対話の一
「あっ……!」
運命の日は、突如として訪れた。
「また、会いましたね。そして……とうとうお会い出来ましたね。」
「リッド……さん……」
訓練の日々のその最中、書庫に来た私はその人と対面した。これで2度目の邂逅となり、そして……
「何か……本を読まれますか?」
「え、ええ……まぁ、そのつもりではありました……」
「……では、その本を読みながら、良ければお話をしませんか。」
「……」
ヤシャマ帝国に居る間の私はただ観光をしているわけじゃない、ジャスティナさんは私に強くなるようにとこの場所での読書をするようにと言ったのだ。だから本を読みながら話すというのは私のやりたい事とやらなければならない事の両立を兼ねていた。だから私はリッドさんの向かい側に座り、本を開く。
「……」
「……」
どちらから話しかけるでも無く、最初はお互い本を読み続ける。読んでも内容が頭に入らないのでは無意味。しっかりと集中はする。
「(……ちらり。)」
リッドさんの読んでいる本の表紙を見ると、どうやら歴史書のようなものだった。ヤシャマのみならず、この人類史の歴史をその本から紐解いているのだろうか……
「……私達はどうして、この世界を再びやり直しているのでしょうか。」
「……!」
やがて驚きと確信の対話が開く。私から話しかける事が出来ないが故に、向こうからエスコートしてくれるようだ。
「そして、私達はこの事実を口にしたり他人に伝えたりする事を禁じられている……これまでもずっとそうでした。ただ一つその限りではない例外が……その場に居合わせている相手が同じ境遇である場合のみ……そんな認識で、合っていますか?」
「……リッドさん、どうして私が時航者だと分かったんですか。」
もはや互いに時航者である事や、それによって受けている制約などは敢えて論議するまでも無く、私は私の興味がある事を尋ねた。もしかすると、目で見る事で時航者であると判断出来る何かがあるのかもしれない。だとしたら……
「いいえ、全然分かりませんでした。」
「え。」
つい、間の抜けた声を出してしまう。
「私は知らない方などと二人きりの状況になった時は必ずその言葉を言うようにしていました。もしも相手が時航者じゃなかったら、ただ時間を遡るだけですし……逆に遡らないならばその相手が時航者であると判断出来るだけです。」
「そういう事でしたか……」
どうやら特別な種は無かった。けれど、確かに言われた通りだと思った。私も今度からやってみようか……
「(でも……この世界の殆どの人は時航者じゃないだろうし……やっている間に私の心が折れそうになっちゃうかも……)」
……気になった時だけ、やってみようか。
「あなたの名前……シノさんで、合っていますか?」
「そうです。」
「この数日、色々な方からあなたの事や噂をお聞きしました。ジャスティナ様の下で日々修行に励み、目覚ましい成長を為されていると。」
「どうでしょう……先生がとても素晴らしい人なので確かに強くなっていると良いなぁとは思います。」
強くなっているという自覚を持つ事で、強さに対する目線も変わる。だからあまり卑下し過ぎず、過信し過ぎない程度に自分を認める。
「シノさんがジャスティナ様の下で鍛錬に勤しんでいるのは……何の為ですか?」
「……強く、なりたいからです。もう、あんな悲劇を引き起こさないために……」
「素晴らしい事です。そして私も同感です。ですが……今から私が言う事で、気を悪くしたらすみません……例えばあなた一人が魔物100体と戦えるだけの力を手に入れたとしましょう。その力で……この世界を救う事は出来ますか……?」
「……」
……言われずとも、分かっていた。私が強くなりたい願いは、どちらかと言えば私自身の願望であり、直接世界を救う為の手段とは少しだけ違うベクトルなのだと。私一人が強くなっても、たとえ努力したとしても……オドにはどう頑張っても叶わないだろう。無論ザナにすら到底力が及ばない。そもそもただの魔物相手だってどうなる事やら……エリアボスなどに苦戦するような私の力量では、たとえそこを跳ね上げてもきっと届かない……
「……普通の力では、太刀打ち出来ない相手……それが私達人類の敵の正体です。魔物が居て、更に高レベルの魔物、それらの更に上を行くザナ、そして魔物の皇であるオド……これらの脅威を打倒する手立てが見つからない限り……私達に勝利は訪れないでしょう。」
「……」
それが現実だった。もはや個人の力でどうこうなる次元の話などとうに過ぎている。あまりにも高すぎる壁であるが故に、時折目を背けたくなるような事態。それはもう数年で訪れる……
「けれど、あなたの努力を私は立派だと思います。絶望を前に、立ち向かおうとする強い意志……その美しい心をどうにか守りたいと……私も願います。」
「……何をすればいいのか、よく分からない……けれど諦める事だけはしたくない……だから強くなりたいと、そう漠然と思っているだけです。明確なビジョンなんて……全然分からない。でも一つだけ確かなのは……私はこの世界が好きです。この世界の人達が好きです。私を救ってくれたこの世界を……今度は私が救いたい。そんな、途方も無い願いを……」
「……あなたは、優しい人です。そして、立ち向かう強さを持っている。ここで出会えた相手があなたであって良かったと……心からそう思っています。」
……同じ境遇で、同じ気持ちを抱いているからこそ、少し言葉を交わすだけで分かる。この人もまた多くの悲しみを経て、今に至るのだと。
誰だって、あんな惨状を目の当たりにしたら二度とごめんだと思うだろう。私でもリッドさんでも、モルフィンさんでもゴアステラさんでも。そして……コンタストであろうとも。
「リッドさん……他の時航者と会うのは私が初めてなんですか。」
「……いいえ。初めてではありません。シノさんの前にもう一人、私は時航者の方と出会っています。」
やっぱり、そうか。そうじゃなくちゃそもそも時航者という言葉について知る事が出来ないはず。そもそもこの言葉を最初に作ったのって……誰だ……?
「(そもそも私がこの言葉を教えられたのは……コンタストからだ。そしてこう言っていたはず……)」
……
「私は既に幾人かの同じ経験者と出会いました。時を超え……人類を災いから救おうとする者達……それを私達は時航者と呼称しています。」
……
ここで言う『私達』という言葉……あの時は呪術の徒全体の事を指しているのかと思ったけど、今にして思うとそうじゃない……呪術の徒の他の人間達は流石に時航者じゃないはず……つまりその言葉の存在を知る事すら出来ない。)
「(ならばコンタストが言っていた『私達』という言葉は……自分以外の他の時航者を指していた言葉だったと言う事だ。その内の一人はゴアステラさんだろうけれど……他にもコンタストには面識のある時航者が居たわけだ……)」
せめてその人達の居場所やリストでもあればと思ったが……コンタストの知り合いとなると少々癖の強い人が多そうなイメージだな……悪い人じゃないと良いけれど……
「リッドさんが出会ったその人は……一体、どんな人なんですか?」
「女性の方でした。名前は……すみません、分かりません。聞きそびれてしまいました。というよりは一応尋ねたのですが……名前を口にする事無く行ってしまわれました。自分の置かれた境遇に少なからず動揺してしまっていたからというのもありますが……しっかり聞いておけばよかったですね。」
「女性の方……」
私が知っている時航者の中で女性はモルフィンさんだけ……けれど、モルフィンさんはあの場所から動く事が出来ない……つまり、私の知らない別の誰かと言う事か……
「その人がリッドさんに時航者という存在を……?」
「そうです。そして運命に屈する事を拒むならば、行動を起こすべきだと……そう私に言いました。」
「行動……」
その女性の人……果たして何者なのか……そして今、どこに居るのか……
「(味方か……はたまた……)」
……同じ志を持ってる人ならば、敵であって欲しくは無い……
「私はシノさんのように、自身の強さを磨く事は……叶いませんでした。私には他者の力を借りる事しか出来ない……我ながらとてももどかしく、申し訳ない限りです。」
「他人の力……リッドさん、確かガイアルラ皇帝のお客さんって聞いてます……じゃあ、まさかリッドさんが力を借りているのって……!」
「その通りです。私はこの世界を救うべく、ガイアルラ様に協力していただいているのです。」
一国のトップが協力してくれれば大抵の事は為されるだろう。いや、でもちょっと待てよ……?
「……リッドさん、ガイアルラ皇帝は、戦争を起こそうとしていますか?」
「……遠からず。その時は来ると思います。全ては私の為にしてくれている事……」
それって、戦争を起こそうとしているのは……ガイアルラ皇帝の意志というより……リッドさんの願いを叶える為に……?
「……リッドさん、じゃああなたはヤシャマとラズリードの戦争を引き起こそうとしている……?」
「……間違っていません。そうすることが結果的に……人類を救う事になると考えています。」
……何と言う事だ……分かり合えたと思ったのもつかの間、私が戦争を回避出来ないかと考えている所に、それと正反対の事を考える人がここに居たなんて……
「リッドさん、私はヤシャマとラズリードの戦争をこの目で見て……そして、体験しました。」
「……そうでしたか。私の経験では、両国が戦争になる事はありませんでした。多少の軋轢はあれど、どうにか国と国は互いの距離を保ちながら平和な世界を築き上げているそんなある日……魔物達は人類を滅ぼしに来たのです。」
少々ややこしい話だけど、時間を遡った順番や時期が違えば、過ごした元々の世界の事象も異なるだろう。
自分自身の為に再確認、再認識してみよう……
まず恐らくだけど、私よりも先にリッドさんの方が先に時間を遡った。それを一番最初と考えるならばその世界では人類間での戦争は起こらなかった。けれど魔物は攻めて来て……人類は為す術無くやられてしまった。その中でリッドさんは時間を遡り、人類を救う為の手立てを講じ、ヤシャマに来た……その協力者がガイアルラ皇帝だったのだ。
ガイアルラ皇帝はリッドさんの願いを聞き届ける為……戦争という道を選択した。そしてその後、きっと私がこの世界に来たのだ。そして戦争が起こり……その結果ラズリードは勝利したものの……結末は同じだった。
「(ここで大事なのは……戦争の結果によって人類がどうなったのかをリッドさんは知らないと言う事……)」
だが私は知っている。これが意味する所って、けっこう重要では無いだろうか。
「リッドさん……戦争では、人類は危機を乗り越える事は出来ませんでした。それどころか……互いに多くの命を散らしてしまうだけだった。多くの人達が亡くなり……ジハードさんも、死んでしまいました。」
「人類を一つに統一し、力を集結する事でしか魔物に対抗しうる事は出来ない……たとえ犠牲を払う事になろうとも……その為にはヤシャマ帝国が人類の頂点に君臨する必要があった。圧倒的な力の元……全ての国を従えさせる事でしか……それを叶える事は出来ない。」
「言っている事理解はします。でもそれはやっぱり……ダメだと思うんです。たとえ平和を手にしたとしても……大事な人達がそこに居ない世界じゃ私は……嫌です。」
「……」
私の理想が幼稚で現実味の無いものだというのはよく分かっている。
……でも、捨てられない。
出来る限り、多くの人が居る状態で……幸せな結末を迎えたい。
それが……救えなかった人達へのせめてもの供養……そして私がやらなければならない義務だと思うが故に。
「……少し、考える時間を頂けないでしょうか。あなたの言葉はとても真摯で真っ直ぐです。けれど、だからと言って……今すぐに考えを改められるかというと……そうではない。私にも時間を頂きたいのです。あなたの想いに応える為の言葉を考える時間を……」
「……すみません、押しつけがましく一方的に言ってしまって……言ってる私が一番悠長で……建設的じゃない夢想事を言ってるって分かってはいるんです……リッドさんはしっかり行動しているのに……私は出来るかどうかも分からない、方法も分からない事ばかり言って相手を惑わせてしまう……そんな私は……ちょっとだけ嫌になります……」
「だから力を求めている……そんなシノさんの事……私は個人的には、好意を抱きます。あなたはやはり、心優しい人です。」
……その暖かな微笑みが、リッドさんの人柄を雄弁に語る。
この人は間違いなく、人類の事を想って行動している。
だから、その想いは信じるに十分値する。
「時航者という共通の間柄で無くても、私と、友人になって頂きたいです。私はもっともっと、あなたの事を知りたい。そんな事では……ダメ、でしょうか。」
最後にちょっとだけ恥ずかしそうに言ってみせたその言葉を、私は可愛いと感じてしまった。
「……こちらこそ、よろしくお願いします。これからも。」
だから受け入れよう。この関係を。そしてこの関係を、絆と変えたいと願う。




