嵐の後
静まり返った戦場には、風のうなりと崩れ落ちる瓦礫の音だけが響いていた。
ニーナはセスの傍らに膝をつき、両手を彼の胸の上にそっと重ねる。足元には青い魔法陣が静かに広がっていった。
目を閉じ、小さく呟く。
「――治癒魔法。」
温かな青い光が彼女の手のひらから溢れ出し、セスの傷を少しずつ癒していく。
数秒後――
セスの指先がぴくりと動いた。
やがて彼はゆっくりと目を開き、何度か瞬きをしながら夜空を見上げる。
「……あれ。」
疲れ切ったように小さく笑った。
「なんだ、この気持ちいい感じは……?」
体を起こそうとして、無意識に手を伸ばす。
しかし――
その手が、柔らかな感触に触れた。
無意識のまま、少しだけ力が入る。
その瞬間――
ニーナの治癒魔法がぴたりと止まった。
彼女はゆっくりと視線を落とす。
セスの手は、自分の胸の上に置かれていた。
彼女の顔が一気に真っ赤に染まる。
一方のセスも、
「…………」
目を大きく見開き、
恐る恐る自分の手元を見る。
そして、そのまま固まった。
「…………」
「…………」
次の瞬間――
「この変態ッ!!」
バシィィン!!
ニーナの平手打ちが炸裂し、セスの顔が勢いよく横へ弾け飛ぶ。
しばらく沈黙した後、セスは頬を押さえながら睨み返した。
「わざとじゃない!」
勢いよく立ち上がり、指を差す。
「そもそも、誰がお前に治療してくれなんて頼んだ!」
ニーナは眉を吊り上げた。
「だからって女の子の胸を触っていい理由にはならないでしょ!」
「だから事故だったって言ってるだろ!」
「この最低!」
「そっちのほうが失礼だろ!」
「バカ!」
「お前のほうがバカだ!」
「あんたよ!」
「お前だ!」
「あんた!」
「お前!」
二人の口論は終わる気配がなかった。
◇
その頃――
少し離れた場所では、
オリオンがゆっくりと意識を取り戻していた。
騒がしい声に眉をひそめる。
「……なんだ、この騒ぎは。」
紫色の瞳をゆっくりと開く。
それに気づいたミラの瞳に涙が浮かんだ。
「オリオン!」
彼女は勢いよく飛びつき、そのまま強く抱き締める。
「死んじゃうかと思った……!」
「ぐっ……!」
オリオンの目が見開かれる。
「み……ミラ……」
だが、ミラはさらに力を込めた。
「本当に無事でよかった!」
オリオンの顔がみるみる青ざめていく。
その様子を見たニーナとセスは口論を止め、
同時に声を上げた。
「ミラ……」
振り向いたミラが首を傾げる。
「え?」
二人はオリオンを指差した。
彼は苦しそうに手を伸ばし、必死に助けを求めていた。
「く……苦しい……」
「はっ!」
ミラは慌てて腕を離した。
オリオンはその場に崩れ落ち、大きく息を吸う。
「はぁ……はぁ……」
疲れ切った表情でミラを見る。
「君の抱擁で……本当に死ぬところだった……」
ミラは顔を真っ赤にして俯いた。
「ご、ごめんなさい……」
◇
しばらくして、
セスがゆっくりとオリオンの前へ歩み寄る。
視線を伏せたまま立ち止まり、
静かに口を開いた。
「……悪かった。」
少しだけ顔を上げる。
「理性を失って、お前たちまで殺しかけた。」
オリオンは小さく微笑み、
そっとセスの肩を叩いた。
「戻ってきてくれて、それで十分だ。」
「体は大丈夫か?」
セスは静かに頷いた。
「ああ。」




