深淵の心臓、覚醒
ミロの顔に一発叩き込まれた拳の余韻が、静寂を支配していた。
瓦礫の中から、ミロはゆっくりと立ち上がる。
口元から流れた血を親指で拭い、そのままセスへ視線を向けた。
そして、小さく笑う。
「セス……」
一度言葉を切る。
「一つだけ認めよう。」
黄金の瞳には、先ほどまでの嘲りではなく、わずかな敬意が宿っていた。
「お前は本当に強い。」
薄く笑う。
「もしお前が《影のギルド》の人間じゃなければ……俺たちは友達になれていたかもしれないな。」
しかし、その笑みはすぐに消えた。
ミロは静かに息を吸い込む。
――次の瞬間。
轟ッ!!
凄まじい魔力が彼の体から噴き上がった。
地面が震え、大気が軋む。
黄金色の髪は一気に長く伸び、暴風のような魔力に揺れる。
筋肉はさらに膨れ上がり、背丈もひと回り大きくなる。
黄金の瞳は、まるで猛獣のような鋭い輝きを放っていた。
「……まだ本気じゃなかったの!?」
ミラが息を呑む。
オリオンも目を細めた。
「……俺たちを遊び相手にしていたのか。」
だが、セスは止まらない。
「強くなろうが関係ない!」
叫びながら一直線に突っ込む。
拳が空気を裂く。
しかし――
「遅い。」
ミロは片手でその腕を掴んだ。
ギリッ……
そのまま握力を込める。
ゴキィィッ!!
骨が砕ける音が響いた。
そして――
ブチッ!!
セスの右腕が肩から引きちぎられた。
「ぐああああぁぁっ!!」
鮮血が噴き出し、セスは苦痛の叫びを上げる。
一方その頃。
「どけぇぇぇ!!」
オリオンはミロの分身へ斬りかかる。
拳と拳が激突し、地面が砕け散る。
しかし分身は一歩も退かなかった。
ミラももう一体の分身に阻まれ、セスの元へ辿り着けない。
ミロは苦しむセスの首を掴む。
そして――
ドンッ!!
二人は一瞬で夜空へ飛び上がった。
はるか上空。
眼下には、美しいオリミス王国の夜景が広がっていた。
無数の灯りが夜を彩っている。
ミロは静かに街を見下ろし、呟く。
「よく見ておけ、セス。」
「……綺麗な国だ。」
黄金の瞳がセスへ向く。
「これが、お前の最後に見る景色だ。」
その瞬間――
ズドォォォォン!!
雷のような速度で地面へ急降下した。
セスの身体を先頭に叩きつける。
轟音。
巨大なクレーターが形成され、衝撃で周囲の建物が崩れ落ちる。
土煙が舞い上がる。
やがて煙が晴れると――
巨大な穴の中心で、セスは倒れていた。
全身の骨は砕け、身体はほとんど動かない。
ミロはゆっくり歩み寄る。
そのままセスの胸の上へ腰を下ろした。
冷たい目で見下ろす。
「お前は完全な悪魔じゃない。」
顔を掴み、無理やり持ち上げる。
「半分は……弱い人間だ。」
冷酷な笑みを浮かべた。
「安心しろ。」
「お前を殺した後は……残りの二人も始末してやる。」
拳を振り上げる。
そして――
ドン!!
ドン!!
ドン!!
何度も。
何度も。
何度も。
拳を叩きつけた。
大地が震え、血飛沫が飛び散る。
離れた場所では、
「セェェェス!!」
オリオンが叫びながら分身へ斬りかかる。
「やめてぇぇぇ!!」
ミラも涙を浮かべながら魔法を放ち続ける。
しかし二体の分身は決して道を開けない。
やがて――
静寂が訪れた。
セスの身体は、もう動かなかった。
心臓も。
呼吸も。
完全に止まっていた。
ミロは立ち上がり、手についた血を青いコートで拭う。
そして二人へ視線を向ける。
「次は、お前たちだ。」
オリオンは言葉を失う。
ミラの瞳は大きく見開かれた。
「……セス。」
◇
――深い闇。
セスの意識の奥底。
そこには幼い日の記憶があった。
小さな村。
黒髪の少年が、一人で座っている。
「近寄るな!」
「悪魔の子だ!」
「化け物!」
子どもたちは石を投げ続ける。
大人たちも誰一人止めようとはしなかった。
少年は泣きながら家へ駆け込む。
母親の胸へ飛び込み、声を震わせた。
「お母さん……」
「どうして……?」
「どうして僕は半分悪魔なの?」
母親は優しく微笑み、涙を拭ってくれる。
「よく聞いて、セス。」
胸に手を当てた。
「お父さんは悪魔だった。」
「でも、とても優しい人だったのよ。」
さらに微笑む。
「あなたは悪魔じゃない。」
「人間でもない。」
「あなたは――セス。」
「自分が何者になるかは、あなた自身が決めるの。」
優しく顎を上げさせる。
「顔を上げて。」
「自分を恥じる必要なんてない。」
「誇りを持ちなさい。」
「あなたは、自分が思っているよりずっと強い子だから。」
景色が光に包まれ、消えていく。
◇
現実世界――
ドクン。
一度。
ドクン。
二度。
ドクン。
三度。
その瞬間――
ゴォォォォォォッ!!
凄まじい魔力がセスの身体から噴き上がった。
王国全体が揺れる。
ミロの動きが止まる。
背筋に寒気が走った。
「……馬鹿な。」
巨大なクレーターの中。
砕けた骨が音を立てながら繋がっていく。
裂けた肉が再生し、傷口が瞬く間に塞がる。
黒と紅の紋様が全身へ広がった。
両目は完全な深紅へ染まる。
やがて――
額の両側から、小さな角が姿を現した。
漆黒の魔力が炎のように全身を包み込む。
セスはゆっくりと立ち上がる。
そして――
人間とは思えない笑みを浮かべた。
魔心。
――《深淵の心臓》が、ついに覚醒した。
あとがき
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