それが指し示すは行き止まりではなく、次なる未来
対象とする人、または物を頭に浮かべて棒を倒すとそれが人であった場合25%の確率でその人物が居る方向を指し示し、対象が物であった場合12.5%の確率で指し示しその方向に向く。対象物が存在しない場合は効果を発揮せず、棒はどちらをも指し示す事なく倒れず地面を指したままとなる。
「(棒が倒れないなんて、そんな事起こるのだろうか……)」
説明書は紛れも無いルールである。だからその通りに事は進むのだろうが、その光景がいかんせん想像出来なかった。
「この道具、ただ探すだけじゃなく、それがあるかどうかの確認にも使えるんだな。」
「そう、だね……」
だんだんとオルテナの表情に翳りが差していく。それもそうだろう。運命の時間が差し迫っていると思えば。
「(……さて、一体どんな目が出るやら……)」
俺も心の中では決して穏やかな気持ちでは無い。知る必要など無いのかもしれない事を、今確認しようとしている。こんな確認作業にどんな意味があるのか。
もしじゃあこの瞬間にフォニカの生存を確認出来たとして、じゃあ1秒後も必ず生きているのか。それを考え出したら一生安心など出来るはずもないわけで……結局は自分の中の感覚としてここまでなら安心出来るというものを欲しているだけ。その基準が人によって異なるだけ。
「……とりあえずここで使うのもなんだし、一旦この森からは出るか。」
「……うん。」
オルテナに気を遣ったと言うよりは、ここで最悪の事実を知った事で起こる二次災害を危惧しての行動だった。取り乱すにしろ、茫然自失になるにしろ……生きる意味を失って魔物に容易く葬られるか……何にしたってこんな落ち着けない場所で確認作業などするべきでは無い。
……だがもちろんオルテナの心はここにあらず、何度かあった魔物との戦いのフォローに入る事になったが、それもやむを得ないと感じる。俺のように存在すら忘れていた人間と違い10年探し続けた相手の行方及び安否に関わる事だ。自分のやってきた事全て無意味と知り、その死を自分が原因だと受け止めてしまったが故に自らの死を選択するというのは納得は出来ないが理解だけなら多少は出来る。
……それでも実行に移させるつもりは、毛頭ないが。
……
「どうする?俺がやるか?それとも俺がやるか?」
今の気持ちでは飯もろくに喉を通らないだろうと思い、ひとまず俺の部屋で次の行動を決める。と言っても物は揃ってる。後は誰が振るか、それぐらい。
「……」
オルテナが息を呑む音すら聞こえてくる。胸に耳を当てればその大きな鼓動もよく聞こえるんだろう。
「……ごめん……せっかくシドに手伝ってもらってやっと手に入れたのに……私……真実を知るのが……」
「……やっぱ怖いか。まぁ、無理もないとは思うがな……お前フォニカと一番仲が良かったんだ。それをずっと探し続けてきたんだ……」
人の心を持ってない自負はあるが、一応人の心が分からないまでは行ってないと思う。だからオルテナの葛藤も何となく分かる。何となく程度。
「フォニカ……シド達が居なくなった後、寂しそうだったけど……でも、私が居てくれるから寂しくないって、そう言ってた。」
……俺はともかく、ジハードの奴が居なくなった穴はデカかったろう。だからそれだってオルテナを安心させる為の強がりだろうとオルテナ自身も分かってたはずだ。だからこそ、自分が守らなければならないと感じた……
「……フォニカがもしかしたらもう、この世に居ないのかもしれない……もし居てくれても、私なんかと会いたくないって思うかもしれない……色々な事考えたら……キリがないよね……全部、私が蒔いた種なのに……」
「……気持ちが沈んでる時は、何考えたって悪い想像しか出来ねえ。もうちょっと俺を見習え。何でも良いように考えられる大先生がこんな近くに居るなんてそうそう無いぞ。」
「……シドは、本当に怖くないの?口では確かにそう言ってる。でも……ジハードやフォニカも……私も知ってる。シドはしっかり子供の頃から自分の考えを持ってた。それが子供な私達には乱暴だったり無軌道に見えるだけで、私達より先にずっと答えに辿り着いてるからもう気持ちの整理を終えてるんじゃないかって。でもそれは……悲しむタイミングが私たちと違って早いだけで……悲しい事は悲しいんじゃないの……?」
「……」
そうか。オルテナは俺を、そういう風に評価したのか。そしてそんな風に言われた事は初めてかもしれない。なるほど、他の奴より早いタイミングで既に腹を決めているから他から見ると動じてないように見えるか。
「……ガキの頃から、他の人間が死んじまっても、あまり何かを感じる事は無かった。それは、可哀想と思わなかったり、逆にざまあみろと感じなかったりとかそういうんじゃなく……何だろうな、多分自分以外の人間に無関心なんだと思ってる。」
俺にとって一番大切なものは命。その命に関わるような出来事は全て重要。けれどそれ以外は命を脅かすわけでないからどうでも良いと極端に考えるのが多分俺だった。
そいつが死ぬ事で俺に命の危険が及ぶなら、その死に一喜一憂するかもしれない。だが、そいつが居なくなったとて、じゃあ、だから何だというのか。俺は今でこそ何人かでの行動をするが、元は独りで生き続けてきた。
どれだけ俺の周囲に人が増えたとて、それらが全部居なくなったとて、俺が独りで生きていける人間だという部分は大きく変わらないはずだ。だから元に戻るだけ。そんな偏った考えをしていれば、他人が傷を負ったり、死んだりする事に興味関心がなくなってもおかしい事じゃないだろう。それで俺を人でなしというのは極めて正常な思考。
「……自分で自分の命を断つなんて、バカのやる事だってシド言ってたの……覚えてる……?」
「なんなら今でも言うかもしれねえし、その考えは今でも正しいと思ってる。」
「……それを子供の頃からハッキリ口にして、命の大切さを分かってたシドは……やっぱり私よりずっと大人だったんだね……私もそれが正しいと思ってる。だけど……正しい事は分かっていても……それを自分で守る事が出来ないかもしれないって、今の私は……思ってるかもしれない……」
かもしれないなどと言う曖昧な言い方をしてみせるが、こうなってくればもう明らか。
「……お前、もしも最悪の結果だったら、これからどうしようと考えてる。まさか……死のうとしてねえだろうな。」
「……」
ちっ……こんな考えるまでもない質問に即答出来ねえなんて、言わずとも分かってしまうパターンだ。
「依頼所で言ってた事……俺は本気なんて思いたくなかった。いくらお前でもそんな選択肢ねえだろうと思ってた。お前、自分の命がどれだけ大事なもんか分かってんだろ。たとえ何があっても捨てていいわけねえって分かるだろ?」
「……だってシド……シドの大切な人が、シドのせいで死んでしまったってもし知ったら……本当に何も感じずにいられる?自分の事じゃないからって……そんな風に割り切れる……?」
「……割り切れる。」
「ちょっとだけ考えた……やっぱりシドだって同じだよ。きっと……割り切れないんだよ、私達……」
「……」
……答えをすぐ言えなかったのは、ちょっとだけ考えてしまったからだ。一番大切な人間が、俺のせいで死んでしまった時の事を。
「(長く居るからか……脳裏に浮かんだのはやっぱりあいつだったしな……)」
俺に恨み言の一つや二つ吐いて……そうしてその言葉を引きずったまま俺は……どうする……生きるか……それとも、苦痛に耐えかねて死ぬか……
「……オルテナ。俺は、俺の命を脅かそうとする奴には容赦しない。たとえそれが人間であろうとも。そいつにだって家族や守るものがあるのかもしれない。もしかしたら過去に俺が殺した奴の敵討ちにやってきたのかもしれない。だとしたら俺はそいつが俺の命を奪おうとするのを不条理とは思わない。文句を垂れつつも内心では狙われて当然と思うだろう。」
俺の想いをどうオルテナに伝えたらいいのか分からず、辿々しい言葉を綴る。
「自分のせいで誰かが死んだ……その責任ってのは確かに存在するかもしれない。そしてそれは本来しっかりと背負うべき物なんだろう。俺が無責任なだけで……人の心がある奴ならそれに心を痛めるのは当然の事だ。」
……俺は嫌だ。オルテナのような良い奴が死ぬのを黙って見ていたくなどない。
「……だが、だとしても、責任と自分の命は絶対に切り離して考えるべき物だと俺は思う。たとえどんな理由があれど……自分で自分の命を手放す事だけは……絶対にダメな事だ。」
……命をこれでもかと奪ってきた人間の言葉に、どれほどの説得力が伴うものか。
「俺の命を狙う奴が100人押し寄せてそれで死んじまうならそいつは文句を垂れつつも因果応報……当たり前の結果だろう。けど、だからと言って抵抗しないかと言われると、俺は全力で死を拒むだろう。そのためにやれる事を全部やり尽くす。それは責任だとか使命だとかそんなものじゃない。人は……自分の命だけは自分で守るべきだという本能的な想いなんだ。」
「……シド……」
「……全部背負えねえよ。責任なんて自分が認識するものしか分からねえ。本当はお前自身も気づいてねえところで何かしちまってるのかもしれねえ。その全部を知る事は出来ない。だから背負うのは程々にしとけ。自分の命に関わるようなところまで背負おうとするな。そんなの第一……あいつが喜ばねえよ。あいつはたとえどんな境遇にあったとしても親友のお前が 苦しむようなこと望まねえ。あいつは俺以外には……良い奴だった。」
「……シド、イタズラばっかりしてたから。」
「……」
「……でも、本当は良いところもたくさんあるって、フォニカも知ってたよ。もちろん私も、ジハードも……」
……ついに俺は、俺達の運命を決めるやもしれない棒きれに手をかける。
「……生きてるさ。暗い事なんかあらかじめ考えてるからんな不安になるんだ。とっとと振ろうぜ。そんで今話した事、何の意味もなかったと脱力して、安心しようじゃねえか。」
見える、俺には分かる。何度も言ってた事だ。フォニカはそう容易く死ぬような人間じゃない。
「……」
だが、結局オルテナの表情を明るくしてやる事は出来なかった。
「……もし、最悪の目が出たら、その時はそうなっちまった原因を探そうじゃねえか。お前のせいなんかじゃないって証明する。そんで……それが終わって、それでも生きていかれないってそう思ったらその時は……」
……俺は俺の命が大事だ。だから……だからこそ……
「……俺も一緒に、死んでやるよ。」
「……!」
自分が何より大切な人間が、自分の命を賭けるからこそ、ようやく言葉に説得力が生まれる。そうとも、相手に信じてもらうなら、自分にとって大切なものを差し出すのが分かりやすい。
「ま、そんな事ならねえだろうがな。それぐらい自信ある。はっはっは。」
「……シド……そんなの、ズルいよ……フォニカが居ないだけでもこんなに辛いのに……シドまで居なくなっちゃうって分かったら……そんなの、死ねないよ……」
「ああ、俺はズルい。お前の思惑なんて俺の掌だ。だから……生きろ。どれだけ辛いか俺には共感してやれねえが……それでも生きろ。俺は……お前に死んでほしくない。」
……それは、俺の心からの想いだった。理由がどうとか、人の心がどうだとか、そんな事より……大切なのは俺自身の欲望だった。
いつもの笑顔も、この悲しい顔も、死んだらどれも全部見られなくなる。
「……シド……私……」
「そらよっ。」
「……!!」
その言葉を聞いた俺が、どんな顔をするのか、どんな返答をするのか、考えただけでも小っ恥ずかしくなる。なので俺は棒切れを手放した。そいつが倒れれば全て良し。倒れなければ……最悪の目と出る。そしてどっちにしろ、答えは出る。
(いつまでもわけわからねえ事に振り回されるぐらいなら……俺は目の前の現実を見る。)
そして……棒は、とある一点を指して、硬直した。
「……あ?」
そしてその光景に俺は、目を疑った。
「え……?シド……これって……どういう事……?」
持ち手を上に向けた状態で手放した棒切れだが……
「……すまねえが、分からねえ……これが、その向きを指してるのか……何なのか……」
説明書を見る限り使い方は間違ってない。そして対象が存在しない場合はそのまま倒れないとも書いてあった。
「フォニカが居るのって……」
……それでは、クルッと反転してフォニカを指し示すであろう部位が……天井を示しているのは……?
「……上……?」
……そう。この棒切れは、天井を……空を指し示していたのだった。




