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42 誠、お見合いをする。

「はぁあ……すまん。寝てた」

「知ってます」

 悠斗の部屋にうずくまりながら待つこと十分。冬眠明けの熊のようにのっそりと起き上がった優斗は大きなあくびを堪えることなく、うつろな瞳は何も映してはいなかった。

 生地の薄い、空色の寝巻は身体の線をはっきりと見せていた。細身ながらよく練りあげられた身体は凹凸を浮かび上がらせ、決した堕落したところはなかった。

 こういうのを均整の取れた肉体美というのだろう、健太郎の肥大した筋肉とは違い、無理がない。見栄っ張りなだけでなく、努力の跡がにじみ出ていた。

 にしても、普段からそういう格好をしていれば見る目も変わるというのに、悠斗が愛用している服はシルエットを見せないぶかっとした服装が多い。嗜好で損をするタイプだった。

「……」

 まだ睡魔が完全には手放してくれないのか、悠斗はぼんやりと虚空を見つめたまま微動だにしない。男性にしては長髪の、肩口まで伸びたさらさらの髪は寝癖がついて乱れている。

 このままだと埒が明かないのは明白で、誠は軽く目を閉じてから口を開く。

「美咲さんから聞きました。なにか用があるって話でしたけど、後にしますか?」

 用がある、という言葉に反応したのは寝癖の一本だった。誠の視界の中で元気よく弾む寝癖は宿主の栄養を吸い取っているようである。

 正確にはエアコンの風が当たってるだけなのだとしても、その様子に誠は最近何かで見た寄生虫を思い出す。あれは確かカタツムリに寄生するものだったか、色とりどりの角が見ていて決して気持ちのいいものではなかった。それでもなんら反応を返さないよりはずっといい。

 無駄な時間だった。やっぱり出直そうかと考えていた時、悠斗の本体が動いていた。一度大きく前屈すると、反り返り両手を天に掲げる。大きく張られた胸筋が激しく主張していた。

「はあぁ……おはよう」

 今更ながら挨拶。挨拶は大事であるがそれならもっと前に済ませてほしかった。

 切れ長の目にすっと落ちる顎のライン。最近の美形という顔付きは三十路を超えているようには見えない。街を歩けば何人かは振り返る、そんな顔である。

 つまりはなかなかに胡散臭い。肩書も相まって。

 家族だからといって信用できるかは別である。誠は自身の生みの親の顔を思い出してはっきりと警戒を強めていた。

「おはようございます」

「……で、用だっけ」

 この部屋に入ってすでにいい時間が経過している。ようやく進展し始めたことにひとまずの安堵を覚えていた。

 悠斗は一度大きく頷いて、その少し乱れた髪をかき上げる。いちいち格好をつけなければまともに話もできないのは履修済みだ。

 思い出すようにもう一度頷いて、その後に続く言葉はない。これは完全に忘れているな、と誠が確信した時、急に眼を見開いて、

「――あぁ、そうそう。そうだった」

 古風に右手の拳で左手を叩く。

 パチンと小気味いい音が響いた。彼は指鉄砲を作ると照準を誠の眉間に合わせて、

「結婚相手、見つけておいたぞ」

 何を言いだすかと思えば、寝言は寝て言え。相手にする価値のない戯言は誠の耳を素通りしていた。




 この世界、いや今の日本において結婚とは将来の安寧をはかるために重要な契約だった。

 結婚していれば一定の信頼がおける人物であることが担保され、逆に未婚であることは人格に問題があるという認識だった。ましてや離婚しているなど、凶悪な犯罪者と変わらぬ印象すら持たれることとなる。

 なので幼少期から結婚学とも呼べる教育がなされ、誰も疑うことを知らない。良き伴侶を見つけることは人生を豊かにすることと同義であり、その努力を怠れば死罪と同等の咎を負うこととなる。

 まるでよその国の受験戦争のようであるが、一度決まった価値観、社会の風潮とは個人で変えることはほとんどできないし、変えるにしてもより大きな欠陥を見つけ、広める労力が必要となる。それこそ人生を賭けて取り組むべき課題となるだろう。

 つまり、そこまでの意思がない誠は社会に流されるほかないのだが、それにしてもである。まさか小学生、それも入学初年度でお見合いをすることになるとは思ってもみていなかった。

 世迷言を言った悠斗を相手にしなかった。間違いなく彼の独断であり、誠の常識に照らし合わさせれば家族の誰かが止めるはずである。そう考えていたからだ。

 それが甘かった。いや、甘すぎた。

 なんと、誰ひとり反対しなかったのである。なぜかと言えば、お見合いくらいして当然という考えがあったからで、誠だけが知らなかったのだ。

 学生、特に高校生までの生きている世界は存外狭いものだった。同じところを行き来しているのだから当たり前なのだが、その中で結婚相手を見つけるとなれば必然的に相手が限られてくる。もっと大局を見ることが人生においていい経験になる、それが最近のトレンドらしい。

 で、その標的に選ばれてしまったのが誠だったというわけだ。

 楽観視している間に日取りも決まり、あとは当日を待つだけとなる。その話を告げられたのが今朝のことだった。

「ちょっと待ってよ!」

 和やかな朝食の中、誠の必死の叫びがリビングに響き渡る。しれっと重大なことが回覧板の如く横に流された状況が我慢ならなかったからである。

 あの話以来なんとなく気になったから調べたところ、お見合いが当たり前な風潮である事実がぼろぼろと出てきていてまさかとは思っていたけれど、そのまさかが本当になるとは夢にも思っていなかった。地域によると生まれたばかりの子でもお見合いをさせられることもあるというのだから、誠とて例外ではなかった。

「なんだ、嫌なのか?」

 想像もしていなかったかのように振る舞うのは発端の悠斗である。彼は全身に柄を背負って食後のコーヒーを嗜んでいる。

「嫌っていうか、見ず知らずの相手とお見合いなんておかしいじゃないですか」

「いやお見合いってそういうもんだろ」

 熱く語る誠とは対称的に、悠斗はひどく落ち着いていた。確かに彼の言う通りである、思慮の欠けた発言に誠はひとつ小さくなった。

「そうだけど……僕じゃなくてそういうのは大輝君からじゃないの!?」

「俺!?」

 急に水をかけられたのは長男である。年功序列的に考えても残りの猶予を鑑みても、こういうのは上から順番に埋めるのがセオリーだった。

 小学四年生になった彼は、大人の雰囲気を纏うようになっていた。同年代と比較しても大きな身体に人を惹きつける優しい顔つき、誰がどう見ても健太郎の子である。

 ただ性格はさほど変わらなくて、相変わらず人の気持ちを考えずに振り回す。そんな彼が珍しく振り回される側に回っていた。

「なにか問題あるの?」

 じとっとした目で誠が見つめる。この日本において独身時代のモラトリアムというものはないため、結婚のチャンスがあれば一足飛びに婚約することもよくあることだった。

 納豆のように糸引く視線に絡み取られ、大輝がひるむかと思いきや、それを横から割って入ってきたのが悠斗だった。

「いや、それは無理。先方がお前を希望しているからな」

「なんでさ」

「なんでって言われても、なぁ」

 同意を求めるように、彼の視線が家族の顔を一周する。それはまるで公然の周知であることを確認するかのようである。

 特別反対意見は持ち上がらず、誠は白目をむいて頭を後ろに倒していた。顔面蒼白になり、世を儚んで今にも飛び出してしまいそうだった。

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