八十の決断
オリオンはその場に立ち尽くしていた。
その視線は、暴走するセスから一瞬たりとも逸れない。
黒い魔族のオーラが嵐のように渦巻き、空気そのものが重く歪んでいく。
ゆっくりと、オリオンは息を吸った。
そして――
静かに目を閉じた。
その瞬間、戦場の音が完全に消えた。
爆発も、叫びも、風の音さえも消え去る。
彼は「内なる世界」へと沈んでいく。
そこは果てのない虚空。
深い闇の中に、無数の光点が漂っていた。
それは星ではない。
一つ一つが「魂」。
彼に支払われるはずの“負債”。
彼が奪った命の残滓。
オリオンはその空間の中心に立ち、静かにそれらを見渡した。
「……百。」
数える必要はない。
それぞれの魂には、彼の中で明確な“印”が刻まれている。
まるで逃れられない星座のように。
ゆっくりと手を上げた。
「……二十を使う。」
その言葉と同時に――
二十の光が消えた。
闇の中から、存在そのものが抉り取られるように消滅する。
次の瞬間。
膨大な力が身体へ流れ込んだ。
オリオンは目を開ける。
紫の瞳が鋭く輝いた。
「残り……八十の魂。」
その姿が消える。
――ドォン!!
セスの背後に出現し、剣を振り下ろす。
しかし。
セスは振り向きもしない。
ただ腕を上げただけで――
カァン!!
剣撃は止められた。
二人の視線が交差する。
一瞬の静寂。
そして――
同時に爆発するように動き出した。
拳と剣。
蹴りと魔力。
衝突のたびに大気が裂け、地面が波のようにうねる。
その戦いはもはや人間の視認を超えていた。
ただ轟音と衝撃だけが世界を支配する。
――
離れた場所では、ミラが片膝をついていた。
右目を押さえ、荒い呼吸を繰り返している。
血はまだ指の間から流れ落ちていた。
そのとき。
背後から足音がした。
ミラは即座に振り返る。
構える。
そこにいたのは少女だった。
短い青髪。
澄んだ青い瞳。
この地獄のような戦場には似つかわしくないほど、静かな存在。
「……誰?」
少女は優しく微笑む。
「私はニナ。」
ゆっくりと近づく。
「その目……見せてもらってもいい?」
ミラは警戒したまま一瞬迷うが、やがて手を外した。
ニナはその傷にそっと手を当てる。
「癒しの魔法――」
青い魔法陣が静かに展開された。
柔らかい光が広がり、傷口を包み込む。
痛みが少しずつ消えていく。
やがて――
ミラは目を開けた。
「……見える。」
驚愕の表情。
「治ってる……?」
ニナは静かに頷く。
「完全ではないけど、視界は戻せる。」
ミラは小さく頭を下げた。
「……ありがとう。」
ニナは視線を戦場へ向ける。
「彼らは……何?」
轟音が響く中、彼女は静かに続けた。
「このままだと、街が壊れる。」
ミラは答えた。
「……仲間。」
すぐに立ち上がる。
「行かなきゃ。」
だがニナは手を上げる。
「やめた方がいい。」
「もし私があなたなら……近づかない。」
「……どういう意味?」
ニナは戦場を指差した。
ミラは視線を向ける。
そこで見たものは――
オリオンだった。
彼はいつもの冷静さを失いかけていた。
魔力は不安定に揺らぎ、顔には苦痛の色。
「……黙れ。」
低い声。
そして突然。
「黙れと言っている!!」
ミラは息を呑む。
「魂が……彼に影響してる……?」
その瞬間。
セスが動いた。
――ズシャッ!!
オリオンの肩を貫く。
血が飛び散る。
オリオンは後退しながら歯を食いしばる。
セスは狂気のような笑みを浮かべたまま距離を取る。
再び対峙する二人。
そしてオリオンはもう一度目を閉じた。
内なる世界。
そこには八十の光。
「……八十。」
静かな声。
そして――
初めて見せる迷い。
「一度に全部の魂を使う……」
彼は拳を握る。
「やったことはない。」
沈黙。
そして決意。
「だが……」
「これしか方法がないなら。」
目を開けた瞬間――
紫の瞳が鋭く光った。
「全部使う。」
あとがき
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