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26 思い違い

「すみません、言いすぎている自覚はあるんですが、気持ちの整理ができてなくて」

「いや、斬新な意見だと思うよ。まぁ、ほかの人に言うのはどうかと思うけど」

 亮の言葉は正しい。むしろ誠の意見のほうがおかしいのだ。あくまで“この世界では”の話であるが。

 つくづく厄介な世界に生まれたものだと考えていると、誠の頭にのしかかるものがあった。それが亮の手であることを見て、

「どうしたんですか?」

「いや、なんていうか……そんな難しいことを考えなきゃいけないのかなって。もっと子どもらしく先延ばしにしてもいいんじゃないかな」

「そんなこと言ってると知らずのうちに手も足も出ない状況になってるかもしれないじゃないですか。ただでさえ彩花さんがいるのに、気を緩める時間があると思ってるんですか?」

 親に対してこの言い草であるが、おそらく同じ目にあってきた亮は「その……ごめん」と申し訳なさそうに頭を下げていた。

 虚しい勝利に、誠は姿勢を正す。本当に聞きたいことはそこではなかった。

「姉弟で結婚、嫌じゃなかったんですか?」

 亮の本心が聞きたかった。なし崩し的に結婚させられたのなら、それは虐待に等しい行為だからだ。

 それに対して亮は、「うん」と頷いていた。

「嫌じゃなかったかな。彩花さんがいなければ僕が生まれていたかも怪しいし」

「どういうことです?」

「僕、出産数制限の枠から外れていたから」

「出産数制限……」

 また意味のわからない通称が出て誠は頭を抱えることとなった。

 ただ、言葉通りの意味ならば理解できた。前世の中国が行った“一人っ子政策”。政治評論をする理由がないのでその是非を問わないが、同じことがこちらの日本でも行われていることに誠は驚きを隠せなかった。

「今もその制度はあるんですか?」

「あるよ。今は一・〇四人だったかな」

「……どういう計算です?」

「婚姻関係にあるグループの人数を掛けるんだ。端数に関しては婚姻届を出したときに調整された人数を告知されるんだよ」

 計算すれば、佐藤家に許された子どもの数は十人か十一人となる。今は七人のため、あと三人は生む計算だ。

 しかし何事もそううまくいくものではない。子は授かりものという言葉の通り、計画を立てれば成果が出るとは限らないのだ。

「過不足に関しては?」

「次年度調整だね。あと産みすぎた家庭には追加で多く税金を納める必要がある……大丈夫? 話ついていけてる?」

 興味深い話の腰を折るように、亮が心配して声をかけていた。今さらすぎる、と誠は先を促すようにこくりと頷く。

 ならいいんだけど、という彼の顔は納得いっていない様子である。しかしそれを口に出すような真似はせず、誠の要望通り口を開いていた。

「話は脱線したけど、僕はその制限より多く生まれた子だったんだ。妊娠が発覚した時、親は堕ろそうとしたんだけどそれを止めたのが彩花さんだったんだ」

「えっと、それで止まるものですか?」

「いや、普通は止まらないね。お金の問題だから子どもにどうこうできるわけじゃないし。だから彩花さんはその枠を広げようとしたんだよ」

「いやいや、そんなこと――」

 できるわけがない、と言いかけた誠はとある方法を思いついて固まっていた。できるとは確実に言えないが、数の帳尻を合わせることだけは可能な方法がひとつ、思いついてしまったからだ。

 しかしそれはない。それだけは絶対にやってはいけないことだ。

 否定して欲しいと向けた視線に、返ってきたのは無情な答えだった。

「――本当に頭がいいんだね」

「そんなことどうでもいいです。まさか……」

 それ以上誠は言えなかった。

 枠を開けるためにはひとり枠から出ていけばいい。そのためにいちばん早い方法は彩花自身がいなくなることである。つまりは自死、これから生まれてくるだろう子どものためにそんな選択をするなんて想像もしていなかった。

「そのまさかだよ。他人を捕まえてお父さんにするなんて誰も想像できないよね」

「うん……はい?」

 思わず聞き返したのは予想と違う言葉を聞いたから。

 ――あ。

 冷静になって考えてみれば、何も出産数制限の枠は固定されているなどと誰も言っていない。わざわざ枠を空けるなどとするはずもなく、無理やりにでもこじあける、彩花の性格を知っていればむしろそのほうが自然だった。

 勘違い甚だしく、顔から火が出る思いである。恥ずかしさのあまり固まる誠に、亮はじっくり見つめて、

「……どうしたの?」

「笑わないでくださいね。彩花さんが死んで枠を増やそうとしたんじゃないかって――」

 言い切る前に吹き出して笑う声がリビングに木霊する。気持ちは痛いほどわかるが、なにも膝を叩いて笑うほどじゃないだろうと、誠は少し怒っていた。

「もう」

「ごめんごめん、ふふ……あ、駄目かも」

「好きに笑っててください」

「ごめんね。はは……いや、想像力豊かというか、劇作家でも目指したらどうだい?」

 馬鹿にしているなんてことはなく、本当に可笑しなことを言ったのだと、亮の目を見ればわかる。肺が破けるほど笑った彼はソファーに身を預けてもなお、思い出したように口の端を持ち上げていた。

「で、それからどうしたんですか!」

「いや、うん。その人とも結婚したよ。親がシングルで結婚相手が見つからないって困ってたから、両方ともメリットがあったってことで」

「結婚ってメリットデメリットでするもんじゃないと思いますけど」

「そうかな……そうかもね。みんなはお父さんというよりお兄さんって感じで接してたし」

 そういうことを言いたいんじゃないのだけれど、他の家庭にまで口出しするのは品がないかと思い直して、誠は「ふーん」と納得してみせた。

 確かにそういうことならば恩を感じるのも自然である。しかし、それが結婚につながるのはまだ不透明だった。

「結婚したのは義理ですか?」

「どうだろう。彩花さんはああ見えてさみしがり屋だから、一緒にいてあげたいって思っていたし。そもそも物心ついたときには彩花さんに「私と結婚するんだよ」って言われ続けてきてたからそういうもんなんだって疑問にも思わなかったし」

 情景が思い浮かぶ。結局のところ、彩花は昔から彩花だったということだけが、誠がわかったことだった。

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