影のギルド
城は静寂に包まれていた…
重く沈んだ静けさ。ただ、床の大理石に滴り落ちる血の音だけが、それをわずかに壊していた。
高い窓から差し込む月光の下、廊下には死体が散らばっていた。まるで生命そのものが一瞬で奪われたかのように。空気には今もマナの残滓が漂っている。見えない細い糸のように震え、それはつい先ほどまで戦闘があった証だった。
ゆっくりとした…そして確かな足音。
黒い服を纏った三人。
その一人が――オリオンだった。
19歳の彼は、表情一つ変えずに歩いていた。紫色の瞳は冷たく、周囲の何も映していない。手にはまだ薄くマナの残滓が残っており、それは徐々に消えていく。まるでその力自身が長く留まることを拒んでいるかのようだった。
彼は一つの部屋の扉を静かに開けた。
小さな軋む音。
中を見渡す。
血…混乱…静寂。
そして――
止まった。
ベッドの下。
小さな動き。
オリオンの視線がゆっくりと下がる。
子供と少女。
二人は震えながら息を殺していた。少女は少年の手を強く握りしめ、声を出させまいとしている。
オリオンは彼らを見つめた。
沈黙。
一秒…二秒…
彼の表情は変わらない。
慈悲も、残酷さもない。
ただ――空白。
そして彼は顔を背けた。
一言も発さずに、扉を閉めた。
外では、二人の男が待っていた。
一人が武器の血を拭いながら、低い声で言う。
「他に残っているか?」
オリオンは少しだけ間を置いた。
そして冷たい声で答える。
「いない。」
視線が二人の間で交わり、頷く。
「よし。任務完了だ。」
オリオンは何も言わなかった。
ただ歩き出す。
三人は城を出た。巨大な門は開いたままで、まるで闇を飲み込む口のようだった。外は静かな夜。月が高く、冷たい光で世界を照らしている。
風が血の匂いを運んでいた。
一人の男が城を振り返り、呟く。
「貴族も…普通の人間と同じように死ぬんだな。」
誰も答えない。
オリオンはわずかに空を見上げた。
月。
あの日と同じ月。
しかし――
そこに意味はない。
彼の中でマナがわずかに揺れた。不安定な感覚。まるで内側から何かが蝕まれているようだった。
だが表情は変わらない。
ただ一瞬だけ目を閉じ、そして開いた。
再び歩き出す。
まるで、何もなかったかのように。
――――――
それからしばらくして。
三人は古い酒場の前に立っていた。外から見れば廃墟のようで、窓は暗く、木の扉は古びている。何年も客を迎えていないような場所だった。
しかし、それは表の顔にすぎない。
一人が扉を押す。
ギィィ…
小さな軋み。
中に入る。
内部はほとんど空に見えた。古いテーブルが散らばり、カウンターの奥には老人が一人立っている。こちらを見ようともしない。
オリオンは静かに歩いた。
銀色の髪が薄い光を受けて揺れ、紫の瞳は何も映さないまま進む。
彼は壁の前で止まり、ある石を押した。
「カチ」
隠し扉がゆっくりと開く。
三人は暗い通路を下りていく。
そして現れたのは――影のギルドの拠点だった。
広大な空間。そこには多くの人間がいた。男も女も、武器を持つ者、契約を交わす者、そしてマナを操る者たち。空気そのものが不安定な力で満ちている。
オリオンは立ち止まらない。
周囲を無視し、そのまま奥へ進む。
一番奥の扉の前で止まり、ノックする。
「入れ。」
扉が開く。
中には四十代の男がいた。黒髪に灰色の瞳、そして片目を横切る傷跡。わずかに笑みを浮かべている。
モーガン。
「おお…オリオンか。」
机に身を乗り出しながら言う。
「どうだ?任務は終わったか?」
オリオンは無表情のまま答える。
「終わった。」
モーガンは満足げに笑う。
「上出来だ。」
だが――
オリオンは動かない。
部屋を出る気配もない。
モーガンの表情から笑みが少しずつ消える。
「まだ何かあるのか?」
沈黙。
そしてオリオンは低い声で言った。
「分かっているだろう。俺が何を求めているか。」
モーガンは一瞬だけ目を細め、ため息をつく。
「またか…弟の件か。」
「そうだ。」
紫の瞳が彼を射抜く。
「情報は?」
モーガンは首を振る。
「ない。」
オリオンは静かに言った。
「何年もだ。俺は契約を守り続けている。」
「お前も忘れるな。俺たちの契約を。」
モーガンは立ち上がり、引き出しから古い地図を取り出して広げた。
「見ろ。」
「この大陸には六つの国がある。」
指を置く。
「どれも強大だ。」
そして一点を指す。
「お前が言っていた“ヴィアラマハール王国”。そこに弟は連れて行かれたと言ったな。」
少し間を置く。
「だが、その国には痕跡すらない。」
オリオンの表情がわずかに変わる。
「王城に潜らせた諜報員も誰一人知らない。」
モーガンは肩をすくめる。
「まるで、存在しないものを探しているようだ。」
――沈黙。
その時。
ノックの音。
「入れ。」
扉が開く。
ギルドの男が入ってくる。
一歩。
二歩。
「何だ?」モーガンが問う。
その瞬間――
男の体が爆ぜた。
肉と血が部屋中に飛び散り、壁、机、そしてオリオンとモーガンの顔を赤く染める。
時間が止まったかのようだった。
血がオリオンの頬をゆっくりと流れる。
彼は瞬きをしない。
動きもしない。
ただ静かに手を上げ、血を拭う。
そして言った。
「これは…メッセージだな。」
静寂。
しかし今度の静寂は――
ただの静けさではなかった。
あとがき
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