満月の下の悪魔
静寂が戦場を包んだ。
セスの体から溢れ出す魔族の魔力は、空気そのものを重く変え、大地は絶え間なく震え続けていた。
一方――
ミロは、もはや先ほどまでの余裕に満ちた笑みを浮かべてはいなかった。
黄金色の瞳は大きく見開かれ、その表情には、この戦いで初めて「恐怖」が浮かんでいた。
「……何なんだ、お前は。」
拳を握り締めながら、セスを睨みつける。
「ただの半魔族じゃない……。」
しかしミロは恐怖を押し殺し、全身の魔力を一気に解放した。
「完全に目覚める前に……殺す!!」
膨大な魔力が彼の両手へと集まり、無数の魔力弾となって一斉に放たれる。
轟音とともに、嵐のような魔法がセスへ降り注いだ。
爆炎。
爆発。
土煙。
しかし――
セスは一歩も退かなかった。
攻撃を正面から受け続ける。
煙が晴れる。
そこには、傷だらけになりながらも立ち続けるセスの姿があった。
そして、その傷は目の前で瞬く間に塞がっていく。
ミロは息を呑んだ。
セスの体を走る黒と紅の紋様は、先ほどよりもさらに濃く広がっていた。
魔力も、明らかに増している。
「……強くなっている?」
愕然と呟く。
その瞬間、ミロは気づいた。
「そうか……。」
「お前の体には、本物の魔族の心臓がある。」
魔力の流れを見つめながら続ける。
「戦いが長引くほど……。」
「傷つくほど……。」
「あの心臓が魔力を生み出し続ける。」
歯を食いしばる。
「つまり、お前は戦えば戦うほど強くなるのか……!」
セスは答えない。
ただ――
笑っていた。
次の瞬間。
姿が消える。
「っ!?」
ミロが反応した時には、もう遅かった。
「ザシュッ!!」
鮮血が夜空へ舞う。
ミロは信じられないという表情で自分の肩を見る。
右腕が――
肩口から切り落とされていた。
「ぐああああぁぁぁっ!!」
悲鳴が響く。
だが、セスは止まらない。
残った足を掴む。
そして――
地面へ叩きつけた。
「ドォォォン!!」
再び持ち上げる。
もう一度。
「ドォン!!」
三度。
四度。
五度。
何度も、何度も。
まるで壊れた人形のように、ミロの体を地面へ叩きつけ続けた。
大地は砕け、街路は陥没し、周囲の建物までも崩れ落ちる。
一撃ごとに、ミロの口から大量の血が噴き出した。
やがて――
セスはその体を空高く放り投げる。
ミロの体は夜空へ舞い上がった。
その瞬間――
セスの背中から巨大な黒い翼が広がる。
「……翼!?」
ミラが息を呑む。
オリオンでさえ、言葉を失っていた。
ミロは空中で最後の魔力を振り絞る。
「まだ……終わらん!!」
巨大な魔力砲が放たれる。
しかし――
セスへ届く前に、黒い魔力へ飲み込まれ、跡形もなく消え去った。
一瞬。
セスはミロの目前へ現れる。
両手で、その体を掴んだ。
二人の背後には――
満月。
まるで悪夢を描いた一枚の絵のようだった。
セスはゆっくりと腕に力を込める。
「ぎゃああああああ!!」
ミロが絶叫する。
「やめろ!!」
「頼む!!」
「死にたくない!!」
懇願。
叫び。
涙。
それでも――
セスの笑みは消えなかった。
感情のない、冷たい笑み。
さらに力を込める。
「ブチィィッ!!」
満月の下――
ミロの体は真っ二つに引き裂かれた。
鮮血が夜空を赤く染める。
同時に、街中で戦っていたミロの分身はすべて霧のように消え去った。
静寂。
セスはゆっくりと地上へ降り立つ。
黒い魔力はなおも体を包み込み、その笑みも消えていない。
ミラは安堵の息を漏らした。
「……終わった。」
そのままセスへ駆け出す。
「セス!」
しかし――
「行くな!!」
オリオンが叫ぶ。
だが、遅かった。
セスの姿が消える。
次の瞬間には、ミラの目の前にいた。
「セ――」
言葉は最後まで続かなかった。
セスが右手を振るう。
「グシャッ!!」
「ああああああっ!!」
ミラの右目が抉り取られた。
彼女はその場に崩れ落ち、右目を押さえながら絶叫する。
指の隙間から鮮血が流れ落ちる。
セスは再び腕を振り上げる。
その一撃が振り下ろされようとした瞬間――
「ドォォォン!!」
オリオンが全力で体当たりし、セスをミラから弾き飛ばした。
二人は地面を何度も転がる。
ミラは震えながら、血に染まる右目を押さえた。
「……どうして……。」
かすれた声が漏れる。
「どうして……セスが……。」
オリオンはゆっくり立ち上がる。
紫色の瞳は、一瞬たりともセスから逸れない。
静かに言った。
「……もう、あいつは正気じゃない。」
一瞬だけミラを見る。
「ミラ……下がれ。」
ミラは苦しそうに後退する。
オリオンは黒い外套へ手を伸ばした。
ゆっくりと脱ぎ捨てる。
外套が地面へ落ちた。
そして、一歩前へ出る。
セスを真正面から見据え、静かに告げた。
「……ここからは、俺がセスを止める。」
あとがき
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