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41 誠、小学生になる。

 それから数年の月日が経過した。

 季節は巡り、春が来て秋がくる。また春が来てと、目まぐるしく時は過ぎ、気づけば誠は小学生になっていた。

 その間何もなかったわけではない。というより毎年色々なことが起きていた。とはいえ取り立てて語るような内容ではなく、よくある人生の一ページを彩る副菜のようなものである。

 あえて言うならば、家族が完成したことだろう。親世代十人、子世代十人。出生制限まで子どもをつくり、新たな子どもはもう望めない。夫婦の営みはまだ残っているが、あくまでスキンシップの一部であり、子どもを作る目的ではなかった。

 上の子である大輝は十を超え、一番下の子もひとりで遊べるほどに大きくなった。手がかからなくなってきたとはいえ専業主婦の真由にはまだまだ負担も大きく、長女である楓がその手伝いをする光景が日常となっていた。

 さて、そんな中誠はというと、今大きな壁にぶつかっていた。

 小学一年生。今までとは大きく環境が変わり、社会性が生まれてくる。親から離れ、ひとり立ちするための準備が求められようとしていた。


 学校生活に特段問題はなかった。当然である、前世の記憶がある誠にとって勉学など教科書を見ずとも答えられる内容であるし、大人の視線を持つ彼にとって社会的行動は苦ではない。では何に困り果てているかといえば、同級生のそれである。

「誠君、一緒に帰ろう」

「誠君は私と帰るの!」

 目の前で女子ふたりが言い争いを始める。その光景ももはや慣れたことだ。

 本人もドン引きするほどのモテ期が到来していた。それ自体は公園でも身に染みてわかっていたことである。しかし、親がストップをかければ止まった猛攻も、小学校という治外法権下では効果はない。結果として、何をするにも、どこへ行くにも人がついて回ることが日常とかしていた。

 さらに言えば、女子だけではない。

「誠、遊びにいこうぜ」

「誠君、今日は僕のうちに来ない?」

 引く手は男子からも伸びていた。同級生が同性愛に目覚めたわけではなく、ただ集団に入りたいというだけである。

 理由は言わずもがな、将来設計のためである。

 誠は超結婚主義というものの存在を甘く見ていた。将来なにがなんでも結婚するとなれば行動は早いほうが良い。さらに結婚相手を選ばなければならない。親からも口酸っぱく言われ続けている子どもがとる行動は、実に単純で、人気のある子に集中するのが目に見えていた。

 そうしてクラスカーストでトップに立った誠だったが、この状況に心底辟易していた。もとより口が達者ではないのに、話す間も許さず攻められ続ければ誰だって嫌気がさすものだが、追い打ちをかけるように隣のクラス、果ては上の学年からもロックオンされかけているのだ、安息の地は校内のどこにも存在していなかった。

 そうして一日中何も話さずともベルトコンベアのように話がまとまっていき、日々の予定が勝手に出来上がっていく生活が半年を過ぎていた。まさか夏休み中もほとんど誰かと一緒にいる羽目になるとは思いもよらず、過度なストレスから眩暈で立ち上がれなくなることもしばしばあった。

「へー」

 当然、相談だってする。この状況が初めてである誠に効果的な対処方法は思い浮かばず、人生経験豊富な大人へ救いの手を求めるのは、おかしなことではなかった。

 相談相手は師匠、美咲である。師弟関係はいまだ続いており、近頃では宝石加工の腕もめきめきと上達していた。まだ本職のようにはいかないまでも、ネット上でのフリーマーケットでは子どもが持つには不釣り合いな金額を稼ぐようになっていた。

 そういうところが目を付けられる要因のひとつなのだが、誠の信条と相反するため今更止めるわけにもいかなかった。

「どうしたらいいと思います?」

 誠はベッドに腰掛け尋ねる。事情を良く知る彼女だからこそ、できる相談だった。

 机に向かい、誠の作り上げた作品を細部まで見ながら、美咲は答える。

「嫌ならー嫌って言えばー?」

「そうですけど……」

 ただの真理に歯切れの悪い答え。馬鹿がつくほど真面目な誠にとって、自分の承諾していない約束でも反故することは良心の呵責があった。

 煮え切らない態度に、拡大鏡から顔を離した美咲がつまらなそうな目を向けていた。

「誠がーどーしたいかーじゃないのー?」

「いやこっちの意志を無視する相手にどうしたいもなにもないでしょ」

「じゃあ嫌だーっていえばー?」

 最短で堂々巡り、美咲の興味なさが浮き彫りとなっていた。

 よーし、と呟いて美咲は指輪をケースに仕舞う。そちらについては及第点を貰えたようだ。そして振り返り、

「あー、悠斗がー近いうちにー話したいってー」

 露骨に話を変えたところを見るにこれ以上、誠の学校生活の話はしたくない様子である。

 悠斗、男性の名前である。それも誠の知る人物だったが、困ったように眉を顰める少年がいた。

「ほんとですか?」

「うん、どかしたー?」

 明らかに気の乗らない声色の誠に、美咲が尋ねる。人を気にして悪い印象を表に出すことがあまりない誠の態度が珍しく、興味を引いていた。

 口をもごもごと動かしていた彼は、うん、と一回頷くと、

「まぁ……苦手なんですよね」

「そう?」

「なんというか……見栄っ張りじゃないですか」

 溜めて溜めて、なんとも小さな理由を口にする。たったそれだけのことで、誠はその人物を毛嫌いしていた。



 佐藤 悠斗。佐藤家の三番目の父親である。

 職業は自称実業家。自称というのは実際何をしているか誰も把握していないからである。それでも家にいられるのだから、ちゃんと収入はあるのだろう。

 先日誠が言った通り、性格は見栄っ張りである。日を跨いで帰宅するなどしょっちゅうであり、口を開けば真偽不明な自慢話、初めは目を輝かせていた子ども達も、日が経つにつれ興味をなくし煙たがるようになっていた。

 真面目で融通のきかない誠とは、まさに水と油だった。

 それでも寛大な心で、極力接点を持たないようにしていたのだ。ただでさえ心労で押し潰されそうな日々を送っているのに、これ以上上乗せされたらたまらない。また悠斗もその気配がわかっているようで、誠だけは明確に避けているようだった。

 なのに、今回謎の呼び出しである。正直に言えばやめて欲しいというのが誠の心情である。

 だからと言って無視はしない。悠斗の個室の前で覚悟を決める少年の姿があった。

 コンコン、とノックする。本日は休日であるし、何故か忙しい身でありながら今家にいることは、事前に調査済みである。

 返事はなかった、そういう時もある。お手洗いや風呂は部屋の外にあり、常に個室にいるとは限らないからだ。

 単にタイミングが悪かったなと、誠は踵を返す。幾分軽やかになった足取りで、子供部屋へと向かおうとした時だった。

「誰だぁ?」

 部屋の中から、やや間延びした声が響く。気怠げにも聞こえる様子から、機嫌の悪さが伺えた。

 何の罰ゲームかと神を呪いながら、誠は戻る。このままコンコンダッシュという真似は人として許されないのだ。彩花じゃあるまいし。

「誠です。入っていいですか?」

「……んー」

 投げやりな返答はやや肯定寄り。拒絶するなら無視すればよかっただけだと納得して、誠は扉に手をかけていた。

 内装は個人の趣味嗜好を反映して煌びやか、ということもなく、むしろ地味にまとまっていた。ベッドに机、あとは衣装ケースと、必要最低限のものしか置いてない。いくら共用部にも私物を置くスペースがあるからといって、趣味のものひとつもないのは意外だった。

 そして呼び出した当人はというと、ベッドの中で丸くなっていた。

 見事な半円ができている。どういう体勢で寝ているのか気になるところだが、端的に用事を済ませたい誠は興味本位をぐっとこらえて壁にもたれかかる。

「悠斗さん、用があるって聞きましたけど」

「んー……」

 半分以上寝ている声に覇気はなく、そのうち寝声まで聞こえてきてしまう。

 ……はぁ。

 うなだれて脱力。わかっていたことだが、この家の住人はいささか緊張感のない人が多かった。

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