対話のニ
「お時間を取らせていただきまして申し訳ございません。」
「い……いえ、こちらこそ恐縮です。どうぞゆっくりと私の美貌をご覧になってください。」
「……」
……重い空気を更に重くしてしまった。けどいきなりこんな事になるなんて思っても無かったよぅ……
「お、お茶でも淹れて来ましょうか、私がちょちょいのちょいと……」
「いいえ、その必要はございません。ほんの数分で済む程度の話です。」
「で、ですか……」
とても綺麗な女性と二人きりで同じ部屋に。シド様だったら喜んでいるんだろうけど私にはそう単純に捉える事は出来なかった。
「既にご存じかも知れませんが、私はシグナリア・タナスト……ガイアルラ様の補佐を務めさせていただいております。」
「し、シノと言います。シド様の……ええと、お世話役と、その他色々をやらせてもらっています……」
って、シド様って言っても初めての人が分かるはず無いな……
「シノ様の事は色々と伺っております、高名な冒険者であり、現在はジャスティナ将軍の下で修業を受けているとか。」
「高名な冒険者だなんてそんなそんな……てれてれ。」
「私個人もそうではありますが、何よりガイアルラ様がシノ様、あなたに興味を抱いておられます。」
「ガイアルラ皇帝が……ですか……?」
いつかどこかで接触したいと思ってはいたし、向こうから興味を持ってくれてるなら良い事かも知れないけど……でも、この感触はどこか、悪いイメージな気がしないでも無い。
「ヤシャマの者達からしてもシノ様のご評判はとても良いものが多く、そして人柄のみならず、その腕前もジハード将軍が認める程であると。」
「あふぅ、ジハードさん……やっぱり強いんですよね。」
「ヤシャマにおいて最強の名に相応しい強さを持った方と私は認識しています。」
きっとみんなにそう思われてるんだろう。凄いなぁ……
「でも私……流石にそこまで強くはありません。強くなりたい気持ちはあっても、実力は全然追いついてません……」
「たとえそうだとしても、あなたの存在はヤシャマの者達にとって良い影響を与えているというのが私とガイアルラ様の共通認識です。それを踏まえた上で……シノ様にお聞きしたい事があります。シノ様、あなたは……ヤシャマで働く気がお有りでしょうか。」
「……それは、軍人として……って事ですよね……」
「……」
真っ直ぐな眼差しは、まさしくその通りであると、私にしては珍しく相手の意図を読めた事になる。
「(何となく、そんな風な話になるのだろうとは思っていた……だってジャスティナさんはヤシャマの将軍なのだから……その弟子である私もまた、ヤシャマに属する何かしらの位置に立つ事になるのではないか、それはむしろ自然な流れの話だ。)」
私がヤシャマで戦う……ここまでの私の動きを考えれば、そんな事は有り得ないと言っても良いはずだった。かつて私はラズリードの下でヤシャマと戦った……むしろ敵国だったのだ。けれどこの世界ではまだラズリードとそこまでの交友などは無く、リンカスターさんと個人的に関係があるだけ、現状で言ったら私にとってラズリードとヤシャマの付き合い方は然程大きな開きがあるわけでも無く、何ならジャスティナさんに弟子入りしている分、ヤシャマにより深くかかわっているとすら言えるかもしれない。
「シノ様、私達は多くの人材を必要としています。そしてあなたのように優秀な人材ならば、それはたとえ多くの対価を支払ってでも手に入れたいものなのです。」
「……お返事を、ぼかしたりしたら……ダメ、ですよね……」
「……私は真面目なつもりでお話をさせて頂いております。」
出来るだけ、真摯に、そして真面目に答えて欲しいと言う事だ。だとしたら私は、極めてハッキリと答えなければならないだろう。
「……すみません、私……冒険者です。今も、そして……これからもずっと。」
こう返答する事で、よろしくないように思われても……だとしても、私の答えはこれ以外ありえない。私はシド様と一緒に在り続ける。シド様が冒険者である限り、隣に居る私もまた、冒険者なのだ。
「……そうですか。」
とても残念そうな言葉だったのは、私でも分かってしまった。きっと……私なんかを、そこまで目にかけてくれたのだろう。そうまでされる程じゃないってのは私が一番分かっている事だ。
「……すみません、シグナリアさん……私、ヤシャマに、居ない方が良いでしょうか……」
ヤシャマの人間にならないと言う事は、過激な言い方をすればいつ敵になってもおかしくない存在であると認識されても間違いではない。だったら国の機密や安全の為に、私は即刻居なくなった方が良い……最悪、もうこの国から出られない事だって無い話では無いかも知れない。もしそうなってしまったら私は……
「……いいえ、そのような事を言うつもりはありません。今日はシノ様のご意思を伺いたかっただけです。もしも良い返事を頂けたならばより良かったですが……そこは残念ではあります。けれど、だからと言ってシノ様がヤシャマの賓客である事は変わりません。今後もジャスティナ将軍の下で修業にお励み頂ければと思います。そして……もしも気が変わるような事がありましたら、いつでも我々ヤシャマは歓迎いたします。本日は修行の傍ら時間を割いて頂きました事、心から感謝いたします。」
「……はぅ……」
……私ってば、こういう誤解を招くような事になると何となく分かりつつも、その時が来るまで伸ばし伸ばしにしてその対応を全く考えてなかった。だからこんな曖昧な言い方ばかりして相手に気を遣わせてしまうのだ……
「(それにこれできっとガイアルラ皇帝も私から興味を失った事だろう。近付いてお話が出来るチャンスだったかもしれないと言うのに……)」
……でも、その為だけにその場限りの嘘を言って後で相手を裏切る方が私は……嫌だ。後で嫌われるぐらいなら、今正直に言って嫌われた方がまだマシだ。どっちもどっちだろうけど……
……
「と、そんなこんなありました……」
「シグナリア様が直接シノの元に来てヤシャマに誘うなんて……私の知らない所でよっぽど知名度を上げているみたいですわね。」
ジャスティナさんやジハードさんと一緒に行動してたりするだけで勝手に知名度上がっていくんだと思う……
「……ジャスティナさんは、どう、思いますか……」
「どうと言われても、ハッキリ言ってもらわないと分かりませんわね。」
「……私、冒険者を止める事は出来ません。だからヤシャマの力にはなれません……そんな私に修行をつけるの……嫌ですか……?」
「……」
ストレートに、聞いてみた。ジャスティナさんは、私がヤシャマに入って欲しいと、そんな期待をかけてくれていたのだろうか。
「……あなたの事はヤシャマの兵達の間で真しやかに囁かれてはいましたわね。その話の中ではもうシノがヤシャマに来るのは半ば決定事項の様なものと捉えている方も居ましたわ。」
私がハッキリと言う事を避けて来たから、そう勘違いさせてしまった。
「そうですわね。私も……シノが共にヤシャマで戦ってくれるならば、心強く……もっと素直に自分の言葉で言うならば、嬉しい事ですわ。」
「……」
「ですが、自らの立場を盾にして、あなたの意志を問わずヤシャマに協力させようなどとは思いません。心からそれを望む者で無ければ意味はありませんもの。それにシノ……あなたが私に弟子入りを望んだのは、ヤシャマの兵になる為ではない。もっと違う……何かを目指したが故にそれを選択したのでしょう?これまでの自分に無い何かを手にする為に。」
「ジャスティナさん……」
「……私はあなたがどんな道を選んだとしても、それを尊重しますわ。もしもあなたが私の下で力をつけ……あるいはいつかその力を手に私に立ち向かう結果になったとしても……それは私の責任であり不始末、飼い犬に手をかまれたようなものだと思い……自らの手で始末しますわ。」
「……私、ジャスティナさんと戦ったりするの……嫌です。」
ラズリードにも、そしてヤシャマにも私にとって大切な人達が居る。だから今の私には分かる。どっちに立って戦うのも違う。戦い自体がやっぱりあってはならない事なのだ。
戦いを避ける為の力を求めたからこそ……私は今を生きている。
「あなたはあなたの思うまま進みなさい。師匠として、私はあなたに自由な生き方を望みますわ。」
「……はい。ありがとうございます。」
こんな風に私を認めてくれる先生で、良かった。私らしさを尊重してくれる人で良かった。
「(ジャスティナさん……大好きです。)」
先生としても、女性としても、人としても、そして……出来れば、一人の友人としても。
……
「残念ながら良い返事はいただけませんでした。」
「棚引かなかったか。」
「申し訳ございません。」
シグナリアは主君に報告する。芳しい結果を出せなかった事を心苦しく思いながらのそれだったが、皇帝はむしろそれを聞いて満足そうに笑みを浮かべて見せた。
「普通ならば、ヤシャマに傅くものを……流れに従わないというのは自らの意志があってこそ出来る事。なるほど、強固な意志を持つわけだ。自らの我を通す強い想いを持つならば……良くも悪くも必ずこれから先の我らの未来に影響を及ぼすだろうな。」
全てが思い通りに進むような世界ならばとうの昔にヤシャマは天を握っている。だからこそ彼は流れ通りにいかない事象をむしろ愉快に捉える。
「要注目だな。いずれにせよヤシャマに良い風を吹き込んでいるというのはほぼほぼ間違いでは無いのだろうから。」
「今後も機会があればお誘いしようと思います。」
「ふ、疎まれない程度に留めておくがいい。」
シノは明らかな答えを示し、それによって自分の立場が危ぶまれるかと思ったようだが、事実はそうは転ばない。むしろ一定の者にとっては更に評価される運びとすらなった。
自分から見る自分の評価と他人から見る評価は全く違うのだという事をシノが知るのはまだまだ先の事だろう。




