ダブルノックアウト
「(完全に顔面を砕いた。これで、終いだ……)」
クロスカウンターが完全に炸裂したならばそれは絶対常勝。
完全なる手応えは勝利の証。確実に下したという確信。
「……んでぇ?」
「……あぁっ……?」
しかし、今ここに、その決まりきった常識を覆そうとする男が居る。
不敵に、ただ不敵に勝者の笑みを浮かべて。
「それで……勝ったつもりかよ……!」
「(……こいつ……今のを喰らって……まだ……?!)」
有り得ぬその風貌に一瞬……恐れを覚えるが、その瞬間にはもう、遅かった。
「……ぬらぁっ!!!!」
「!?」
伸ばしきった右腕……それをすぐさま解除したジェイは更に左の腕を繰り出し……レスタの右腕を完全にロックする!!
「(こいつ……まさか最初からそのつもりで……俺の腕をっ……)」
「……うるぁあああああ!!!!」
そのしなやかに鍛え上げられた腕を、今自らの顔面を打ち付けたその腕を……
……ボキィッ!!!!
「……うっ……うぉおおおっ……おおッ……!!!?」
……へし折る!!!力任せに……へし折って見せる!!!無慈悲に!!
「へっ、これで流石にお得意のパンチも満足に出せねえだろうよぉ!!」
「ぐ……ぐぐぐ……っ……て、テメェ……ッ!!」
ここまで幾度となく攻撃を加え続けて来て、完全なる優位性を保っていたはずなのに……それが、ただの一撃で完全に形勢が逆転する。
だが、この理不尽こそ戦い。ほんの一瞬の、たった一撃が状況をあっという間に変えてしまう。
レスタの得意の右腕は完全に、粉砕された。
いかなる動物だとしても、その体の骨を砕かれれば元も子もない。
「今の一発を喰らって……どうして倒れやがらねえ……!!しぶてぇにも……程があんだろうがよクソがぁああ……!!」
文句や不満は恨み言となるが、それは負け犬の遠吠えとそう大差なくなっていた。
「スピードとフットワークがどうとか言ってたが……結局のところ最後までテメエは俺を仕留められなかった。それが全てだ……だからテメエの負けだって言ってんだよ!」
「……ふざけ……やがって……ッ……!!」
「そんでもってようやく……捕まえたぜ……」
「……!」
もはや身動きもままならぬレスタの胸倉をジェイは掴む。
完全に、ロックオンする。
「ちょこまかすばしっこいったらありゃしねえ……だがこうすりゃ流石に外す事もねえ。ようやく心置きなく一発叩き込めんぜ……!」
予告する。宣言する。かねてより口にしていたその一発を繰り出すと。
「……どんだけ自信があんのか知らねえが……んな一発程度がどうだってんだ……!!」
レスタからしてみればさっきのクロスカウンターの方がよほど一撃必殺に等しかった。あの破壊力のある一発も一発には違いない。それを受けたジェイが放つ一発が果たしてどの程度であれたった一撃で自分を沈められるなどと考えもしない。
たとえ一撃を貰ったとしてもそれで自分が沈まなければそこから体勢を立て直して再び……
「そうさな……確かにたった『一発』だ。」
「……!」
再び……戦いの場に躍り出るなど、もはや不可能だ。
「どんな一発だろうと……」
……この世界には存在するのだ。
その、たった……『一発』で、完全に相手を沈黙させる一撃と言うものが!
「一発は……一発だぁああああああッ!!!!!」
「!!!!!!!」
レスタのその視界にやがて迫って来る拳が……彼にはまるで、岩石か何かのように見えていた。
圧倒的な迫力。何よりその想像を遥かに超えるは……破壊力……!!!
ズガシャアアアアアン!!!!!!
「が……」
……拳が当たっただけの音とは到底思えぬ、爆音。
「……べ……」
痛みを越えた未知の感覚。もはや人に与えられた言葉を発する器官さえも一時的に破壊する程の、激衝。
「……」
瞬間で、意識を吹き飛ばすだけの至高の一撃が今ここに、炸裂した。
「……」
宣言した一撃は文字通り勝敗を別つ一撃となった。
「うらあああああああ!!!」
その体が倒れるが早いか、勝者の咆哮が鳴り渡る。
「……やったぁ!!兄ちゃんの……勝ちぃ!!」
「そして……」
「私達の勝ちだぁ!!」
二つに別れて始まった戦いだったが……ここに完全なる決着がつき、勝利の栄冠は兄と妹が掴み取った。
「(順当なとこか。ま、こんなとこで負けちまうぐらいならみすみす一人で戦わせなんかしねえわな。)」
口にこそしないが、その戦いぶりにはシドも些かなりとも賞賛の気持ちを覚えていた。ただ勝利するという事。ただそれだけが何よりも大事な事だから。
「(にしてもあんにゃろうがまともに戦うとこは初めて見たが……まぁまぁやるじゃねえか。)」
ある程度の力量は把握していたとしてもやはり、実践の戦いを見ずにはその者の全てを量る事は出来ない。どうやらジェイはシドの見立てより、出来る男だったようである。
「(……あれ……?これ……ヤバい?てか……今現時点が既に……?)」
喚起に湧く一同だが、それは同じ陣営だからである。それとは対照的にたった一人残された男は……戦慄していた。
「(ファイター二人がやられて……?それより戦闘能力の無い俺だけが残って……?)」
決着がつくその間際まで戦いはレスタの優位に進んでいるように見えたが為に、彼は逃げるタイミングを逃してしまった。
「(……逃げて……逃げ切れる……?)」
まだ追う対象が複数居たなら分散して逃げ切れる可能性もあったが、シド達のターゲットはもはやたった一人のみ。
「さて、戦いも終わった事だし……後はテメエだけだな?」
「……!」
照準はセットされる。
「そこでぶっ倒れてる奴らにも後で話は聞くとして……とりあえずテメエには洗いざらい吐いてもらうぜ……知ってる事知らねえ事全部なぁ!!」
「知らねえ事は吐けねえだろうに……(その辺がイマイチ決まらねえ奴だな。)」
「……教えてもらいます。あなた達の組織の事……そして何より、ナナちゃん達の捕まっている場所について。」
「……っ……うっ……ぐぐ……」
この中でも一番穏健と思わしきシノですら、厳しい視線を向けて、段々と歩み寄る。もはや逃がすつもりなど毛頭ないと言った様子で。
ようやく掴んだ敵の尻尾をここで逃がしてなるものかと……
「急降下。」
「「!!??」」
その時であった。突如シノ達の周囲に強力な風力が現れる。
「な……何ですかこれは……!」
「っ……分からねえ……分からねえが……!」
シドにはそれが自然に発生したものでは無く、人為的に起こされたものであるという意志だけは感じられた。
せめて目を逸らして標的を逃がしてしまう事だけは避けようと必死に視界を保とうとするシド達の前に……
彼女は、降り立った。その大地に。
「……!!!そ、そんな……!!あ、あな……あなたは……!!」
「……」
ただ一人残された男にとっても、それはあまりにも予想外の出来事であった。
「い、イル様……っ!!?」
「……」
丁度、その男とシノ達の間にイルと呼ばれた女性は存在した。だが、どのようにして彼女がそこに居たのか、誰も見ていなかった。
「何か……乱入して来たぞ。」
「……どうやら顔見知りのようです。」
「と、言う事は……仲間って事だ!」
「大方……ピンチに駆けつけたってところか。」
「しかも様付けだったという事は……上司とか?」
上層に位置する人間ならば、その分より多くの情報を知っているとするならば、むしろこの状況は活かすべきと……
「イル……様……どうして、こちらに……?」
「結構……たまたま。」
「……はい……?」
「結構、たまたまです。通りすがった所に姿が見えたのでこうしてやって来ただけではあります。」
「た、たまたま……通りすがった……?」
「そういう偶然も、あるものですね。」
「……」
話を聞くに、彼女は初めから居たわけでは無く、自らの進路上の近くでこの戦いがあったからやって来ただけのようだった。
「少し、気の抜けるような会話でしたね……(小声)」
「……敵じゃなきゃ、可愛がってやるところなんだが、今は先にやる事がある。」
敵の事情などお構いなしに、シノ達はやるべき事を、為すべき事を……
「そこで倒れている二人は……もう、再起不能ですね。」
「は、はぁ……見ての……通りでして……!」
「……」
「い、イル様……!こんな事お願いするのは失礼な話ですが……た、助けてください!!あの帽子の異世界人を捕まえようとしてこっちが返り討ちに遭ってしまったんです!!」
「……」
「俺一人ではとてもこいつらから逃げ切れやしません!何せこいつらはファイター二人を倒しちまうような奴ら……」
「……この場合最も適当な行動は……」
男がここまでの状況説明をしている時に、彼女は頭の中でシミュレートを行う。自分がどうすべきかと。
「あんにゃろう、逃げようとしてやがる!」
「させるもんか!ついでに後から現れたそっちの奴も捕まえてやる!!」
「逃がしません……絶対!!」
いっそ飛び掛かりそうな勢いでシノ達は……向かう!!
「……結論は出ました。」
やがて……彼女は……イルは振り向き、シノ達を視界に捉える!
「……」
両腕をクロスして、構えの体勢を取る。そこから何が放たれるのか、シド達は想像もつかない。
「……っ、来るか!お前ら!一発目は何してくるか分からねえ!!一応警戒しろ!!」
注意を促しながら、その動きを注視していると……
「……」
その両手を……振り抜いた!!
「「っ……!」」
何を手に持っているわけでも無かったのにもかかわらず取ったその行動は、シド達に……何の影響も与える事は無かった。
「……?」
「な、なんだ……?何も、起こってねえ……よな……?」
不可解そうな表情を浮かべる一同だが、あくまでその者達に影響が無いだけで……
「……いや、どうやらそうでもねえみたいだ。」
既に結果は現実に現れていた。シドの視線の先には、先ほどジェイ達が倒した男達の横たわった姿……
「……!な、何か刺さってる!!」
「あれは……羽……?」
一見して誰の目にもそう見えていた。そしてその羽が刺さっている場所から、また生新しい出血が発生している現実が。
「……アガルタの時と……同じ……!」
脳裏に嫌でも思いだされるのは、考えられぬあの光景。
「ま、まさか……また仲間にトドメを刺して口封じを……!?」
秘密が露見する可能性があるぐらいなら、その人命を絶った方が良いという考えは……決してアープデイのみのものでは無かった。
「流石に傷を負った2人をも連れて逃亡を成功させるというのはあまり現実的ではありません。ならばこの辺りが妥当な落としどころと言うところです。」
淡々とした口調で、今の行動に至った理由を語るイル。
「……野郎の命なんてどうでもいいし、美人の言う事は基本正しいが……それでも……流石に、全容赦は出来ねえな。」
「い、イル様……!こう見えてもこいつらは……」
「隊長クラスがやられている以上、それなりの力がある事は察しています。人数的な事を考えてもここは逃げるが正しいと……」
「真っ直ぐビーム!!!」
「「?!」」
光速の光が……ターゲットに向けて一直線に伸びて……
「……何……とっ……!?」
……見事、着弾する!
「やったぁ、当たった!!目の前でみすみす逃がさないよ!」
敵が逃げ去ろうとするより早く、ケイは先手を打った。いつもは命中精度の低い彼女のそれも今回は的を射抜くという最良の結果を叩き出した。
「ケイ、ナイス!!」
「……ビーム……そのような……技を……!」
当たり所はまぁまぁと言った所で、直撃した腹部には少なくないダメージを与えていたようでその淡とした表情が些か曇りを帯びているのが見えた。
ケイの一撃は完全に敵の思惑を崩す。
「(ケイさんが作ってくれたこのチャンス……絶対……逃さない!!)」
好機を感じたならば、その流れに乗るべきであると、運はこちらにあると知ったならば……それに乗じるのが正しい。
「(……異世界人に、ビーム操者……これは随分と希有な者達が揃っている……!この場はともかく……上手くすれば……)」
……最も、こちらが好機と感じていたとて、向こうにとってのピンチはどうかはイコールでは無いだろうが。




