54 修一、空回る
地域一の規模を誇る祭りは、市内を神輿が練り歩き、大会場では盆踊り、そしてフィナーレには花火と、夏祭りのイメージを寄せ集めたような催しだった。
来客数も上々、参道に並んだ屋台はどこも盛況であり、熱気と歓声が人の波を実体以上に大きく見せていた。
どこを見ても人、人、人。進めば進むほど密度が濃くなる状況に、少年少女達は手を取りあっていた。一度はぐれたなら貴重な時間を無駄にする、そのための最善策だった。
頭ひとつ高い沙耶が先導しながら、他が左右を物色する。そうは言っても誠と修一に要望はなく、主に志乃が目的を決めていた。
屋台の料理を堪能し、遊戯をする。ありふれた光景は予算と時間が尽きるまで続き、元々よく話す間柄である、いい雰囲気を保ったまま時間は佳境へと向かっていた。
残すイベントは打ち上げ花火、夜霧に紛れて地元民しか知らない穴場へと来た四人は、青くざらついたレジャーシートの上で横一列に並んでいた。まもなく、そんな時、誠が空を見上げながら口を開く。
「――で、何が目的なのかな?」
その言葉は修一に向けられていた。ただ少し端的な内容であった。
「……ん?」
「ん、じゃなくて。お祭りに誘った本当の目的があるんでしょ」
とぼけたように目をぱちくりと閉じる修一は、ゆっくり頭を回転させながらようやく「……あぁ」と呟いていた。目的は既に完遂していたから、今更の追求に思考が追いついていなかった。
「まぁ……その……沙耶のこと、これからも良くしてやってくれってこと」
気に食わない相手でも、妹の幸せを思えば今のところ最善であることには間違いなく、もう少し私生活が落ち着いてほしいと切に願うが、誠の人となりを修一は四年間でお墨付きを与えていた。
花火が上がる。花開く。
「え……どういうこと?」
色とりどりに照らされた誠の顔には困惑が浮かぶ。それほど変な事を言ったつもりはないのに意図が伝わらなかったようで、二度も同じことを言う気恥しさから修一は一度顔を伏せる。
「いや、な? わかるだろ「修君」もう子どもじゃないんだから「修君」そろそろ将来のこととか「修君!」うるさいな、いだだだっ!?」
真剣に話しているさなか、口を挟もうとする沙耶に怒鳴ると、ぐっと伸びてきた手が修一の額を掴む。アイアンクローであった。
指が食い込むほどの強さに悲鳴を上げる。穴場で閑散としているとはいえ周囲には花火を見ている観客もいる、マナー違反には厳しい目が向けられていた。
「修君、急に変なこと言わないで」
「そういえばいいだろ。暴力で解決しようとすんな」
爪まで立てて発言を止めた沙耶はあきれ顔。まだきりきりと痛むこめかみをもみほぐしながら、修一は恨みのこもった目線を向けていた。
「……なんだよ、嫌だったのか?」
「嫌というか……うん、嫌かな」
思い返し、確かな主張は修一の想定と違っていた。その横で誠は告白したわけでもないのに振られていた。
「な、なんでだよ」
「なんでって、まず私より先に決めなきゃいけない人がいるのにまだちゃんと答えてないんだから、そういうお子様はちょっとないかな」
「……あぁ」
合点がいく。修一は顔を横に向け誠を、そしてその後ろに隠れていた志乃を見る。
特に何も考えていない顔があった。同意するでもなく否定するでもない、聞いていたかすら怪しいが、この距離で聞き逃すはずがなかった。
それを責めるのはお門違いで、修一は標的を手前に移す。
「お前さぁ、そういうことはちゃんとしとけよ」
「うーん、それについては全面的に申し訳なく思っているけど、性急すぎるんじゃないかな」
「でも小学校に来る前から言われてたんでしょ? 考える時間なら十二分にあったはずじゃないの?」
兄を説き伏せようとすれば妹が援護射撃を行う。流石に二対一は分が悪く、誠は肩をすぼめ、花火に消える声で「……すみません」とつぶやいていた。
それもまた甲斐性である。完璧超人だと思っていた人物の意外で決定的な弱点に、修一は馬鹿らしくなって顔をあげる。
空を覆いつくす満開の花火は、誰にも邪魔されることなく大輪を咲かせていた。
誠がどうしようもない男だとわかっても築いた関係は変わらず、また季節は巡る。厳しい冬が過ぎれば新芽の若々しい春、じりじりと皮膚を焼く夏に赤く染まる秋。光陰矢の如し、四季は一巡しても生活に大きな変化はなく、修一たちはそのまま最高学年へと成長していた。
結局一年経っても誠は答えを出せず、修一も他人事と気にすらしていなかった。それでも志乃は誠と結婚すると決めていて、沙耶はそれ以上関係を深めようともしない。周りがだんだんと色を覚えるなか、むしろ出遅れているように変化のない交友が続いていた。
ちなみに修一が恋慕していた保健室の養護教諭だが、三年のときに別の学校へと転勤していた。結局淡い初恋として胸の内に秘めただけで終わり、その後浮いた話もない。周囲からは四人で結婚すると思われているだけあって、誠の存在を受け入れられないことが壁となっていた。
あと一年すれば、通いなれた小学校からも離れることとなる。その前に、どうしても外せない行事があった。
それは修学旅行である。




