40 誠、帰国する
それから誠とマーガレットは色々と話をした。といってもお互い共通した話題などほとんどなく、とりとめのない内容をつまんで話題にする程度だった。
そのなかで特に盛り上がったのが、誠の母に関することである。
『――失礼だったら申し訳ないのだけど、ミセスアヤカは本当に子育てに向かない人なのね』
「そうなんです。日本じゃなかったら、グループマリッジじゃなかったら僕死んでてもおかしくないですし。その前に結婚できたかも怪しいですけど」
この場にいないことをいいことに、誠は自分の母親を徹底的にこき下ろしていた。それくらい今まで受けてきた仕打ちを考えればお釣りがくるというものである。
軽く微笑むマーガレットは、直後目を伏せて、
『……私も日本人だったらあの子に辛い思いをさせずに済んだのかしら』
「止めてくれる人はもっといたかもしれませんね。でも僕はそれがいいことだとは思いません」
『どうして?』
「子どもを持てば皆感じる"親になる"っていう成長をなくしてしまうからです。確かにあなたは人一倍その気持ちが強くて間違ったのかもしれません。でも"親になる"ために視野を広げればもっとできたことだってあったはず、今ならそう思いませんか?」
感情的にならないよう努めて、誠は淡々と語る。
そも、マーガレットの教育方針は政治一家であるという自負から始まっていた。親が政治家なら子も立派に国のために尽くす。そのための詰め込み教育がジョーンの肌にとことん合わなかったことが原因だった。
子を見ずに目標ばかりに目が行ったマーガレットは悪い。その教育方針に異を唱えなかったブルースも悪い。確かに多夫多妻ならば一度見直すこともできただろう、もしくはより悪化した可能性だってある。
完璧な正解なんてどこにもなく、そのために行政や民間でも支援の手を差し伸べている。それすら知らないというなら無知という罪である。
なんにせよ、ひとりでどうしようもなければ誰かを頼るべきであり、多夫多妻だからと言ってそれが子育ての唯一の正解ではないのだ。むしろ奇妙なことに多夫多妻制度が表面上うまく行っているように見える時点ですごいというか堪えようのないむずがゆさを誠は感じていた。
『あなたの言う通りなのかもしれないわね。子離れできていないなんて、この歳になって恥ずかしいわ』
「気付けただけ十分です。あとは時間をかけてゆっくり関係を育んでいけば、きっとうまくいくと思います」
『……あなた、歳はいくつ?』
「あー……そういうのはなしにしましょう。ちょっとませている子どもでいいじゃないですか」
面倒事の気配を感じて誠は言葉を濁していた。そもそも見た目通りの年齢であるのに濁す意味もなく、気をつけようと思うならもっと前から意識していなければならなかった。
つまり余計に疑念を抱かせるだけなのだが、誠は気付く様子はなかった。
『え、えぇ……あなたがそういうなら、まぁ……』
マーガレットの口から出たのは、なんとも歯切れの悪い返答である。
その後、ひとしきり話したということで誠は退室する。後は家族の時間である、誠は客間でひとりどうやって時間をつぶすか考えなければならなかった。
『帰るんだね』
空港まで見送りに来たスミス夫妻がいた。
元々予定を崩しての無理な渡航だったのだ、許された時間は多くなく、出会った翌々日には出立を余儀なくされていた。
それでも限られた時間の多くを語り合うことに費やした。その間誠はひとりホテルにいたが、朝から夜まで帰ってこなかったところを見るに、建設的な会話ができたことは想像にかたくない。
飛行機は成田、トランジットでアメリカへと向かう。誠は途中で解放される、ようやくのことだった。
『また帰ってくるよ』
『待ってるわ』
母と子は固く手を繋ぎ身を寄せ合う。そのふたりを包むように父が身体を抱きしめる様子は、誠からすればひとつの成果とも言えた。
感動的であり、今の日本ではそうそうお目にかかれない。旧態依然とした光景に、誠は懐かしさに目を潤ませていた。
これこそが、忘れるはずもない、誠の理解できる家族像だった。
少しして、ジョーンが別れの手を振り搭乗ゲート近くで待つ誠へと向かっていた。その顔を見て、目を丸くしながら、
『どうしたんだい?』
「いえ……母のことを思い出しまして」
『……すまない。ミセスアヤカには僕からもちゃんと謝らせて欲しい』
ジョーンは真摯に頭を下げるが、せっかく思い出していた前世の母親の顔が突如悪鬼に乗っ取られたせいで、誠の顔から色が失われていた。溜まった涙も引っ込むというものである。
余計な一言に文句を言いたくとも理解されないことは目に見えているため、「もうそれでいいです」と少年は肩を落とし、ずんずんと先に行ってしまう。残されたジョーンは訳もわからず、困り果てた顔でその背中を追っていた。
「――で、釈明はありますか?」
日本へ帰宅後、早々に誠は床で正座をさせられていた。
目の前には真由の姿、それを申し訳なさそうに彩花が後ろから覗いている。
なぜ怒られているのか、誠は皆目見当もつかず、
「……ただいま?」
「今何時だと思っているんです!?」
何時かと言われれば昼の二時である。
多分そういうことを言いたいのではないのだろうなくらいはわかるが適切な言い返しは思い浮かばずである。困り果てた誠が助けを求めて視線を彷徨わせるも、皆一様に顔を背けていた。
埒が明かないなぁ……。
仁王立ちのまま納得するまでてこでも動かない真由をどうにかする術などなくて、結局いつもの手段を取る他なかった。
「ごめんなさい」
「何が悪いかもわかってないで謝っても意味ないですよ」
「子どもに対して当たり強くないですか?」
「ひとりで海外に行ってくるような子を子どもとして扱えるわけがないでしょう」
丁寧な言葉遣いは崩さず、しかし追求の手も緩めない。
その言葉には納得できるが、そもそも全て巻き込まれたが正しいと誠は認識していた。発端は彩花であり、オーストラリアだって自分の意思では行っていない。むしろ彩花による怪しい取引の被害者だった。
不満を顕にふくれっ面をしていると、
「そんな顔をしても駄目です。なのでしばらくは自宅謹慎です」
「……そんなぁ」
悲痛な叫び、ではない。むしろ誠は喜びを必死に隠して演技していた。
そもそも外に出る時上の子から下の子まで面倒を見ていたのは誠である。子どもとは何をしでかすかわかったものではないから常に神経を尖らせておく必要があり、その間何ひとつ身になることができない。ひとり静かに邪魔されず黙々と自己研鑽に励むことができるのであれば、むしろ願ったり叶ったりだった。
「……喜んでない?」
「そんなことないですよ」
さすがに三年間を共にしてきただけあって、真由からすぐさま疑いの目が向けられる。
全くもって酷い話である。仮にそうだとしても何も問題ないはずなのだ、外に出れば問題に巻き込まれる、その対処としての缶詰を悲観しようが好機と思おうが、結果は変わらないのだから。
こうして誠はひと時の安寧を得ていた。ひと時というのは、誠という枷がなくなったため意気揚々と暴れる子ども達に真由が音を上げるまでを示していた。




