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55 修一、修学旅行に行く

 舞台は京都。花見のシーズンを終え、人の流量も落ち着いた頃。六年生にとって初めての行事が修学旅行だった。

 多くの人が経験した通り、新幹線に乗りついた先で引率に連れられ神社仏閣を巡る。だいたいお決まりのコースがあり、その姿は出荷待ちされる工業製品のように画一的である。

 長期休暇には家族旅行が一般的な文化であるため、当然先んじて京都に観光へ来たことのある生徒が多くいた。それでも浮き足立って見えるのは、イベントという雰囲気が成せる業だろう。

 しかし、不満がひとつ。今回の修学旅行は例年と大きく異なることがひとつあった。それは班による自由行動がないのだ。とある生徒が災難を持ち込む可能性が高いため、子どもだけでの行動はもってのほか。その生徒だけ先生と一緒では不公平があるということで、自由行動はなくなっていた。

 罪はその生徒にない、問題はいつでも周りから持ち込まれるもので、ただ恐怖心だけは拭えなかった。その証拠に出発時、生徒の各保護者から半ば押し付けるように大量のお守りを手渡され、むしろ逆効果なのではと訝しむほどの状態である。

 誰もが被害者で始まった修学旅行も行ってしまえばすべて杞憂で、自由行動がなくとも楽しめることは多く、また懸念されていた問題も向こうからやってくることはない。ほっと胸をなで下ろしたのは引率の先生である、例外だらけの修学旅行はいつの間にか最終日を迎えていた。

 最後の大きな予定、それは提携している姉妹校との交流会だった。

 ひどく戸惑うひとりの生徒以外知っていたことだった。早いうちから婚約する関係でどうしても狭い交流の中から関係を固めてしまう、それを悪いとは言わないがそれ以外の選択肢もあるのだと知ること、また社会に出て違う風土で育った人との交流を学ぶ目的で、多くの学校が他校交流会を開催していた。

 班分けは同性ふたり、交流する相手は異性である。必然的にちいさな合コンのような状況になっていた。

 修一のペアは、誠である。希望制であるがゆえ、修一にも他の生徒にも選択肢がなかった。悪く言えば余り物同士である。

「初めまして、よろしくお願いします」

 寄せられたテーブルに着くなり、誠が自己紹介を始めていた。修一も合わせて軽く頭を下げる。

 ……。

 顔を上げて、相手を見る。悪評は案外遠くまで届いているのだと納得させられる、この世の終わりを示すような引きつった笑みが印象的だった。



 交流会といえど学習の場、ただお話しをして解散するなどありえない。せっかくの旅行なのに真面目なことを言うと揶揄されそうなものだが、グループワークとしての課題が挙げられていた。

 それは、『今のペアとの思い出』である。

 初対面で人となりを知るために与えられた課題であるが、まぁ恥ずかしい。必要以上に語ることはないと修一が頭をひねっていると、誠は珍しく「うーん」と考え込むように唸っていた。

「どうしたの?」

「うん。色々ありすぎてどれを取り上げればいいかわからないんだ」

 馬鹿真面目に恥ずかしいことを言うのが誠だった。確かに六年、何もなかったとは言えず、修一の思い出のほとんどに誠の姿があった。悪友というには気やすすぎて、ストーカーと言うには実害がない。

 ただひとつわかっているのはこれ以上手離しでいるとあることないこと語り出すということ、修一はなんとか主導権を握ろうと頭を働かせている間に、先方の女子が解決策を提示していた。

「なら、初めて会った時のことは?」

「初めて……か」

 言って、誠は顔を修一に向ける。

「な、なんだよ……」

 口を開かず、心根を見透かす目に思わずたじろぐ。基本的に何を考えているか予想がつかない子であるため、覚悟のしようがなかった。

「思い出したんだけど、保健室の先生とはその後どうなったの?」

「保健室の先生?」

「うん、修一が小学校一年の時に好きだった人。興味深くて話聞こうとして近づいたんだけど、いつの間にか忘れてた」

 放心。確かにそんなこともあったな、と笑い話に出来ればよかったのだが、修一としては言わない約束をしたことだけ思い出されて裏切られた気分だった。

 それをよりにもよってこんなところで。怒りより失望に顔が白くなる。

「その先生は?」

「三年か四年の時に別の小学校に行っちゃって僕は会ってないなぁ。修一は?」

「……まえ」

「ん?」

「お前、ほんとそういうところ止めろよ。言わないっていったじゃん」

「いやもう時効でしょ」

 舐めた口をきいた彼の頭を叩く。時効かどうか、判断をするのは誠ではない。

 当然の凶行に驚く女生徒をわき目に、誠は頭を押さえながらはにかんでいた。これくらいいつものやりとりの範疇だった。

「つーか、そんなくだらないことで……ちょっとまて、あの時って確か体育で怪我したからだったはずだろ。その前から絡んできてなかったか?」

「うん、その前の身体測定でそうじゃないかなぁって気付いたから」

「なんでだよ」

「小学生の恋愛を知る必要があったから。結局よくわかんないままこの年になっちゃったけどね」

 しれっと言われ、「なんだよ、小学生の恋愛って……」と修一は呟く。相変わらず訳の分からないことを言う少年に、それ以上言っても無意味だった。

「仲いいんだね」

「腐れ縁だ、別に仲良くない」

 話をまとめられそうになり、修一は首を振って断った。こんな変人と付き合うのも後数か月、中学になって環境が変われば人付き合いの仕方も変わる、孫お時ようやく晴れて自分の生き方ができると信じていた。



 その後、女生徒の出会いも聞いて誠が簡単に話をまとめる。ものの十分で課題は終わり、誠と女生徒が話を続けていた。

 興味がない修一はそっぽを向いていた。それでも問題はなく、ひとしきり話した当たりで女生徒が席を外したときのことだった。

「……なぁ」

「ん、なに?」

 修一の態度を諫めることなく、誠はいつもの外面のよさを見せている。

「俺が言うことじゃないのはわかっているけど、志乃のこと、どうするんだ」

「……」

 返答はなく。

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