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52 修一、巻き込まれる

 平和、平穏。

 修一の望んだ日々が帰ってきて数日、彼は公園にいた。

 そこは馴染みのない公園だった。元々出不精な彼にとって外遊びの機会は少なく、その時間を読書などに当てることが多かったからだ。

 では何故今そこにいるのか、原因は案の定奴にある。

「じゃあ、ふたり一組になって短距離走ね」

 黄色の映えるメガホンを持って監督気取りか、バケツの上に立ち、一段高いところから誠が指示を飛ばしていた。

 それは、なんといえばいいのやら。ひとりが走り、それをもうひとりが撮影する。おおよそ二十メートル走ったところでフォームを確認し再度走る。それを三セット繰り返したら交代する。体育の授業と違う、より速さを求める指導に、修一のみならず困惑が広がっていた。それでもやらせるところが誠なのだが。

 妹の沙耶とペアを組みながら、修一は現状に疑問を抱いていた。あれは何から始まったのか、放課後、誠が突然言い出したことを反芻する――


 

「みんな、僕の日課に付き合ってよ」

 なんてことない、ただの要望だった。誠は今まで多くの時間をクラスメイトの要求に使ってきた、その代わりをとうとう口に出したのだった。

 当然、否定する声はない。いや、実はあった。

 志乃である。

「やめておいたほうがいいんじゃない?」

 誠のことをいちばん詳しい彼女の言葉をまともに取り合う人はいなかった。少しでも仲良く、そして普段の生活を知れるとなれば誠の誘いは渡りに船、そうでない人から見ても変わった娯楽として付き合うもの、ハブられることが怖いものと反対意見は出なかった。

 ただ修一は我関せずと、先に帰ろうとしていた。それを先んじて禁じたのも誠だった。

「来るよね?」

「いや、行かないけど」

「沙耶ちゃんは来るけど」

「沙耶が行くからなんなんだよ」

 妹の名に、修一は声を低くして唸る。

 いつも一緒にいるのは帰る家が一緒であり、彼女がしつこく付きまとうからである。これから歳を重ねていけば自然と距離が出来ていくのだ、名残惜しむ理由などなかった。

「そっか。じゃあ来ないって言っておくね」

「ちょっと待て」

「何?」

「わざわざ言う必要ないだろ」

「いや言うでしょ。僕が問い詰められても困るし」

 誠の発言は的を得ていた。修一がいないとわかれば沙耶がどうするか、実の兄が一番よくわかっている。

「……わかった、行くよ」

「無理しなくていいんだよ?」

 結果としてどちらが面倒ではないか、天秤にかけて選んだ修一に、誠が譲歩したように聞く。そもそもそんな配慮をするくらいならまず変な催しをするなと、言えない修一は天を仰いでいた。


 ――目的のわからない短距離走は三十分、ほぼ休憩なしで行われていた。

 いくら子どもが疲れ知らずとはいえ限度がある。疲労困憊、地面に倒れこむクラスメイトが多い中、主催の誠は大量の軍手とゴミ袋を抱えていた。

「じゃあ次はゴミ拾いね」

 ……おう。

 どうしてそんなことをするのか、襟首から立ち上る熱気に顔を紅くしながら修一は恨みがましく誠を見ていた。同じような目を受けながらも、彼は気にせず一方的に押し付けて先頭に立っていた。

 宣言通りゴミ拾いが始める。理解できないまま、やる気なく修一はついていくが、いつの間にか参加者が減っていた。想像と違ったのだろう、脱落も仕方ない。

 それも三十分、ゴミ拾いはあまり成果を見せていなかった。単純にゴミがほとんど落ちていないのだ。誠の袋も軽く、それどころか通りすがる人と話している回数のほうが多かった。

「うん、わかった。()()()さんに連絡しておくね」

 またひとり、話終わるとスマホを取り出してどこかに連絡する。本人から言いだしたゴミ拾いもそこそこに、何をしているのか、修一は目を細めて見ていると、相手が目線に気付いて、

「どうしたの?」

「……誰に連絡してたんだ?」

 なんとなく聞く。

 誠はあぁ、と答えると、

「市役所」

「……なんで?」

「後藤さん家の塀が老朽化して倒れそうだから、何でもやる課に連絡して補助金の説明してもらうよう話したんだよ」

 さも当然と言う誠が、解らない。初めから最後まで理解できないことだらけで、修一はとりあえず苛立ちを拳に乗せて彼の肩を叩いていた。

「いって!」

「わけわかんないこと言うな」

「わけわかんないって、ただの市役所の仕事のことでしょ」

「なんでそれをお前がやるんだよ」

「皆知らないから」

 ぼんやりとした顔して、当然とでも言いたげである。

 正しい行いなのだろうということは、修一もわかっていた。しかしそれがあまりに子どもらしくなくて、純粋に気持ち悪かったのだ。

 その後は誠を交えてマラソンが開始された。ただ黙々と公園の周りを何周もする、その苦行にひとり、またひとりとクラスメイトが姿を消し、結局残ったのはいつもの四人になっていた。

 いいだしっぺの誠は当然として、まったく疲れた様子がない志乃に、疲れすら楽しいのか笑みを絶やさない沙耶。負けん気だけでついてきた修一は、非常に後悔していた。

 時間を返せ、息も絶え絶えながら目力強く訴える。その先にはスポーツドリンクを人数分抱えた元凶がいた。

「はい、お疲れ」

「……う、っせぇ」

 ふんだくり、浴びるように飲む。乾ききった身体に、冷たい飲料が釘のごとく突き刺さる。

 ようやく一息ついて、芝生の上に寝転がる修一、その横に誠が腰かけていた。

「……いつもこんなことしてんのかよ」

「いや、流石にね。ゴミ拾いは週一くらいだよ」

 道理で、と修一は息を吐き捨てる。不自然なほどきれいな道路は誠が守っていたのだ。

「なんで――」

「僕だって、仲良くしたい人くらい選ぶよ」

「仲良くしてればいいだろ」

「それが出来ればね。最善を尽くして天命を待つことしかできないから、皆と付き合うには時間が足りなさすぎるんだ」

 また訳の分からないことを言う。そういうところが嫌いなんだと、何度言っても理解しないのが誠だった。

 夜の始まりの風が過ぎる。視界の隅ではまだ動き足りない志乃が沙耶とキャッチボールをしていた。

「ねぇ……一回死んだことある?」

「……ねえよ。あるわけないだろ」

「うん、知ってる。僕も……明日死んだとき精一杯やっていたっていいたいんだ」

 ……。

 それは妄言だった。一度死んだ人間などいるはずもなく、死んだ時のことを考える余裕などあるはずもない。これからどれだけ生きるかわからない人間が言う言葉にしては突飛で、見てきたような生々しさがあった。

「死ぬの?」

「いや死なないけど」

「……これなんの時間?」

「ほら、善行を積むとね、運気が良くなるんだよ。情けは人の為ならずって言うでしょ?」

「お前、運悪いじゃん」

 ぐさりと刺す。運がいい人間は海外に行く度問題を起こさないのだ。

 その言葉に誠は、白目を向いて倒れこむ。どうやら本人も不本意であることは感じているようで、

「……こんなはずじゃないのになぁ」

 その口調だけは、歳相応のように聞こえていた。

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