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20 誠、カツアゲされる

 どっと疲れを感じながら、誠はスナック菓子をゆっくり口に運んでいた。

 苦味が口の中を駆け巡る。実際には安っぽいコンソメ味が舌を蹂躙しているだけなのだが、それよりも今は気苦労の味が勝っていた。

 公園に戻り、ベンチに腰を下ろしている。隣には志乃がいて、彼女も買ったお菓子の中から楊枝でつまむ餅のようなカラフルなお菓子に舌鼓を打っている。とてもではないが、美味しそうには見えない。

 それでも志乃の笑顔が見られただけ、誠は十分に満足だった。

 ちょっとした冒険、ちょっとした成功。そういう積み重ねで子どもは大人になっていく――誠には、もう得られないものだった。

「美味しい?」

「……食べる?」

 ……。

 それは予想外の答え、誠は何も言えずに固まってしまった。

 食べたいか食べたくないかで言えば、食べたくない。しかし、今はそこが論点ではなかった。やってしまった――そう後悔してももう遅く、志乃の善意に誠は頷くことしかできなかった。

 桜色の餅が差し出される。口に含めばただ甘く、ほのかに人工的な香料の香り。表面には粉っぽさが残り、歯にくっつくのがどうにも不愉快だった。

「美味しいね、ありがとう」

「いいの。お姉ちゃんだから」

 うーん、ありがた迷惑。そんな身も蓋もないことを思いながら、誠はゆっくりスナック菓子を食べていた。

 その時、遠巻きに様子をうかがっていた集団がじりじりとこちらに近づいてくるのが目に入った。

 歳は上――小学生低学年くらい。ランドセルに校章入り手提げを持っているところから学校帰りなのだろう。一年も公園に通っていたらどこの小学校の子かくらいは分かる。

 三人組の彼らは物欲しげな顔をしているように誠は感じていた。もしやかつあげかと身構えると、

「お前ら、いいもん食ってんじゃん。俺らにも奢ってくれない?」

 まさか本当に“ただのかつあげ”だったとは。これほど嬉しくない正解もそうそうないだろう。

 素直に奢るという選択肢はない。この手の連中は一度甘い汁を吸うと付け上がるのが目に見えているから。誠の手の中には食いかけのスナック菓子があり、これならあげてもいいが逆上することが目に見えていた。

 結論――ヤバい奴には関わらないほうがいい。

「いや!」

 逃げようと立ち上がった誠とは別に、きっぱりと拒否の声を上げたのは志乃だった。そんな暇があるなら親のいるところに逃げるべきだと、ベンチに置かれた手を握ると、力強く握り返される。

 手が震えていた。ぷっくりと頬を膨らませ、岩のように険しい表情で睨みつける志乃の手だけが震えている。年上で体格も大きく、人数も多い相手に囲まれているのだから、怖いのは当然だ。震えるほど怖いならそう言えばいいのに――その逃げ道を、誠の存在が塞いでしまっていた。

「もうお金ないもん」

「嘘つきだ。お金持ってるとこ見たし」

 悪ガキが余計なことを言うから、志乃の目が誠に向いていた。

 だからなんだと言うのだ、金を持っている相手にたかってもいいという法律があるわけない。非難するように誠は首を横に振っていた。お金を持っていないと嘘をついたわけではない。

「持ってないって」

「嘘つくな。嘘つきは泥棒の始まりなんだぞ」

 だとしたらお前たちは恐喝だぞ。

「……お姉ちゃん、いこ」

 施す理由も話に付き合う理由もなくて、誠は志乃の手を強く引いていた。

 ――その時だった。

「シングルの子どものくせに、反抗するなんて生意気だぞ。人から取った金なんだろ、それなら返せよ」

「……んだと?」

 誠、動きを止める。

 聞き捨てならない言葉を聞いた。嘲笑の声混じりの罵声が、誠の脳を湯掻いていた。

「ガキが人様の親をあげつらって、いいご身分だな。こんな乞食しか育てられない親ってのもさぞ立派な人なんだろうね」

 まくし立てるように言いながらポーチから先ほど貰った小銭を出していた。

 そして、礫のように投げつける。

「ほら、拾え。で、ママにでも言うんだな。今日は小さい子脅してこんなに稼げたよって。それで褒めてくれる親なんだろ?」

「て、てめぇ――」

「それと、何を勘違いしてるか知らないけど、なんで自分が将来結婚できるって思ってるわけ? そこの小学校だろ、明日先生から呼び出されるぞ。そしたら同級生がどう思うかな?」

「っ――」

 言いたいだけ言うのは少し気分がよく、しかしその熱もすぐに冷めてしまう。先生、同級生。身近な人の存在を口に出されて、少年たちも言葉を失ってしまっていた。

 ……なにやってんだか。

 流石に大人気なかったと、反省である。確かに少年たちの行動は目に余るものがあるが、誠の行動も行き過ぎている。自分から騒動を起こすなど、紳士的とは言えない。

「……いこ」

 再度、誠は志乃の手を引く。すっかり冷たくなったその手に、志乃の体温だけが心地よく感じられた。


 


「なんで……」

 少し離れたところで志乃の足が止まっていた。するりと抜け落ちる指は熱だけを残していた。

「――なんでママを悪く言うの?」

「なんでって言われても……」

「ママ、悪いことしてないもん。頑張ってるもん」

「うん」

「なんで、みんなママを悪く言うの? ねえ、なんで?」

「……」

 誠は答えられなかった。社会が悪い、教育が悪い。そんなことを今の志乃に言っても、分かるはずがない。だからといって「諦めろ」とも言えなかった。

 迷った末、誠は志乃を抱きしめた。

「僕が守るから」

「なんで……」

「亜弓さんは僕が守るよ」

 それは贖罪の言葉だった。前世では叶えられなかったことを、今世で叶えようとする、浅ましい代替行為。

 意味がないと分かっていても、誠にはそれがしっくりきていた。

「関係ないじゃん」

「そうだけど、許せないから」

 そう告げて、誠は身を離す。志乃は何とも言えない不安な表情で誠を見つめ返していた。

 突然、関係のない人が母親を守ると言えば、誰だって戸惑う。が、誠も男、二言はない。

 覚悟を決めた目を見て、志乃は「うーん」と悩み、そして、

「じゃあ、結婚する」

「……それとこれとはちょっと違うのではないでしょうか」

 あまりに飛躍した解法に、誠は思わず日和っていた。

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