53 修一、提案する
誠の異常性に身の程を知ったクラスメイトは、鉄が冷めるように熱が引き、深く関わりを持つことを控えるようになっていた。
クラスメイトの行いへ静かに怒りを募らせていた、何となくそのことが周知され、修一への当たりもいつの間にか無くなっていた。
とはいえ表面上は何も変わらない。今まで意識して無視されていたのが、もはや意識もされなくなった。それだけでも随分気が楽になったところを見るに、やはりいくらかは緊張感があったようである。
問題がなくなれば日の経過も早く、あっという間に小学四年生となっていた。日々平穏なのはいいことである、年に二度、車に轢かれ海外では凶弾をくらい、半月ほど刑務所に拘束されていた同級生がいるとなれば尚更である。
「……ほんと、よく生きてるよな」
「運がいいからね」
いつもの屈託のない笑みを浮かべる誠も、無理があると理解しているのか頬が引きつっていた。初めはあまりの悪運に渡航禁止も言い渡されていたが、国内でも事件に巻き込まれるので誰もが諦めていた。
いっその事座敷牢にでも閉じ込めておくのが最適解かと思われたが、おそらくそれすら破壊されるのがオチである。現に収容していた刑務所は原型残らず破壊され、それでも本人含め人的被害はほとんどない。運がいいのか悪いのか、少なくとも周囲の人間の心労は計り知れないこととなっていた。
「これからどうすんの?」
「何が?」
「夏休み。またどっか行くのかってこと」
まもなく長期の休暇となればどうしても学生は浮足立つ。そんな普通の会話をする程度には、もう腐れ縁は切り離せず、修一も大人になっていた。
これでも話せば普通の人間なのだ、誠という少年は。人並みに楽しみ、人並みに悲しむ。ただ超絶運がないだけの、普通の男子。
「うーん、今のところ予定はないかな」
誠が天を仰いで答える。予定がないというのはまったく暇であるということではなく、少なくともどの家庭も一度は数日の旅行へ行く。ただそれ以外は予定がないという意味だった。
「なら――」
そこで修一はある提案を出す。それがどういう結果をもたらすか、その時はまだ誰も知らなかった。
沙耶。修一の妹であり、勉強にも運動にも長けた才女である。
そんな彼女も十を超え、人並みに年頃を迎えていた。
いまだ低身長の修一とは比べるまでもなく、同年代の女子とも違う、大人の体つきへと変貌をとげる途中の雛である。
つい数年前までは色づく様子もなかったというのに日進月歩、女子は成長が早いと言うとおり、趣味嗜好も子どもから大人へと変化する。流行りへ敏感になり、化粧に興味を持つ。外でサッカーボールを追いかける男子をよそに、見目麗しい男性モデルの話題に花を咲かせては、まだまだ子どもな同級生をしょうがないというように見下ろしていた。
そこまで露骨でないにしても、沙耶の目つきは明らかに変わっていた。現実を伴わない理想論で結婚を考えることを止め、将来を見据えた観察眼を養う。その彼女が唯一心許していたのが、誠だった。
お似合いである、ふたりを見た誰もがそう感じていた。それは何も成績に限った話ではない。普段の雰囲気からしても熟年夫婦のような落ち着きを見せており、お互いがお互いを尊重する優雅さがあった。
その誠には志乃がいる。入学前から結婚を公言している豪胆さは健在で、沙耶はそんな彼女とも親友だった。多夫多妻であるから問題などなく、むしろいがみ合うほうが問題である、すでに将来を約束されているようなものだった。それまでに誠が死なければの話だが。
だから修一は骨を折ることにしたのだ。夏休みのその中盤、近くの神社で行われるお祭りに、四人で行く約束を取り付けていた。
誠はこれを拒否しなかった。拒否する理由もなかった。そもそも夏休み中も幾度か勉強会と称して数回会う仲である。その延長と考えれば、否定するはずがない。
そして当日――。
「おーい」
鳥居のそばにいた誠が天に向けた手を大きく振る。その視線の先には和装の少年少女がいた。
修一と沙耶である。
同じ家なのだから一緒にきた、ただそれだけのこと。手をつないだふたりは姉と、それに手を引かれる弟のようである。
そんな扱いにももう慣れたといわんばかりに修一は少し疲れた表情を浮かべていた。誘った側であるが、直前になってやっぱり面倒と感じてしまったのは性根のせいだろう。
誠も同じように和装であり、その隣にはいつものように志乃がいた。
「遅くない?」
「修君がなかなか準備終わらなくて」
開口一番非難から始まるのももはやお決まりのこと、いちいち気にしていては話が進まないと、男同士で一歩距離を置く。
「来ないかと思ったよ」
「嘘つけ。嫌でも来させられることくらい知ってるくせに」
「まぁね。でも修一から誘ってくれたことなんてなかったから、罠にはめようとか考えてたんじゃないの?」
冗談めかして笑う誠に、修一は鋭く息を吐く。場を和ませようとしたならユーモアに欠けていた。




