、被害はその村のみでとどまっているが、未だ残された村民たちは予断を許さない状況が続いている。国一つと言う大きな規模をもってしても鎮圧できないこの状況が続くなか、サッコロ国からの発表は総力を挙げて治療法を捜索中と言う事である。明日を得ぬかもしれぬ村民たちに希望の明日がやって来るのはいったいいつになってしまうのか……」


「国は、病気の事詳しく発表しないんだな。」


「ゲンガー病と言う病名自体、知る人は多くないんでしょうね。シロックさんのような国の中でも重要なポジションの人以外には知らされていないんでしょう。」


そうする理由は、おそらく国民を不安がらせない為なのだろう。だから城下町の人も大きく危機感を抱く事も無かったのだろうから。


……でも、そんなもの一時しのぎにしかならないだろう。このまま運良く回復まで行けばいいだろうけど、万が一死者が出たとなったら隠し通すことも出来ない。そうなればそれを隠していた国自身の責任が問われてしまうはずだ。……そんな行き当たりばったりな事を国がするんだろうか……


「こうしている間にも、雪美さんは……」


「……」


雪美さんに限った事じゃない、クロックさんだって、他の人達だって……今苦しんでいる……


「……ッ!」


「あっ……?おい、どこ行くんだ!」


……いても経ってもいられなくなって、私は新聞を片手に走り出していた。


……


「……」


「はぁはぁ……」


「……」


息切れする私に見向きもしない。相変わらず海の方を見ているだけだ。……けど……それじゃあ……


「誰も……はぁはぁ……救えない……」


「……」


手がかりは、この人しかいないんだ……一刻も早く助けるためには……


「見て……ください……」


「……」


顔の真ん前に私は記事を突きつける。目を開けていれば嫌でも私の見せたい物は目に入る。


「みんな、こんなに苦しんでいるんです……みんな、どうにかしてあげたいって思ってます。……見殺しになんて、しないでください……」


「……ゲンガー病が発生してから、もう一月以上経っておる。」


「……一月経ったら、どうなってしまうんですか……もう、治せない……とでも……」


「いや、むしろ、逆に近いかもしれん。」


「?……よく、分かりません。」


「過去ゲンガー病が観測されたのは知る限りただ一度、そして、その際も迅速に治療が行われたため、重症化に至る事無くゲンガー病は沈速していった。……偉大なる医者エンリケはこう言っておった。一月経たない内に治すことが出来たのは本当に運が良かったと。」


「……それは、どういう意味ですか。」


「あの病気は見立てでは一月程経つと、症状が悪化する。……いや、いっそ、変貌する。」


「変貌……?」


「じゃが、記事の内容を見る限りでは未だその兆候は表れていないようじゃな。……きっとその当時よりも、人々の心が強くなったのじゃろう。」


「心が?」


「……必死に、生きようとしておるんじゃな……」


「……そこまで、分かってくれているなら、協力してください。未知のゲンガー病に対抗できるのは、あなただけなんです。」


「……」


「……」


……重い空気、ここには私達二人だけ。私がしゃべらない限り、このお爺さんがこの空気を破るしかない。


……信じたい。この人は、本当は助けたいのに、何かが心を縛って、それをさせないんだと……何も知らない私の心でそれを壊せるなんて傲慢なこと思わない。


私は、ただ、やれる限りの事をしたいだけだ。……わがままに。


「……」


「……すまん。」


「ッ……」


……長い沈黙の末、出て来た言葉は……それだった。


……何かが、重い重い何かが、彼を縛り付けている。……それは、言葉や心で解放できるようなものでは、無いのかも知れない……


……これ以上、この人に深入りするには、まだ、何かが決定的な何かが足らないような気がする。


……でも……


「でもッ……」


「……」


「私は、絶対あきらめません……」


「……」


「また必ず、ここに来ます。」


……何の根拠も無かったが、私はそれだけ言って、来た道を再び歩き始める。

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