相席注意
「てめえが……騒ぎを起こしてる元凶か。」
極めて声を抑えて……されど怒りを込めてシド様はそう問いかける。
「ううむ、まぁその一端と言うところが妥当か。わっしも雇われ者みたいなものだ。黒幕と語るのは少々口幅ったい。」
極めて平静に……軽々とそう言い放たれる。
「……雪美さんや、ナナちゃんを……」
「ああ、すまんがさらわれた相手の名前など流石に全部把握出来ていない。だから詳しく何も答える事は出来んよ。もっとも……知っていたとして不必要に情報を与えるつもりも無いのだが。」
「……舐めた口、利いてくれるじゃねえかよ。」
いっそシド様はこの場でこの相手を力づくでのめしてしまおうと画策し、戦闘態勢に入ろうとするが……
「血気盛んなのは分かるが、さっきも言った通りあまり騒ぎを起こさない方が良い。この乗り物内にはわっしの仲間達が居る。今ここで戦いになれば関係の無い者達も巻き込む事になる。そうすればそいつらの命の保証は無い、と言うよりも率先してそいつらの命を奪いに行く。」
「っ……!そんな事……!」
隣で、とんでもない事を言われる。
「……知った事か。俺は今ここでてめえを半殺しにして必要な情報が手に入ればそれでいい。乗り合わせた他の奴らは不運だった。ただそれだけだ。」
「……ほう。なかなかに肝が据わっている。そこまで非情に徹する事が出来るとは中々。」
……確かに、シド様の考えは完全なる間違いでは無い。
手がかりも無く当ても彷徨うよりも、ようやくチャンスが……しかも向こうから現れて来た。
幸か不幸か向こうはある意味油断している。こうして私達の至近距離に来て接触してきたのがその証拠……
多分この人は私を見て、大した事が無い相手だと思っている。それは正しいけど、その目の前に居るシド様は……とっても強い。
今なら……この油断しているタイミングでシド様なら……この人を倒せるかもしれない。
でも……
「し、シド様……ダメです……!」
「……」
シド様は私を睨みつける。止めてくれるなと。
「(でもそのせいで……周りの関係無い人達が……犠牲になるかもしれない。)」
世界を救う為に……今ここで一時だけ非情な選択を下すのは。
かつて……私が否定してきたやり方だ。
「(それを私が良しとするのでは……コンタストやモルフィンさん達のやり方を否定した事に対する自身への侮辱だ……)」
どんな状況であっても、自分の目的の為だとしても……分かっていて誰かを犠牲にしてはいけない……それをするのであればコンタストと変わらない。
「……あなたは……いえ、あなた達は一体、何なんですか。」
「……」
……たとえまどろっこしくても、遠回りになっても……私の決めたやり方で行こう。
「どうして、人をさらったりするんですか……」
「それにわざわざ答える事は、お前さん達の利する事になる。残念ながら質問には答えるつもりは無いとも。」
……口が固い。その割には飄々としている。パッと見では人当たりが良さそうにすら見える。
「ならばどうして私達に接近してきたんですか。私を連れさらいたいなら今ここでそうすればいいだけじゃないですか。こんな風にお喋りをする必要、ありますか?」
「まぁ、無いな。強いて言うなら、これからさらおうとする相手がどんな人間なのか知っておきたいという興味本位か。」
「興味本位だと……てめえ……」
「私は……どんな人間ですか。」
「……シノ……」
シド様がヒートアップするより前に、私が話に入り込む。
「ふむ。何の変哲も無い人間と見た。これと言って特徴も無い本当に平平凡凡な人間と。」
「大体合ってます。と言うかほぼほぼ正解です。ただ他の世界から来たという部分以外何も変わった所はありません。せいぜいこの花も恥じらう美貌ぐらいでしょうか。」
「ほほう。真にそう言っているなら自信過剰と言えるが、流石に冗談なのは理解出来る。」
この何の意味も無いような話から、少しずつ……相手をこちらへと引き寄せていく。
「あなたは私と言う名のお花を摘んで自分の物にしてしまおうというのですか。」
「今度は自分を花に例えたか。まぁ良い。言うならばお前さんは野山に咲く何の変哲も無い花かもしれん。だがしかし、その実、そこに咲く花は本来この世に存在しない花だった。そんな事実を知ったならばその花を手にしたいと考える気持ちは理解出来ようか?」
「お花さんにはお花さんの意志があります。摘んでいってしまうのは……命を奪う事です。」
「ほう。」
「……話があるなら、何も言わずにさらっていってしまうより前に……尋ねるべきではありませんか。そして言うべきです。自分達の目的を。」
「それを言えば拒否すると分かっているから強硬手段に出ざるを得ないのだろう。まぁ、だからこそわっしのようにこうしてお前さんと対話するスタイルを酔狂と言われてしまうのだろうが、わっしは自分のやりたいようにしているだけ。ある程度の成果さえ出していればこのぐらいの自由は許されるというものよ。」
「……アープデイ、シエンタ、アメリアという名を知っていますか。」
「……ほう、これは困った。」
どう聞いても困ったようには見えなかったが、何か私の質問にそう感じる部分があったらしい。
「この状況では知らぬと惚けても逆に知らぬふりをしたと捉えられてしまうし、知っていると答えれば情報を与える事になる。ましてやそうなればわっしと奴らを繋げる事になる。情報収集のつもりが……随分といらぬ事をしてしまったもんだ。」
……勝手に自分の中の葛藤を言葉にしてくれている。
「なら、その人達とあなたは繋がりがあるという事ですね。」
「……不用意に近付いてお前さんを侮ったわっしのミス、素直に受け入れよう。ああそうとも。そいつらとは知り合いよ。与える情報はこれまで。それ以上は言わん。」
……これで、繋がった。
やはりフウマさんの言っていた今この世界で起こっている事象と私達の身の回りで起こった事件は……関連していたと。
「おいシノ。こんな奴といくら言葉を交わしたって時間の無駄だ。そろそろ……」
「……ほう。やるつもりかの……?」
……危険だ。考えてみれば、この乗り物にどれだけ敵の勢力が居るのか分からない。
……?
「……ちょっと待ってください。どうして……あなたはこの乗り物に乗っているんですか?」
「?」
妙だ。
「あなたは異世界人である私を狙っている……そしてここで私を捕まえる為にこの席に来た。でもその為にはあなたは私が異世界人である事を知っていて尚且つ……私がこの乗り物に乗る事を知っていなければならない。」
「……ふむ。」
「私がこの乗り物に乗った時の事……私は覚えています。乗ったのは私達だけだった。他に一緒に乗り込んだ人は居ません。なら……あなたは元からこの乗り物に乗っていたか、あるいは途中から乗って来た事になる。」
……どこかが、何かおかしい。
「元から乗っていた……?私が乗り込む事が分かっていたから?そんな事有り得ません。なら……あなたはどこかで途中から乗って来た事になります。」
この疑問から、私は一体何に辿り着ける……
「途中から乗ったとするなら……何故私が乗っている事を知っていたのか。目視で確認するなんて現実的じゃありません。ならば、何か別の手段であなたは知る事が出来た。私が……異世界人がこの乗り物に乗っている事を。」
つまりこの人達は……誰が異世界人であるかを、判別する術を持っている事の証明……
「……もし。」
「……」
「もし、予めその事を知っていたのではなく、推測でそこまで辿り着いたのなら……のんきそうな顔をしていながら中々大したもの。見くびっていた。」
「……それは、どうもです。」
私はその言葉を、賛辞と受け入れる。
「……なるほどよく分かった。わっしはなんだかんだ言ってもお喋り好きなのだろうな。だから隠そうとしてもいらぬ事をこうしてばらしてしまう。今度からはあまりターゲットに接近しないようにしよう。」
あっけらかんと、そう言って微笑を浮かべる。
「乗り物に乗ったのはつい数十分前ぐらいの話。わっしの仲間が異世界人が乗っている事を教えてくれたので乗り込んでみたのだ。そしてお前さんを見つけた。」
「……そして、さらおうとした。」
「ふむ。だが、ちょっとアレではある。」
「……アレ?」
「なんだかそんな気分では無くなってきてしまった。だからお前さんをさらっていくのは止めにしておくとしよう。ははは。」
「……?」
私もシド様も、頭上の疑問符を隠せずにいた。
「何のつもりだてめえ……今更、止めにしておくだと?」
「理由はこれと言って無い。本当に気分だ。それに放っておいても他の奴らがやがてお前さんをさらいに来るだろう。手柄はそいつらにくれてやる事にする。」
「……人をコケにするのもいい加減にしやがれ。」
「……」
「てめえらの親玉がどこに居るのか知らねえが……俺はその野郎をぶち殺す。そしてシレっとした顔で退散しようとしてやがるてめえもだ。」
自分の用件だけ済ませて、どこかへ去って行こうとしていたその姿を、シド様は見逃せなかった。
「……止めておけ。ここは大人しくわっしを見送るのが正解よ。」
「……逃がしません。あなたは、逃がしません。」
「何?」
……私も、シド様の意見に同調する。
もちろん力づくで、と言う意味では無い。ギリギリまで……情報を得ようとする。
「……ナナちゃんや雪美さんは……私の大切な人達……二人共……帰りを待っている人達が居る。その自由を奪おうとするあなた達は……許せません。」
「……して、どうするつもりだ?」
「……逃げるなら、追います。地の果てまでだって……」
「……」
ここで決着をつけるでは無く、追跡する。
そして……敵の本拠地で雌雄を決する。
「はは。そういう腹か。それは面白い。だが、こちらにはわっしのような者が十は居る。確実にタダでは済まんと思うが?」
「元よりそんなの知った事じゃありません。相手が誰であろうと……私は行くだけです。」
「……」
壁の高さなんて関係あるもんか。敵の強さなんて知るもんか。
「シノの言う通りだ。第一、てめえが十人居たところで大した相手じゃねえ。何せ俺は世界一最強なんだからな。」
「シド様……」
そしてこの頼もしい言葉があれば、私は立ち向かえる。目の前の壁がどれ程強大であろうと。
「……ふん、面白いじゃあないか。お前さん達。少しばかり興味が湧いた。口先だけの者共かあるいは……有言実行のビッグマウスか。」
想いを形にする為に私は、ここに居る。
「名を名乗るがいい。わっしもお返しに名乗ってやろう。」
「……シノです。私は……異世界人のシノ。」
「わっしはイージス。お前さんが自分の道を進み続けるならば、また出会う事もあろう。」
……イージス……
「道の途中で力尽きるならそれまで。わっしとしてはしっかり目の前に現れて欲しいものだ。そうすればこの手でその身の程を推し量れる。」
「今すぐ……私と勝負です。」
「それはごめん被る。わっしも気分じゃない。」
やがて、イージスは立ち上がる……
「そのまま座っていた方が良い。」
「……!」
すかさず追って立ち上がろうとするが、それを制される。
「わっしはここで降りるが……仲間達は残ったままになる。お前さん達がわっしを追った後……この中は血の海と化す事になる。」
「……」
脅し、だった。
「与り知らねえところの話なんて知った事かよ。」
「お前さんはそれでもいいかもしれんが、そっちはどうかな。」
「……」
私の意志が、問われている。
「……私は……乗客の皆さんを、見捨てる事は出来ません……」
自分の目的の為に……何も知らない人達を犠牲には……出来なかった。
「安心するといい。ここでわっしを追わないのならば乗客に被害は出んよ。」
「……そんな約束が守られる保証がどこにある。」
「ならわっしを追うといい。後の事など気にせずにな。」
「……」
結局私は、追う事を……断念する。
「懸命だな。そうするといい。」
「……」
私は歯がゆい想いを胸に……イージスは悠々自適に歩いていきやがて……降りていった。乗り物の窓からそれを、見送るしか出来なかった。
「……あの野郎……どこに消えやがる……!」
「……」
私達が見ているであろう事を予期してか、後ろ向きながらこちらに手を振るようにして去って行った動作が印象深かった。
……はたしてイージスの言った言葉はどこまで本当なのか。約束は守られるのかどうか……
私達が乗り物を降りた後……やっぱり約束は果たされずに乗客の人達が全員殺されてしまうんじゃないか……
……たった数時間程度の移動の中で、私の中の事態はまた一段と大きく、動いた。




