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51 修一、無視される

 その後はというと、修一の危惧した状況にはならなかった。誠は口をつぐみ、ことさらに接触するようにはなったが、それでも秘めた思いを有象無象にひけらかすことはなかった。

 ならば諸手を挙げて喜べるかというと、また話が違う。とにかく誠がしつこいのだ。どれだけ無視をしても話を続け、気付けば彼ひとりではなく妹の沙耶や志乃まで修一の机の周りを定位置としていた。

 もとより社交的とは言えない修一にとって、やかましいことはただのストレスとなっていた。そんな日々はなかなか変わらず、とうとう周りからいつものメンバーとして見られるようにすらなっていた。

 それが半年も続けばもう諦めもつくという話である。学年もひとつあがり、とはいえ何か変わったところもない。いつも通りの変わらぬ毎日、いまだクラス一の秀才である誠と、それに追随する沙耶、修一はというと、どうにか三番目と四番目を行き来するような成績で、もはや見上げることも億劫に感じるほどである。

 目下の悩みといえばその程度なだけ、平和だった。こんな日々が後ろに積み上がっていく、今日もまた変わらない一ページをめくるかと思われた矢先のことだった。

「……」

 朝、修一が教室に入る。それだけで異変に気付いた。

 おおよそいつも通りである。誰とも目を合わさず自分の席につき、授業が始まるまで適当に教科書をめくる。そのルーティンは崩れることなく、しかし違和感に手が止まる。

 それを例えるならば、沼地をかいて進むようなもどかしい息苦しさ。意識は向けられているのに、目が合わない、いや目を背けられる。本人は気づいていないつもりなのだろうがやられたほうははっきりと気付いてしまうものである。

 ……なるほど。

 それはいじめというにはまだかわいく、また立証しにくいものだった。そして、修一は一切気にしていなかった。

 元々の性格のせいである、人との交流というものを基本面倒に感じるたちなので、この状況は多少のわずらわしさを代償に触れられることもないと、むしろ歓迎していた。

 ちなみに、一番の厄介者である誠は、平日だというのに学校に来ておらず、今は海外にいた。一年の頃から年に数回あることなので、もう誰も気にしていなかった。

 しばらくすると始業を告げるチャイムが鳴り、出待ちしていたかのように担任が教室に入ってくる。修一は広げていた教科書をしまい、体裁を整えていた。

「えー……全員いますね」

「先生、誠君がいません」

 クラスメイトの誰かが茶化すように言う。理由はわかっているし、かわいい悪ふざけだった。

 しかし、担任の男性は、その真面目そうな眼鏡に影を浮かべて言う。

「――誠君は、テロに巻き込まれて帰りが遅れるそうです」

 平和な日常ではまず聞くことのない言葉に、クラスに漂う空気は一変――しなかった。それもまた、度々あることだったからだ。




「いやぁ、まいったね」

 予定より一週間後れで帰ってきた誠は、昼休み、修一の席の前に座ると、開口一番そう告げる。

「何が?」

「まさか帰る予定の空港で爆破テロが起こるなんてねぇ、想定してなかったよ」

「前回も問題起こしてたじゃないか」

「前回じゃない、前々回。それにあれは飛行機の着陸事故だし、どちらにせよ僕の乗る飛行機じゃなかったから運がよかったけどね」

 本当に運がいいならそもそもそんな危険な目に何度も遭遇することはないだろ、という言葉を修一は噛みしめる。一番怖いのは、この疫病神がいつ学校を壊してしまうか、口にしたら最期、予言のごとく真実になりそうで、皆それだけは気を付けていた。

 気持ちばかりのお土産を配り終わり、全員そろったクラスのなかで、機に聡い誠が異常に気付かぬはずもなく、

「……なにかあった?」

 恋人にするような耳打ちが心底気持ち悪く、修一は吐息のかかった耳を押さえて身をのけぞらせる。

 平気でこういうことをする誠が嫌いだった。そして、何度注意しても改善しようとしないところはもっと嫌いだ。

 今日も目線で訴えてみるが、もはや気づいてすらいない呑気な顔に修一は辟易しつつ、なるべく距離を取りながら答える。

「何も。お前より変な奴はいない」

「そういうんじゃなくて、雰囲気悪くなってないかってこと」

「そう思うんならそうなんじゃねえの?」

 投げやりである。誠意など感じられない受け答えに、誠は珍しくむっと唇を尖らせていた。

 それは正義感だろうか、問題児でありながら、一般的にはいい子で通っている彼らしくもあり、修一には興味のないことだった。むしろ変に引っ掻き回して余計な恨みを買うほうが怖いのである。

 消極的な意見は、実に子どもらしい。冗長していくなどとは考えていない甘さを前に、誠は思慮深くうーんと唸っていた。

 そこへ。

「誠君、海外はどうだった?」

 やってきたのはクラスメイトの……誰か。男子であることくらいしか修一にはわからない。

 彼は引きはがすように誠の前に立つ。それだけでおそらくこの状況を生み出した主犯であると白状しているようなものだが、修一は気にしない。そのまま持って行ってくれとすら思っていた。

「ん、あぁ。いつも通りだよ。ほんと、いつも通り」

 誠は強引なやり口に眉をひそめていた。それでも口には出さず、受け答える。

 いつも通り、本来ならなんら問題はないということのはずなのに、誠にとっては意味が変わってくる。その哀愁に割り込んできた男子は頬を引きつらせながら、

「そ、そうなんだ。ねぇ、皆と話しない? もっと聞きたいことがあるんだ」

「今じゃなきゃ駄目かな? 今修一君と話しているんだけど」

「いつも話してるじゃん、たまにはさ――」

 そこには見下すような目線があった。わかっているよな、と訴える目に、修一も否定する気はなくて、

「行けば?」

「……」

 気に食わないという誠の顔。それはいつも修一が感じていることだった。

 そもそも性格が、感性が、住む場所が違うのだ。誰にでも愛嬌を振りまく誠と同じことを修一はできない、やりたくない。いい加減、そのことを理解すべきなのだ。

「……わかったよ。そうさせてもらうね」

 名残惜しそうな声を残して、誠はその場を離れていく。後ろから追いかける男子生徒の優越に浸る目を、修一は面倒くさそうに視界から外していた。

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