対話の三
「またこうしてお会い出来る機会があって嬉しいです。」
「それはどうもありがとうございます。」
また書庫でリッドさんと出会った。しかし、前回ぐらいから薄々察してはいたけどこの人随分とマイペースな雰囲気だ。
「(これはどうもいけないな。真面目な話ならいざ知らず、普通のお話の時のイニシアチブを取られてしまう。)」
不思議系と言えば私、マイペースと言えば私、意味不明な言動や浮世離れした雰囲気で常に相手を圧倒しなければ不思議ちゃんの名折れである。そんな謎の対抗心を燃やすが故にこの辺りで私とリッドさんの立ち位置を再確認しておきたいと思っていた。
「本を読んでいると色んな新しい事が分かってまるで自分がフェアリー・オブ・ザ・ビューティフル・クイーンになったかのような気持ちになれます。」
「……?」
ポカンとしている。そりゃあそうだろう。何を急に架空の言葉をさも当たり前に存在するかのように言っているのかというところだ。さぁ果たしてどこから突っ込むリッドさん。ちなみにこの電波発言の前から手に持っている本は逆さまだ。
「そのアイマスクは……透けて見えるアイマスクなんですか?」
そして本を読んでいるのに敢えて視界を遮るアイマスク!完全にふざけているようにしか見えないはず。
「心眼オブザベストビューティフルクイーン賞受賞の私なら全部お見通しです。むむむ。」
「……」
どうやら大分私のペースに引き込めているようだ。リッドさんの言う通り私の付けているアイマスクはかなり見え辛いものの、少しだけ透けて見えるもの。リッドさんの困惑の表情が確認出来る程度には視認性は残っている。
「私を、楽しませようとしてくれていますか?」
「え。」
「前回お会いした時よりとてもひょうきんなので、そうかなと思いました。もしやすると私が暗いから明るく元気づけようとしてくれているのかと。」
「別にリッドさん、暗いとは思いませんが……」
「何を考えているのか分かり辛いとは昔よく言われました。ですのでなるべく思った事はハッキリ口に出すようにしています。私の出来る限りで。」
「それは、大事ですね。」
「ありがとうございます。」
「お礼を言われるような事は何もしてませんが……」
「あなたの好意の気持ちを確かに感じました。だから感謝の言葉を贈らせてください。ありがとうございますと。」
「……はい。」
……気が付けば状況は引っ繰り返され、リッドさんのペースに飲まれていた。私ともあろう者がこうも容易く完敗を喫すとは……!
「……私の負けです……しゅん……」
「戦いを行えば必ず勝者と敗者が生まれてしまいます。けれど敗者にとっても得るものはきっとある。ですがそこに死が伴うと……可能性は閉ざされてしまいますね。」
この人はあれだ。私のボケに気が付いてツッコミはするけれど、だからと言って動じない人なのだ。私の意味不明な言動を全てしっかり受け止めて返してくる、いわばカウンター系のタイプ……そのカウンターを更に強く返せるだけの私のスキルが無いと太刀打ち出来ずこうして翻弄されてしまう。
「すみません、前回お会いした時もう少し時間が欲しいと言ったのですが……まだ自分の中で答えは出しかねています。」
「あ、ああ……それは仕方ないです……私もおおよそ無理な事を言っているのも分かってるので……」
戦争で人類を統一するのを止めて欲しいと駄々をこねたわけだが、向こうからしたらもう少し怒っても良いような事だ。ただ単にこうして欲しいと言うのは簡単、ならばそれに代わる対案があるのかと言われたら私は口を塞ぐしか無い。
戦争によって多くの犠牲が出るとしても、その結果もたらされる事実上の結果は確かな説得力があるだろう。強い方が負けた相手を従わせるというのは一概に間違っているやり方というわけでは無い。時と場合による。けれど……
「……あの方は、私一人の願いを叶える為だけにここまでの事をしてくださっています。」
「……」
「私は何の根拠を示す事も出来ず、ただ訴えかけるしか出来なかった。もちろん、誰も本気で耳を傾けてはくれなかった。たとえ理解してくれたとしても、その数人で何をどうこう出来るような事ではありません……どうしても組織力が必要な程に現実を変えるのは困難です……それはあなたも痛感していると思います。」
「……そんなリッドさんの言葉をガイアルラ皇帝は……?」
「……その目に偽りが無いと、その熱意に嘘は無いと、そう見えたと言っておられました。あの方は皇帝でありながら、『王の資質』を併せて持っておられます。だからこそ、相手の人間性やその思惑を人一倍見抜く力に長けているんでしょう。」
「……リッドさん今、『王の資質』って言いましたよね……もしかしてそれって単なる比喩や表現じゃなく……」
「はい。『王の資質』というのはスキルや称号のそれに似たものです。」
やはり……と言っても何故そう思ったのかは本当に感覚的なもの。その言葉に何か意志を感じたと曖昧な言い方しか出来ない。
「『王の資質』というのは人を統べる為の力のようなものだとあの方は言っておられました。そしてそれを持つ者の周りには優れた人間が集まると……」
「それもスキルなんですか……じゃあ、他の国の一番偉い人もその『王の資質』を……」
「いいえ、必ずしもそうと言うわけでは無いようです。というより、持っておられる方は王族の中でも更に極稀のようです。あの方が言っておられた限りでは自分の他にその資質を持つのはラズリードのフィータ王女のみだと。」
「フィータ王女様が……?」
「今はまだヴィンセント王が王座についているからそこまで目立った動きがあるわけでは無いですが……もしも今後何かがあって政権がフィータ王女に移るような事があれば……その時はラズリードは恐ろしいまでの強敵になるだろうと……」
フィータ王女の事、随分と恐れていたんだな……同時に評価していると言う事でもある。たとえ敵国だとしてもその強さはしっかり見極めているって感じか……フィータ王女が王になった後での戦争を制したのはラズリード側……だからその見立てもおおよそ正しい。
「あの方とて、皇帝と言えど全ての事柄を思い通りに出来るわけではありません。そして、人の命を殺める事を喜ぶ方でもありません。あの方はむしろ……民を守ろうとするお方です。その為に自分がいくら手を汚そうとも構わないと、そう振る舞える方なのだと思います。」
独裁者、じゃない。そこには確かな国民への愛がある……だからこそ、リッドさん一人の言葉にもしっかり耳を貸せたわけだ……
「もう、ヤシャマの時は未来へ向けて動き始めているのです。私一人の願いを聞き届ける為に動き出した歯車を……私が止めて欲しいなどとそんなワガママを言えるものでしょうか。」
「……別の方法を私は今探しています。ラズリードとヤシャマ、どちらも争わずに済む方法を……」
「それがもしも見つかったなら……私達の未来にも、違う光が射すのかもしれません。」
リッドさんに……相談してみようか。あのうにゃうにゃ装置の事……
「実は私、とある場所であるアイテムを見つけました。」
「アイテム……?」
「今は壊れちゃってるみたいなんですけど……本来の使い方だと、今居る場所から別の場所へワープ出来るらしいです。」
「……それは、どこへでも好きな所に、と言う事ですか?」
「多分そうです。だから……魔物領にでもきっと。」
「……それは、凄い話かもしれませんね。ただ、どれぐらいの規模の人数が移動出来るんでしょうか。」
「その辺はちょっと分からないですが……でもいくらでもイケるとは思います。」
「……そのお話を頭ごなしに否定したいわけでもありませんが、たとえ100人、あるいは1000人移動出来たとして……それでも魔物達と戦うには全然数が足りません。例えばヤシャマの力を結集してそれを使うとしても兵力10万人以上全てを移動させなければならない……もしも全人類の力を結集したならばそれは数十万の規模に及ぶ。そして戦いに行くだけではなく、負傷した人達は撤退しなければならない。その上で逃げ込める場所がその移動手段一つだけではもしもそれを潰されたら……どうしますか……?」
「うっ……た、確かに……」
……行くという事は出来ても、その先をリッドさんは見据えている。そして唯一の移動手段が絶たれたら……それこそその人達は魔物領に置き去りになってしまう最悪のケースが想像出来る……
「その移動手段は素晴らしいと思います。ですが……仮にそれが成ったとしても、まだ不安は大いに残ってしまいます……」
「……」
返す言葉も無い……浮かれてる状況では無かったのだ。
「すみません、気を落とさせてしまいましたね……でも、そのアイテムは素晴らしいものだと思います。必ずしも戦いの為だけに使うというのではなく、別の使い方も考える事が出来るでしょう。それを直す手段を探しておられるとか……?」
「そんな感じです……リッドさん何か知ってますか?機械的なものなので専門の知識が無いと難しいかと思うんですが……」
「残念ながら私はあまり交友関係が広くありませんので、パッと思い浮かぶ方はいません。」
さながら機械技師さんが必要な流れだ……それに加えてうにゃうにゃ発生機以外のもっと別の魔物領へ攻め入る方法も探して……うーあー……私の頭じゃいっぱいいっぱいだよぅ……
「あなたは自分の手でしっかり行動を起こそうとしています。私にはそれがとてもすごい事だと分かります。あの絶望を目の当たりにして……それでも自らの手で運命を変えようとする事がどれだけ勇気が必要か……」
「リッドさんも十分頑張ってます……」
「……私はこの世界を再びやり直す代償として、全てを失ってしまいました。」
「全てを……?」
何故だろう。そのニュアンスには、前の世界でというよりは、この世界で何かを失くしてしまったように聞こえた。
「この世界以前で私はいくつかの才に恵まれていました。無論、それらを本当の意味で活用する事は出来ませんでしたが……でも、それらはこの世界をやり直した際に全て消失してしまったのです。私は……自分がかつて持っていたスキル全てを失いました。」
「スキル全てを……?!」
そんな話、聞いた事無かった……戻ってくる代償として、スキルを全て失う……?
「……いや、でも、そんなはず無いです。だってコンタストは普通に魔法を使えていたはずですし……スキルを全部失うなんて事……」
「もしやするとあなたはまだご存じなかったのですか……?時航者は、以前の世界からこの世界に来る時に、必ず大切な何かを奪われていると言う事を。」
「大切な……何か……?」
「と言っても私も人伝に聞いた話でしたが……私に時航者の事を教えてくれた女性はそう言っていました。それが私にとっては才能、スキルだったのだと。」
……その人にとって、大切な何か……
……
「……私はこの世界に戻る時、希望を胸に抱いていた。未来を知る私ならば、きっと絶望的な未来を変えられるだろうと。ですが……そんな私の想いは、一瞬にして打ち砕かれたのです。目覚めた時……私はこのような場所に居たのですから。」
……
じゃあ、まさか、モルフィンさんが言ってたあれって……その何かを奪われたから、その場所に居たって事……?
「(奪われたのは、肉体……?自由……?どっちにしたって……そういう話だ……)」
だとしたらコンタストやゴアステラさんも何かを奪われている……けれど、必ずしもそれを自分が認識しているわけじゃない……だってモルフィンさんは自分に降りかかっている状況は理解していても、何故そうなったのかは知らないのだから。
「……ちょっと待ってください。時航者は必ず何かを奪われている……だとしたら、私も……私も何かを奪われているって事ですか……?」
「……そうだと、少なくともあの女性の話では例外は無いと、そう思っています。」
……何と言う事だ。ここに来て、私にはまだ知らない事があった。
奪われた私の大切なもの……奪われると言うからには私が元々持っていた何か……
どうやらその何かを私は、この世界で失っているらしい。
それに気が付かなかったと言う事は無くしても気にならない何か……?それともあまりにも堂々と無くなり過ぎているからこそ分からない何か……?その正体、今の私には見当もつかない。
また一つ、探さなければならない謎が増えた。




