27 祖父母
この時点でどっと疲れていたとしても、まだ本題はもうひとつある。話の流れ的にも切り出しやすい話題だったため、誠は気持ちを入れ直した。
「亮さん、おじいちゃんおばあちゃんってどんな人なんですか?」
あまりにも曖昧な質問である。なぜならこの世界では親が何人もいるのだ。誠だって同じことを聞かれれば誰から話せばいいか、何を話せばいいかで困ることだろう。
なので当然、「普通の人だと思うよ」という玉虫色の回答にならざるを得ない。
しかしそれでいい。取っ掛かりを得たかっただけなのだ。誠はそこから一歩ずつ踏み込んでいく。
「最近会ったりしてるんですか?」
「いや。会ってないね」
「会わないのが普通なんですよね」
「そうだね。大人になってから親に会うのは恥ずかしいことだし」
どこの世界のルールを口にしているのだろうか――いや、この世界のルールだった。
細かい価値観の違いからも、この世界が誠の常識を崩しにかかってくることに、誠はほとほと呆れてしまった。盆や正月くらいしか家に帰らない人がずいぶん親孝行に見えるなど、想像もしていなかったのだ。
「どこが恥ずかしいんですか?」
「自立していないように見えるからだね。高校卒業したらすぐ結婚だし、いつまでも面倒見てもらうわけにはいかないでしょ」
当然のように――いや、当然のこととして亮は語る。
早くに自立すること自体は問題ない。いつまでも親のすねを齧るような真似はできないのだとわかっていれば、子どもも気を引きしめることだろう。それより、成人したらもうこの家族と会う機会がなくなるという事実に、誠は言葉を失っていた。
薄々勘づいてはいたのだ。普通子どもと三年近くまともに会話しない大人がいるだろうか。いるとするならばネグレクトに近い状況である。子どもが嫌いというわけではなく、「話す機会がないから」「世話をする人が他にいるから」という理由で積極的に関わらないのがこの世界の普通であり、端的に言って興味を持たれていなかった。
彼らからすれば子どもなど二十年一緒にいるだけの同居人にすぎない、またはペットかなにかなのだろう。それよりも今まで、そしてこれからも死ぬまで一緒に過ごす仲間たちが大事なのは、納得できることだった。
納得できると言っても、あくまで理屈の上での話である。家族とはそんな薄氷の上に成り立つ存在だったのか、義務を終えれば「はい、さようなら」となる、連綿と続く歴史を軽んじる考えが、誠にはどうしても許せなかった。
それでも声を荒らげるような真似はしない。静かな反抗を胸に秘め、この世界の常識との決別を誓っていた。
が、しかし。
「――でも、久しぶりに会いに行ってみようかな」
亮の口から出たのは急な前言撤回である。これには誠も驚いて、声を上げていた。
「会っていいの?」
「禁止されてるわけじゃないよ。大人が子どもっぽく親に縋るように見えるのが情けないだけで、お互い大人として会う分には大丈夫だと思う。うちに北のほうの風習はないしね」
見え隠れするのは確証のなさである。よほど世間の目が怖い様子だ。
"北のほうの風習"が何かは置いておくとして、意外にも厳格なルールはないようだ。あくまで個人的に会わないようにしているだけで、いや当然か、親に会ってはいけない法律など制定できるはずもないのだ。
話はそこで終わる予定だった。少なくとも誠の中では終わっていた。また変な風習があるんだなと知れただけで十分だった。
なのにである。
「じゃあ明日行こうか」
「……行ってらっしゃい」
「ん? 一緒に行くんだよ?」
無垢な口調で提案される。
誠とて、わからなかったからとぼけたわけじゃない。行きたくないから亮ひとりで行かせようとしていた。もともと人付き合いが得意ではなかったし、祖父母という存在がどういう立ち位置なのか、何を考え何が好きかも知らない相手との話のとっかかりが掴めず、ただ気まずくなる未来が見えていたからである。
せっかくの家族水入らず、よそ者はいらないですよね、というのが誠の意見であるが、自身も血のつながりがあることを失念していた。誠の父親はまだ不明であるが母親は彩花、言うなれば亮は血縁関係の怪しい叔父であり、亮の両親は誠の祖父母で間違いないのだ。
なので。
「じゃあ、連絡しておくから。明日よろしくね」
「……はい」
ものの見事に押し切られ、明日の予定が確定していた。
電車に揺られること二十分、目的の場所が見えていた。
たかだか隣の県に移動しただけである。一般的な移動圏内に目的の場所はある。
『佐倉家』と書かれた表札の前に誠と亮、そして彩花の存在があった。
「……なんで来たの?」
話には出ていなかったはずなのに、いつの間にか当然のように着いてきていた生みの親を、誠は冷ややかな目で見ていた。
「駄目か?」
「駄目じゃないけど……」
「面白そうなことしてたからな、着いてきちゃった」
そう言ってウィンクをする彩花は胡散臭い。どうせろくなことを考えていないのはまるっとお見通し、しかし帰郷を止める正当な理由もなくて、誠は「なるようになれ」と唱えるしかなかった。
それにしても。
「ねえ」
「なんだ?」
「佐倉家ってどういうこと?」
なんとなく気になった苗字事情、当たり前だが多数から集まってひとつの家族となるのだから苗字もひとつ。誰の苗字を取るのか、おおよそ見当はつけていたがここで確信を得ることとしていた。
佐藤家の大人は皆同列であるとはいえ、実質的な家長は健太郎である。そこから取ったのではと考えるのはなにも特別外した考えではなかった。
「どうもこうも、ここが佐倉の土地だからだが?」
「佐倉の土地?」
「おい、今更なこというなって。うちは佐藤の土地だろ?」
「……」
え、そういうこと? と言わなかっただけ誠を褒めて欲しい。彩花の言葉が真であるなら、苗字とは家系ではなく土地に紐づくものということだった。
つまり、『佐藤家の誠』は正しくなく、『佐藤の土地に住む誠』が正しいということだ。地名が苗字になることは珍しくない、むしろメジャーなのだが、それを継ぐという概念が消失していた。
愕然とした。これは恐ろしいことだ――しかしどこがどう恐ろしいのか説明できるほどの学もなく、漠然とした不安感だけが身を焦がして、口を閉ざしたまま目的の場所へと向かっていた。




