薄氷のハッタリパフォーマンス
シノは考えた。
目の前で去り行こうとする敵に対して戦闘能力の乏しい自分が何が出来るのかを。
……戦う力が足りないならば、自分の持つ力を最大限振り絞って己の力へと転化するしかないと。
あの豹変した姿こそ……この世界で……いやさ、前回の世界においてですら見せた事の無かった、彼女の一世一代の大芝居……ハッタリの積み重ね。
「(何も知らない……何も分からない。だけど、そのように振る舞ってみせる……そして、可能な限り……相手の興味を惹いて……精一杯、相手を挑発して見せる。)」
一見しただけであの物静かな少女が、突如あのような口調で語り出せば敵味方であろうと、何が起こっているのかと面食らう。たとえそれがたった一度限りの虚勢であろうとも、それを虚勢で見抜く事が出来ない程に振り切った芝居ならば。
シノは慣れもしないのに、偽証を重ねた。語る言葉全てに黒き真実を混ぜた。
私はお前達の全てを既に知っていると。お前達をただ泳がせているだけに過ぎないと。
……無論、100%嘘をつき続けたとて、いつかどこかでボロが出る。
だから、ただ偽りを述べるだけでは足りないのだ。
……引き出した言葉から、必要な情報を得て、あたかもそれを……元より知っていたかのように振る舞う。これだけで、言葉の信憑性は極めて格段に上昇する。
……何よりシノが為すべきと自らに課していた至上目的……それは、標的を……自らへとロックオンさせる事。
自分が相手にとって一番の脅威であると……錯覚させる事にあった。
その為に、大物のオーラをああもまで見せつけた。誇示したのだ。
……自分でも感じていただろう。全く似合っていないと。
しかし、今現在そう思っていたとて、さっきの彼女は全身全霊でそれを演じきった。
ならばその結果が、考え無しに行った無我夢中の行動よりも、良い結果をもたらす可能性は……高いと言えるだろう。
……
「まさかじゃあ……さっきのって、全部、演技だったの……?」
「はぶぅ……」
「相手を少しでもこの場に引き留める為……相手を逃さないために……?」
「へぶぅ……」
彼女の言葉は、あるいはビームよりも深く届いた。
言葉は時に、何よりの武器へと変わる。
「ん、んだよ……そう言う事かよ……まじでビビったじゃねえか……」
「げぎゅう……」
「おい。」
……そろそろいい加減まともに喋るべきだと、彼女の一番の理解者は頭を軽く小突いてみせる。
「あふぅ。」
「お前、アレだな?さっきのが演技だったって事は……話してた内容も適当に喋ってたな?」
「……バレちゃいましたか。」
当然、理解者であるが故に、遅ればせながらもシドはそれがブラフであると看破して見せた。
「本当に何でも知ってんなら、とっとと敵の本拠地にだって行くだろうし、あいつが出てきた瞬間に初めて見たようなリアクションしねえだろ。」
「流石シド様。そう言われてみるとそうですね。」
「……もっとも、そんなのはこの場でいつも通りになったお前を見ているから分かる事。あいつは……どうだか分からねえがな。」
自分の発言に素直にうんうん頷いてみせるシノの動作が相変わらずの愛くるしさであるのも相まってか、彼はやや嬉しそうに得意げな顔をしてみせる。
「あのイルって人、明らかにシノの様子に驚いてた。きっとあの人にはシノが実は何でも知ってるかもしれないって思ったかも……」
「確信は無くとも、疑惑の種ならあいつに植え付けたに違いない。上手くいけば……あいつは根城に戻った後、今回の事を仲間の奴に報告するだろう。」
「そうすると、どうなんだ?」
「……相手がこちらを、シノさんを認知したという事は……ただ単に異世界人をランダムに狙うのではなく……脅威と感じて、シノさんを狙って来る可能性があるという事よ。それにシノさんは自分の場所をワザと教えて挑発して見せた。自分はエイスの町に居ると……」
「……!そうか……じゃあシノお前……自分を狙わせる為にワザとあんな真似を……!」
ようやく遅れてジェイも気がつく。シノのその狙いに。
「どうあってもみすみす逃がしてしまうなら……せめて、次に繋がる為の何かを残したかったんです。そうしたら……ああいうやり方しか思いつきませんでした……」
「しかもふたを開けてみれば薄氷のようにハッタリまみれのギリギリの道だったと……全く……ここに来てエラい胆力じゃねえか……」
「あふぅ、こういうのって難しいんですね……」
「……でも、もしあの人がシノの演技を信じていたら、こっちから追いかけるんじゃなく、向こうからやって来る可能性もあるんだよね……?」
「それはこれまでにない動きだ。今までは手探り状態だったが……ようやく、その状況が打開できるかもしれねえ。」
「上手く転べば……ですけど……はふぅ。」
こうして白日の下にシノの企みが分かれば、やがて皆は彼女に対して賞賛の眼差しを覚える事となる。戦う力のみであの場をどうにかしようとしていた自分達と違い、シノは少し曲げた力で柔軟に大胆に戦ってみせた。
いつも他社より劣っていると考えている彼女だったからその考えに至る事が出来たのかもしれない。いつもはネガティブな考えが功を奏した不幸中の幸いであったとも言える。
「……けど、だいぶヤバい事に首を思い切り突っ込んだ事も間違いねえぞ。もし上手く転び過ぎて敵がお前を狙って来たとして……どれぐらいの規模で向かって来るか分からねえ。」
「……レイナードをあんな風にしちゃった人が来る可能性だって……あるかもって事だよね。」
未知なる敵を触発した行為。たとえ次につながるとて、それは安全な道などでは無い。むしろ己から危険に飛び込む行為に他ならない。
「そんなの今更です。」
だが、シノは臆しない。彼女は他者の命より自分の命を優先するような人間では無い。一度命を捨てているからこその境地。
良くも悪くも自分が死ぬという事態に対してあまり関心が無いというか、とにかく他人の事の方が大事となってしまう為に己が危険かどうかなど完全に二の次なのだ。
「こんな風に事態が全然進まないぐらいなら、こちらから一言物申して無理矢理進んだ方が良いです。道は開くもの。開けたならばそれがどんな道であれ道である限り進む事は出来る……ですよね。」
「「……」」
どんな困難であろうとも道があれば後必要なのは進む為に必要な何か。それを探す事に特化したのが冒険者。やはり自分達の範疇であると……
「と、言うのがシド様流です。シド様の教えに乗っ取って私もちょっと博打を打ってみました。」
「……ふっ、何が博打だ。このアホめ。」
口でそう言いながらも、シドは極めて嬉しそうな表情を浮かべていた。
シドは……シノに対して直接そのような事を言った事は無い。けれどシノが言ってみせた言葉は、いつも常日頃から彼自身がそうであると思っていたものだった。
何も言わずともシノが自分を理解しているのだと感じた事を、どうして嬉しく思わず居られようか。
シドにとってシノと過ごした時間はまだ数ヶ月。たったその程度で自分の心の奥底まで辿り着く人間がそう多く居るものだろうかと。ここまで実践出来るものが居るだろうかと。
「シノを狙って来る奴らが来るなら……こっちだってそのつもりだよ。何が来たって……全部返り討ちにしてやる!!」
「そして今度こそ……敵の足取りを掴む……」
「今回の事で敵は秘密がバレるぐらいなら仲間を殺すという行動を平気で取れるという事も……分かりましたね。」
「2度も3度もあれば、間違いねえぜ。そのやり方が分かってればこっちにも考えようがあるってもんだ。」
「……あふぅ、それにしてもジェイさんとエルさん……そんなに無理をさせてしまってすみません……」
やがてシノは二人が受けた傷などを見て先程の戦いへの労をねぎらう言葉を発する。
「大丈夫だよシノ。さっきのは全然余裕だったし。」
「そう言うこった。それに昨日俺達全員で話し合った結果じゃねえか。」
「……あふ。」
彼女を心配させないために気丈に振る舞うっているというのもあったが、昨晩シノ達は既に作戦を決めていたのだ。未だ素性も分からぬ相手ともしも交戦となったら自分達がどうするべきかを……
……
「万一向こうからこっちに接触してきた場合、すぐに倒すんじゃなくなるべく戦いを引き延ばして時間を稼ぎつつ情報を探るのがベストだ。」
「今の私達に必要なのは目の前の相手を倒す事ではありませんね。」
「その後ろに居る奴らの場所を突き止める事……」
「もっと言えば、敵が口を滑るように仕向ける為には敵をそういう状況に仕向ける事だな。」
「あ、それなら分かるかも。勝ちを目の前にすると言わなくても良い事を言っちゃったりするような事だよね。」
「じゃあワザと不利な演技をして相手の油断を誘いながら戦えばいいって事だね。」
「そういう意味でもあんまり全員一斉に戦わない方が良いかもしれねえな。複数人で戦ってるともみくちゃになってまともな会話になりそうもねえ。」
人数差があるというだけでもある程度のプレッシャーは生まれてしまう。それでは情報を探る事が難しい。
「相手に良いように攻め込ませてるように思わせるなら……向こうと同数で戦ってやるってのがベストなのかもしれねえな。そんで防戦一方なように見せると……」
「その時は私が戦います。演技じゃなく、本当に負けそうになっちゃうかもしれませんが……でも、負けません。」
「……いや、なるべくならお前は戦わず集団の中に居た方が良い。」
と、シノを制するシド。どうしてですかと尋ねずにはいられなかった。
「何故ならお前は高確率で奴らの狙いなんだ。そうなると向こうも倒すんじゃなくさらっていけばいいって考えにもなって単純にお前が危険だ。倒すのとさらうのは後者の方が圧倒的に楽だからな。」
「向こうは目的さえ達成すればおさらばしちゃうかもしれないし……確かにシノはあんまり前で戦わない方が良いかも……」
「うぅ、でもそれでは……」
自らがいつでも傷つく最前線で居たい気持ちがせめぎ合うシノ。
「そんな心配する事ぁねえよ。その辺は俺達にでも任せとけ。」
そんな気持ちを少しでも落ち着けさせるには、絶対の信頼感で向かうが相応しい。
「そうそう。私達だってわざわざ負けるようには戦わないしさ。それに本当に負けそうだったら作戦とか関係無く助けを呼んでみんなで戦うって。」
エルの言葉はもっともだった。目の前の敵が自分だけでどうにもならないならば助けを求めるのは普通の事。
裏を返せば、本気で助けを求める行為が無い限りはまだ自分は大丈夫、余裕があると言う事の証明であるのだ。
「でも、私だけ安全な所で……」
もっともそれをどれだけ理解していたとして100%納得など出来ない彼女だと誰もが既に知っている。
「だったらしっかり戦いを見て戦っているそいつらを信じろ。」
「信じる……ですか……?」
「そんでその戦いからしっかり自分に足らない所を学んで一日でも一秒でも早く強くなって自分が戦えるぐらいの強さを磨け。」
「……」
そんなシドの言葉に、シノはある程度の納得を覚える。その言葉はまさに的を得ていたのだと。
足りないと嘆くのではなく、足りないからこそ一歩進む為に努力するべきだと。
「誰が戦うかは名乗り出たもの勝ちって事にしようよ。後はその場の流れでさ。」
「流れとは……随分とざっくばらんな話だな。」
「良いじゃねえか。変にあれこれ考えるよりその場その場の雰囲気に合わせる方が俺の得意な所だしよ!」
「兄ちゃん勢いはあるもんな。」
「勢い任せの人生よ!」
「皆さん……」
思えば、仲間のピンチにシノが無理矢理でも駆け付けないはずが無かった。いや、たとえそれはシノでなくてもそうだったのだ。
ジェイやエルが本当の窮地に陥っていたならば、ルールや筋など関係無く間に飛び込んでいくはず。
あれは他人任せでも無く仲間のピンチに鈍感だったのでも無い。
ただ一つ、信頼の為せる戦いだったのだ。




