裏七夕物語・第三章〜天の国で一番美しい女、その影〜
むかしむかし――
織姫は天界に戻ると、
以前と同じように機を織り続けました。
天界の着物は、
彼女が織ればたちまち光を帯び、
星々のように輝きました。
しかし、
その指先はどこか落ち着きません。
織姫
(……静かすぎる)
下界の夜の街。
あの喧騒、
あの酒の匂い、
あの男たちの視線。
辛いことも多かった。
涙をこらえた夜もあった。
でも――
あの場所で、
織姫は“女としての自分”を思い出したのです。
鏡に映る自分の姿を見て、
ふと笑みがこぼれました。
織姫
(……私、まだこんなに綺麗だったんだ)
天界では、
誰も彼女を“女”として扱いません。
皆が敬い、
皆が距離を置き、
皆が「織姫様」と呼ぶ。
下界で浴びた、
あの“生々しい視線”とは違う。
織姫
(……あの頃は、彦星がいたからできなかったけど)
織姫は、
夜になるとそっと機を止め、
天界の繁華街へ足を運ぶようになりました。
-天界の繁華街・星灯通り-
星灯通りは、
天界の若者たちが集まる華やかな場所。
光る酒、
踊る星屑、
音楽を奏でる風の精。
その中に、
ひときわ美しい女が現れました。
織姫。
男たちがざわめきます。
男A
「え……あれ、織姫様じゃないか?」
男B
「いや、まさか……あんな場所に来るはずが……」
男C
「でも、あの美しさ……間違いない……!」
織姫は微笑みました。
織姫
「ねぇ、あなた。少し飲まない?」
男たちは一瞬で虜になりました。
男A
「は、はいっ……!」
男B
「お、お酒奢ります!」
男C
「織姫様と飲めるなんて……!」
織姫は酒を口にしながら、
どこか冷めた目で男たちを見つめます。
織姫
(……簡単ね)
下界で覚えた“距離の取り方”。
“褒められた時の返し方”。
“相手を転がす間”。
それらが、
天界の男たちには刺激が強すぎました。
織姫は楽しんでいるように見えました。
しかし――
心の奥では、
別の感情が渦巻いていました。
織姫
(……あの時は、彦星がいたから)
(……あの時は、生活のためだった)
(……でも今は違う)
自由。
解放。
そして――
ほんの少しの虚しさ。
男たちが褒めれば褒めるほど、
胸の奥にぽっかりと穴が広がっていきます。
織姫
(……でも、今はいいの。今だけは)
その夜、
織姫は星灯通りの中心で、
天界の男たちを手玉に取りながら、
静かに笑っていました。
その笑顔は、
かつて彦星に向けていた優しい笑顔とは、
まるで別のものでした。
そして、天界の噂は、また広がります。
「最近、織姫様が夜の街に出てるらしい」
「男を手玉に取ってるって噂だぞ」
「下界で何があったんだ……?」
天界の住民たちはざわめきました。
そして、
その噂は当然――
彦星の耳にも届きます。
鵲A
「おい、聞いたか?織姫様、最近すごいらしいぞ」
鵲B
「男を翻弄してるってよ。お前とは大違いだな、ヒモ星、いや彦星だっけ」
彦星
「…………」
胸が締め付けられました。
自分が壊した愛。
自分が失わせた時間。
自分が追い詰めた女。
その女が、
自分の知らない夜を生きている。
彦星
「……織姫……」
天の川の音が、
いつもより冷たく響きました。




