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43 誠、響歌と出会う。

 コトンと音を立てたのは鹿威(ししおど)し。さらさらと葉がこすれる風の声、色は紅葉、肌に触れるのは心地よい涼しさ。

 座敷はい草の青が映えて、漆喰に染みひとつない。部屋の中には質素ながら邪魔しない行灯と、調度品を入れておく漆塗りの小箱があった。

 古き良き日本家屋に誠はいた。整えられた庭園は絵画のようであり、無造作に置かれている石や落ち葉ひとつにも意味を感じさせる。一般人の子である少年には一生縁がないだろう場所は、気持ちの置き場をなくしていた。

 なんだかんだ言って、お見合い当日を迎えてしまったのだ。相手もいることだからと、突っぱねることもできなくなって、せめての抵抗として物言わぬ置物でいようと決めていた。

 隣には悠斗、羽の詰まった座布団は優しく足を包み込んで、それでも正座はつらいものがある。こういう時、男性から先にというのがマナーであるが、それにしてもなかなか相手が現れない。体重の軽い誠でもそろそろ足が限界だった。

「失礼します」

 待ちくたびれて、苦情のひとつでも零しそうになった時だった。廊下側から届く声に誠の肩が跳ね上がる。

 悠斗が「どうぞ」と促すと、光沢のある障子が開き、そこにはずいぶん歳のいった女性が膝をついていた。見知らぬ人、しかし悠斗が外行きの声で口を開く。

「お久しぶりです、神楽坂さん。どうぞ中に入ってください」

「失礼します」

 和装の似合う妙齢の女性は立ち上がり、ゆっくりと誠たちの向かいに座る。そして本題、彼女の後ろからゆっくりと現れた人に、誠は目を疑っていた。

 こと、ここに至るまで相手の素性を知ろうとしなかった誠である。どんな相手だろうと対応を変えないつもりであったが、流石に例外があることを知る。

 なぜなら、どう見ても年上だったからだ。それも二歳、三歳などというものではない。おそらく高校生である。

 大和撫子と形容するにふさわしい、絹のような長髪に控えめな紅を頬につけ、三歩後ろを歩くような静けさで彼女も座る。見事な所作にも目を奪われず、誠はただただ信じられないものを見るように彼女の顔を凝視していた。

「本日はお日柄もよく――」

「うちの子も今日を楽しみに――」

 誠の向かいに座る女性は伏し目がちに、ときおり頷くだけで精巧に作られた日本人形のよう。誠も誠で、まだ意識が飛んでいったまま帰らず、石像のように固まっていた。それでも話に夢中の大人たちは主役を無視して勝手に盛り上がっていた。

 会話の端々をつまんでみれば、悠斗と妙齢の女性、神楽坂 舞子は仕事上の関係があるらしい。本人のいう通りちゃんと仕事をしていたことにも驚きだが、なかなかやり手であるようで、それ以上にへりくだる悠斗から神楽坂家がそれなりの立場であることがうかがえた。

 しかしわからないこともある。徐々に目に光を帯びてきた誠は話を耳に入れながら頭を働かせていた。

 女子高生となれば、すでに婚約を決めた人がいてもおかしくはない。そういう社会なのだ、そこにひっかかるようではこの先やっていけない。

 しかし、誠の前にいる女性にその手の浮いた話はない。それもそのはず、神楽坂家は一夫一妻であり、その子、響歌は手塩にかけて育てたひとり娘だった。

「うちも伝統を血で守って来ましたけどもう時代に合わないのではと言われまして。この子も世間で肩身の狭い思いをさせてしまったようですし、これを良縁とさせていただきたいものですね」

「いやはや、まったく。こちらとしてもまたとない提案でして。うちのも厄介事を呼び寄せるというか迂闊なところがあるので、立派なお嬢さんから尻に敷かれるくらいでちょうどいいんですよ」

 多夫多妻が一般常識となった現代でも、血筋を守る人々がいた。それは皇族であったり、伝統芸能、神職などの宗教関係である。しかし大人になれば事情を汲み取ることもできるが、子どもの間ではシングルであることには変わらず、そんな人々を揶揄するなど親からすれば心底肝の冷える事態だった。

 神楽坂家は代々旅館を運営する家系である。多方面に顔が利き、同時に表に出せないこともよく知っていた。が、それも昔のこと、今ではクリーンな政治が持て囃されるようになり、不景気も重なって密会はめっきり減っていた。それでも先見の明があったのだろう、事業方針の転換や多角経営化により、旅館業は細々と続いているものの、事業としては他の割合のほうが大きくなっていた。

 つまり、いつまでも時代に逆らって血筋により家を守る必要もなくなったのである。

 突然そんなことを言われて、響歌もいい迷惑であるが、誠だって負けてはいない。不幸自慢になんら意味などないが、少年の価値観ではこの歳で婚約を考えること自体が苦痛だった。

「――そろそろ私たちは離れましょうか」

 ひとしきり会談した後で、わかりやすく目配せをした舞子が言う。俗に言う『あとは若い人で』というやつである。

 まるでふた昔前のドラマを見ているようだが、現実に起きてしまっているので目を背けることなどできない。そんな事を言われたとてどうすればいいか知らない誠は、「そうですね」と立ち上がろうとする悠斗の手を掴んでいた。

「ちょっと、ふたりだけ残されてどうすればいいのさ」

 他に聞こえない程度にひそひそと話すと、悠斗は安心させるように、誠の肩に優しく手を置いて、

「ちょっと話をして解散でいいんだよ。そんでなるべく次の予定も入れるんだ。くれぐれもホテルとか誘うなよ?」

「……」

 デリカシーのない最低な発言に、開いた口が塞がらない。本人はユーモラスにあふれているとでも思っているのだろう、気分よく退室していた。

 ……。

 もともと最低限の相槌しか打っていなかったものだけが残るとどうなるか、答えはすぐにわかることとなる。

 もはや目線すら交差することなく、心地よいはずの環境音は雑音に成り下がっていた。乗り気じゃないのにこれ以上の努力を求められる、罰ゲームにしてもひどいと言わざるを得なかった。

 いや、待て。誠はそう言いたい。お見合いという状況はまだ許せる。しかしその舵取りをたかだかなったばかりの小学生に任せるとはいかがなものか。こういうとき男性がリードするものという価値観は男女平等の世において時代錯誤であり、倍以上生きている先達の腕の見せ所なのではないか、と。

 要はやる気がなかった。底をついていた。このまま本当に黙ったままなら、子供らしく飽きて帰ることも辞さないつもりだった。

「あの……」

 だらだら考えていると横から遮られる。ハイトーンのクリアな声が誠の耳に届き、意識を向けさせられていた。

「なんでしょう?」

「その……」

 会話はそれで終わった。怒られた子どものように響歌は顔を伏せて、華奢な肩が震えている。これではまるで誠が害したようではないか。

「ちょっと歩きませんか?」

「えっ……」

 おびえる女性を慰められるほどジゴロではなく、今日あったばかりの人と和気あいあいと話せるほど話し上手でもない。なにかに行き詰まったとき、誠はとりあえず気分が晴れるまで身体を動かしてみるのである。それで解決したことはないが、とりあえず考えすぎないでいられた。

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