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46 誠とお泊り

 結婚とは何か、どのように人生設計を行い、そのためにどう活動していくか。この世界の人間となるべく誠は考え始めようとしたのだが、それよりも今は目の前の問題へ対処を求められていた。

 喫緊の課題があった。それはどうにもこうにもやる気が出ないという、本人にとってあまりに重大な事項である。

 平均的な同世代と比べることも烏滸がましいほど誠の人生には波乱があり、それ以外でも日々勉学に運動という自己研鑽、心身ともに疲弊している中で追い打ちをかけるように響歌の件があった。悲鳴をあげる肉体が精神をも蝕み、本人の意思に逆らって全力でボイコットを敢行していた。

 日々気だるく、熱っぽく、抗いがたい睡魔に襲われる。原因が自分にあると気付いていない誠は、体調管理がなっていないと食事に気をつけるようになったが、病巣がそのままでは治るものも治らない。疲労の果てにリビングで眠りこけることも増えていたが、自分の状態を理解できず、不摂生を相談できない彼はひたすらに積み上がる未達成の日課にまた胃を痛くしていた。

 そんな日々がしばらく続くと、雰囲気も剣呑になり、多感な年齢の学友からも距離を置かれるようになっていた。期せずして豪雨のようなラブコールは減ることとなったが、今の誠にそれを気付く余裕もなかった。

 このままでは身体が最終手段をとるのも時間の問題に見えた頃、今日も疲れたと肩を落としながら下校していた時だった。

「誠くん」

 背後からの自分を呼ぶ声に、一瞬反応が遅れた誠はゆっくりと振り返る。

「――母さん」

「違うわよ」

 誠の上擦った声はすぐさま否定される。当然だ、彼女は亜弓、誠の前世の母によく似た、ただの他人だからである。

「……あ、すみません」

 彼女が事情を知っているとはいえ流石に失礼だったと頭を下げる。そんな事も分からなくなるほど、誠の体調は悪かった。

「今から帰り?」

「はい……」

「……」

 無言、その代わり陽だまりのような目が誠の顔を捉えていた。

 本当によく似ていると思いながら、顔を背ける。何を言われるか知っていたからだ。

「大丈夫? ご飯食べられてる?」

「……大丈夫です」

「強がって、もう。何があったか知らないけどそんなに一生懸命にならなくてもいいのよ?」

 優しさに溢れる言葉は毒のようによく回る。これが亜弓ではなかったら猛反発していただろうが、誠は微笑み返し、

「自分なんてまだまだ、本当に頑張っている人からしたら――」

「こら」

 まだ話している途中なのに、話を遮るように額へ指が触れていた。

「自分の努力を人と比べるようになったら疲れてる証拠よ」

「……」

「よし、今日うちに泊まりなさい」

 言い負けて黙る誠へ、亜弓は謎の提案を持ちかける。

 外泊、それ自体悪いこととは見なされていなかった。むしろお互いの生活環境をよく知る手段として、ある程度仲良くなれば経験することでもある。

 それでも誠が首を横に振ったのは、ようやく振り切り始めた前世を思い出してしまいそうだったからだった。

「いや――」

「はい、決定」

「ちょっ――」

「今の環境じゃ改善しないんでしょ? いつも志乃がお世話になっているんだし、たまには頼られたいわ」

 誠の願いは口にすることすら許されず、強引に話が進んでいく。こんなはずじゃなかったと首を傾げたのは、亜弓の家に着いた頃だった。




「なんでいるのよ」

 亜弓の娘、志乃が誠の存在に対して当然の疑問を口にしたのは帰宅してから二時間が経過した頃だった。

 今更である、もうそういうものだと納得しているかと思いきや、夕食の時間になって突然言われたものだから、誠は初め、なんの事を言われているのか理解できずにいた。

「私が呼んだの。疲れてるみたいだから」

「えー、おじさん臭い。若いうちから疲れてたら大人になった時どうすんの?」

「志乃、そういう言い方はやめなさい」

 誠の正面には亜弓、隣には志乃と、女性しかいない環境では口数も減ってしまう。亜弓の夫は単身赴任で家を空けているため、これ以上の援軍も望めない。両方ともよく知る人物のため心労を溜めるほどではないが、箸をつけるタイミングを失っていた。

「皆ににこにこしてるから疲れるのよ。そういうの八方美人っていうの、嫌われるわよ」

「そんなつもりは……」

「でも友達いないじゃん」

「そうなの?」

 亜弓が驚くのはわかる、しかし誠も目を丸くして驚いていたのは何故なのか。

 真偽を問う亜弓の目線に首を振る。少なくともクラスメイトとは友好的な関係を築けていると自認していて、その証拠か話しかけてくる人も多い。身が持たない程には人気があるはずだった。

「誠くんは否定してるけど?」

「だってお父さんみたいな目で見てくるんだもん。年下のくせに」

 軽いつぶやきだった。しかし亜弓は突然吹き出して笑っていた。

 誠の真の姿を知るなら当然である、学力的にも精神的にも大人であるがゆえ、本人も知らないところで態度に現れていたようである。

「それに五年生と遊んでるし」

「それはあの人達が勝手に絡んでくるだけで……」

 志乃がむくれっ面なのには訳がある、三歳の時に誠を監禁しようとした悪ガキともまだ付き合いがあるのだ、関係者からすれば面白くないのもうなずける。

 しかし今持ち出す話でもないだろと、誠は言いたい。だが結局はろくに弁解しないまま、しゅんと大人しくしているしかできなかった。

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