シノの衝動
「ふうん、この森に……ねえ。」
一人の男は目の前に広がる魔物達の住処を見て、そう呟く。
「生息している魔物ってのも大したもんでも無いみたいだが……それでもよくこんな辺鄙な場所に住もうって奴が居るもんだ。正気を疑うな。」
更に一人の男はうんざりしたようにそう呟く。
「他の世界から来たなんて奴にこの世界の常識は通用しないって事だろうな。まぁ、これから捕えに行く奴が魔物好きの酔狂者でも知った事じゃない。必要なのは異世界人という存在なんだからな。」
吐き捨てるようにそう呟いた男は、やがて、一歩踏み出す。その森の中へと。
「こんな朝っぱらから職務に勤しむなんてレスタさんは仕事熱心なもんですねぇ。まぁ俺も朝型なもんですから何も問題はありませんが。」
特に嫌味を言うつもりも無くただ自然に、その男は口を開きながら先人を切って歩く男へとついていく。
「俺は若干眠くもありますかね……まぁ、そもそもこの体の特性のせいってのが大きくもあるんでしょうけど……」
「ねじれコウモリの力……まぁ、コウモリはこんな明るい所には出てこようとはしねえだろうな。そこは少し同情するぜ。だからお前みたいなサーチャーズはただその力を発揮するだけでいい。戦闘をこなすのは俺達の仕事って事だ。」
男の細胞には、純粋な人間の物だけではなく、違う生物の細胞……言葉を悪く言うならば異物が混入している。そしてそれはただ加わっているだけではなく……交じり合う事で新たなる力を生み出した。
「……未だに変な感覚ではある。この体に動物の遺伝子が組み込まれているって事に……」
どこか思うところがあったのか、先頭を歩く男は己の手を握りながら二人にそう言って聞かせる。
「あの改造を施される前の自分が、一体どんなだったのか……段々と忘れつつある。あの頃は出来なかった事が……今じゃ軽く手を捻るように出来ちまう……あの頃の俺は、何の力も持ってなかったんだと思っちまう。」
「レスタさんは俺達なんかと比べ物にならない程の力を持ってる。俺のように量産型のファイターからしたら……尊敬の眼差しですよ。」
「なら……アロウズ・イレブンの奴らは……畏怖の眼差しか?」
「……あれは……レベルが違い過ぎる。近付く事も出来やしない。上を見ればキリが無いとは言うが……まさにその通り。味方であるってのだけが救いですかね。」
「違いねえな。」
3人は朗らかに笑う。ある程度行動を共にしているだけあってお互い打ち解けたものである。
「「グルル……」」
そんな一行の前に、集団が姿を現わす。彼らにとってこの場所は居住地。ならばここに存在する人間はその魔物達にとっては異敵の存在。
「そーら、やられるしか能の無いザコのおでましだ。」
「ウォーミングアップ代わりには丁度いい……適当にぶち殺しながら進むとしますか。」
「お前はいつものようにやられない程度に俺達の近くに居ろ。そうすりゃ勝手に守ってやる。」
「へへ、それじゃあお言葉に甘えますかね……」
何一つ恐怖心など抱く事も無く、ただシンプルに……
「さて……」
「「グルアアア!!!」」
殺戮が始まった。
「どいとけや……クソ魔物共。」
……
今日の目標……が、まだイマイチ決められない。そもそもまだ起きたばかりのせいか、頭がよく働かない。スッキリしない……
「(昨日はいつの間にか、寝てしまっていた……なんだか酷く時間を無駄にしてしまったような気がする。)」
これからを決める為に私にもっと出来る事があったのではないかとそんな疑問が消える事無く私の脳を占領していた。
「(……ナナちゃん達を、今日にだって救いたい。けど……現実問題、それは極めて難しい。)」
やりたい事は理想。出来る事は現実的なビジョン。あくまでハッキリとした根拠があってこそ。今回であれば……敵の本拠地が特定出来ていればまだ可能性はあるという話になる。
「(もう、どんな形であれ、奴らと接触するしか私達には道は無い……)」
酷い言い方になるけれど奴らが誰かを狙うその時こそ、私達にとっては唯一無二のチャンス……それを逃し続けては永久に辿り着けない。
その為には……奴らが襲って来るであろう可能性がある人物をある程度一所に集中させておくのが良いのではないかと言う結論に達した。
「(奴らにとっての獲物を……集中させる。私やガロミオさんのような、異世界人を……)」
向こうだって一気に多くの人達をさらえる方が効率が良いと考えるだろう。その分多くの戦力を送り込んでくる可能性もあるが、そこは賭けだ。既に危険に踏み込むというラインなどとうに越えているのだから。
「(私はどんな目に遭おうと構わない……けれど一秒でも早くナナちゃん達を助けたい……そうしないとレイナードさん達も……何より私がいつまでもこんな居た堪れない気持ちを抱えたままになってしまう。)」
「シノー、ご飯食べよ?」
「……」
私やケイさん達が持っていた荷物から取り出した物を全員で分け合って朝食を取った。味は……私の気分もせいもあってか、イマイチだった……
……
「んじゃあそのガロミオって奴が帰って来たらエイスの町に至急来てくれるよう伝えてくれなパリィ。」
「ああ、分かったよ。ガロミオの事だからもしかしたらめんどくさがるかも知れないけど……」
「それでも強く言ってください。シノと言う美少女がどうしてもガロミオさんに来て欲しいって伝えてくれればきっとどんな男の人でもいちころに違いありません。」
「「……」」
「……こほん。パリィくん。事態は急を要します……だから絶対……」
「ガッガ!!ガッガ!!!!」
「「?」」
私のいつものおとぼけな言動に水を差すような特徴のある大きな叫び声をあげているのは……
「クロックロウじゃねえか。まさかとは思うが俺達を食ってやろうなんて不届きな事考えてんじゃ……」
「違う違うって。何か急用なんだってよ。」
「魔物が急用?」
確かに魔物ながら、とても興奮しているのは私にも分かる。いつもよかあらぶっている。
「ふんふん……ええっ?マジか?」
「ガッガ!!」
「ヤバいじゃねえかそれは!」
「ガッガ!!」
パリィくんはその言葉を聞いて何やら慌てふためいている。
「……こういうやり取りを見るとやっぱり思うけど、魔物の言葉って何言ってるか分かんないよね。」
「確かに。俺には同じ鳴き声を発しているようにしか見えん。」
……万一魔物と言葉を交わせるなら、結構大きいだろうなあとは思う。
「わ、分かった……っつっても……どうしたらいいんだ……ガロミオは居ねえし……うぅ……」
「パリィ頭抱えちゃった。」
見ての通りであった。
「おいおい、何があったんだよ?俺らにゃ何のこっちゃ分からねえが……話ぐらいなら聞くぜ?」
「……この森に、人間達が入って来たらしいんだ。」
「人間?」
「まぁ私達も入ってますね。」
「嬢ちゃん達はいいのさ、もう分かってるし……けどそうじゃない奴らが3人ぐらいやって来て……そいつらに滅茶苦茶怪我を負わされちまってるみたいなんだよ……何ならもう死んじまった奴らもたくさん居るって……」
「なるほど……そういう話ですか。」
それは言うなら魔物目線でのピンチ。私達が依頼の為に洞窟に入って魔物達と戦う事が向こうからしてみれば攻撃に遭ったと判断するような事。つまり私達にとっては申し訳ないけどさほど関係の無い話だ。自然の成り行きだ。
「そういうのは……ちょっと難しい話だな……」
「私達も人間だし、多分わざわざ森に来たって事はおそらく冒険者か何かだろうし……同業者の邪魔をするのはちょっとね……」
「……だよな……分かってるよ。お前達人間がわざわざ魔物に手を貸す理由なんて……無いもんな。」
「パリィくん……」
分かっていながらも、お互いの立場を知りながらも、それでも……どこか納得出来ない部分があるのか、やはり彼はどこか納得出来ない風な表情を見せていた。
……だけど、パリィくんが自分で言った通り。
私達が魔物に協力する理由など、無い。
……そんなもの、必要ない。
むしろ魔物は殲滅しなければならない存在……
パリィくんの前だから直接口にするのは憚られるが……その3人とやらのやってくれている事は私にとっては良い事なのだ。この世界中に存在する魔物の絶対数を減らす為に人間はもっと魔物を殺すべきであると……
「ねぇ、そのやって来たって3人と話してみて、魔物をあんまり殺さないようにってお願い出来ないのかな。」
「……ケイ……お前……」
「もちろん魔物達を庇ったりとかそういうわけじゃないけど、パリィが困ってるなら少しでも手を貸してあげたいかなって思うし……昨日はここに泊めてもらったし……」
「そう言われると……まぁ……」
「……一宿一飯の恩義は……確かにあるか……」
「……その人達と戦わないまでも、平和的に収めるぐらいなら話し合いでどうにか出来るかも知れないわね。例えば何かアイテムを求めてここに来たのならそれさえ手に入れば魔物と戦う必要は無い。向こうも危険を冒す事が無くなるわけだもの。」
「魔物討伐がそもそもの依頼だったり、魔物と戦うのが楽しみな奴らだったら話し合いの余地は無いだろうがな。」
「……その時は、流石に関知しない方が良いかもしれません。そこは私達人間と魔物の間にある溝……自然の成り行きですから。」
「言っとくけど……この森の奴らは基本的には外に出て悪さとかしないはずだからな。ガロミオがしっかり取り仕切ってるから……」
「でも俺達は襲われたぞ。」
「……そりゃあ森に入ったら襲うけど……それは人間だって同じだろ?自分達の村や森に魔物が入って来たら……」
「迎撃……するでしょうね。」
……同じ……魔物と、同じ……
「……難しいとこではあるが、まぁアイやケイの言う事に俺は賛成だ。ちょっとそいつらと話してみるぐらいいいんじゃねえのか?」
「うん……かなーって私は思う。」
「ま、アリなんじゃない?そういうのも。」
段々とこの場の空気がその方向へと……向かっていく……
「そ、それじゃあお前ら……助けてくれるのか?」
「助けるわけじゃねえよ。さっきも言った通り、そいつらの目的如何によっては関知しない。一応交渉してみる程度だ。」
「それで良い!それで良いって!それで十分だって!ありがとな!」
パリィくんは心から私達にお礼を言ってみせる。本当に嬉しそうに私達に感謝を述べる。
……だが、私は全く喜びを覚える事が出来ずにいた。
「ってなわけで話を進めちまったが、シド達もそれで良いか?」
「……俺は知らん。そいつらの中に美人が一人でも混じってるのかぐらいしか興味が無い。」
「……水を差すようだけど、そいつら全員男だってクロックロウが言ってた……」
「じゃあどうでもいい。俺はエイスの町に帰るだけだ。」
「ありゃりゃ。」
「帰るのは俺達も一緒だ。ならついて来いよ。どうせ話すったって大してかかんねえんだ。お前達もまぁ言わば恩があるんだし付き合ったって良いだろ?」
「こんなあばら家みたいな場所を借りた程度恩でも何でもないんだが……」
「まぁまぁそう連れない事言うんじゃねえって。旅は道連れ世は情けだ。見知った相手が困ってるなら少しぐらい手を差し伸べてやってもいいんじゃねえのか?ここに住む魔物を多少助けたところで俺達に何の影響も……」
「何の影響も無くなんて……ありません!!」
「「っ……!?」」
反射的に、私はそう叫んでいた。
「魔物は……魔物なんて……一体だって生かしておいちゃいけない……全部全部……倒さなくちゃいけないんです!!いいえ、倒すなんて言葉じゃ生易しすぎる……一体残らず根絶やしに……殲滅しなくてはならないんです!」
「し、シノ……お、お前……どうしたんだ……」
……ジェイさん達は分かっていない……この世界に既に訪れつつある巨大な敵への危機感を……
「い、言ってる事は分かるけどさ、シノ……す、少し落ち着いてよ。なんか……ちょっと怖いよ。」
……その言葉を言われたとて、私の中の熱量が下がる事は、無かった。
「魔物を助けるような事……する必要無い!!あいつらは私達の事なんて敵としてしか……弱者としてしか見ていない!!!いずれは私達人間に牙を剥くような存在……だったらその人達のやっている事をわざわざ止める必要なんか無い!!魔物を殺すって言うならそうさせればいい……!私達はむしろそれを止めるんじゃなく後押しするぐらいですらいい!!今この時だってナナちゃん達を救う為だからやむを得ずだけど本来ならこの森に居る魔物達だってすべて根絶やしにするべきですらある!!私達は魔物と手を取り合う事なんて絶対に出来ない!!どこまで行こうと私達は殺し合うべき宿敵以外の何者でもない!」
「「……」」
誰も、何も、口を開かなかった。
私の言った言葉が正しいからとかそういう次元の話では無い。
きっと、みんなこう思っていた。
こいつは、何を言っているんだろうと。
……私も、そう思う。




