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不幸少女と死神メジロ  作者: 武池 柾斗
第二章 不幸因子の行方
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2-6 発生地点

 昼の不幸因子発生箇所を確認し、夜での発生地点とその程度を予測。一通りの巡回を終えた奈津とメジロは、日没直前に拠点に戻った。


 空が暗くなり、不幸因子が漏出する。


 奈津とメジロはすぐに飛び立ち、浮き出た不幸因子を吸引するために西区を一周回った。これで調査の前段階は終わり、いよいよ本命の行動に入る。


 気配を殺して街を歩き、西区と南区の境界にたどり着く。


 そこは大通りだった。高層ではないもののビルが立ち並び、商店も多い。人通りも活発で、仕事で疲れた顔や開放感に満ちた顔、これから遊びに向かう顔など、いろいろな表情に溢れている。少し離れた所には電車が走っていて、さまざまな音がこの辺りを賑わせていた。


 奈津は人の波を躱し、小道に隠れた。


「わたしはここで感知に専念する。メジロはこのまま肩に留まってて」

「わかった」


 奈津とメジロはここで待機することに決めた。


 ふと、周囲を見渡してみる。壁にはひび割れがあり、あらゆるところが黒ずんでいる。地面にはゴミが散乱し、道行く人はどいつもこいつも歪んだ顔つきをしていた。


「表はきれいでも、裏は汚いものだね」


 奈津は都会の実情を鼻で笑い、目を閉じた。


 腹の底まで深く呼吸をし、感覚を鋭くしていく。広範囲を感じるのではなく、この境界付近を重点的に探る。一人ひとりから漏れ出す、ごくわずかな不幸因子でさえも手に取るようにわかってくる。


「どこ? どこにいる……?」


 まぶたの裏を見つめ、奈津は集中力を高めていく。


 こうしている間にも他の場所では不幸因子が発生している。手遅れにならないうちに、できるだけ早く調査を終わらせたい。彼女の予測はあくまでも予測でしかないが、この可能性に賭けるしか方法はなかった。


 だが、何も得られないまま時が過ぎていく。


 奈津は焦りを感じていた。また収穫ゼロのまま朝を迎えるのか。そのような気持ちが湧いてくる。それを必死で抑えつけるかのように集中しようとすればするほど、焦燥感がさらに大きくなっていく。


 余計な感情が、感覚を鈍らせる。

 奈津はそれでも、感知に専念するのをやめなかった。


 そして、それがついに実を結んだ。


「見つけた! 行くよメジロ!」


 奈津は目を見開いた。走り出し、小道を抜けて大通りへ。そのまま歩道を駆け抜ける。


「奈津、何があった?」


 興奮している奈津に対し、メジロは冷静に尋ねる。


「不幸因子が少しずつ大きくなってるところがあった! そこに行けば何かある! 気づかれないようにこのまま走っていくよ!」

「わかった。必要ならば俺も手伝う。その時が来たら遠慮なく言ってくれ」

「さんきゅー!」


 奈津は道行く人々を躱しながら、感知で捉えた場所へ向かっていく。


 これほど人混みが邪魔だと思ったことはなかった。生きているときに歩道を急いだことはなかった。遣いになってからは飛ぶのが基本だった。今は気配を殺さなくてはならない。飛んでしまったら見つかる。せっかく掴んだ機会を不意にしたくはない。


「どんどん大きくなってる……間に合え!」


 奈津の胸が焦りで疼く。


 人間は奈津を認識してくれない。だから避けようともしてくれない。触れないように自分が間をすり抜けるしかない。出来れば一列に歩いて道を歩いて欲しい。だが、現状を嘆いても仕方がない。ひたすら前進するだけだ。


 目的の場所が近づくにつれ、不安と期待が膨らんでいく。

 そこに犯人が居てくれと願うしかなかった。


「この辺りだ!」


 奈津は足を止め、周囲を見渡す。


 明るい大通り、歩道、ビル。変わらない景色。感知で捉えたのはこの周辺だった。瞬時に感覚を研ぎ澄ませ、最終地点を探る。不幸因子が濃く、現在も膨らみ続けている場所を探す。


 それはものの数秒で見つかった。


「こっち!」


 奈津は走り出し、路地裏へと向かっていく。


 暗く細い道を進む。その先に、たった一人の気配だけがあった。その気配に加え、不幸因子の存在も感じられる。


 そして、その姿が見えた。黒く長い髪の女のようだ。背中がこちらを向いているため顔は見えない。だが、今はそんなことはどうでもいい。一週間探し求めた不幸因子大量発生の原因がそこにある。


「あれが犯人か! 捕まえてやる!」


 奈津は力を解放し、一気に距離を詰めた。


 その瞬間、女の体内で不幸因子が爆発的に増大した。奈津はそこで違和感を覚え、急停止して様子を見ることにした。


 わずか五メートル先で、女が苦しんでいる。女は足を大きく広げ、両手で頭を抱え、唸り声を上げる。脚が震え、腕には異常なまでの力が入っている。今にも倒れそうだった。


 直後、女の体から大量の不幸因子が上空に向けて放出された。


 凝縮された黒い霧の中に、頭、腕、脚のようなものが見える。ビルより高い場所に留まり、すぐに形が整っていく。やがて、人型の黒塊となった。


 奈津はそこで悟った。


「人の体内でもう黒塊になってたんだ! だから全部人型だったんだ!」


 彼女は歯を食いしばり、両拳を握りしめる。


 人型黒塊の発生過程が判明し、その悲惨な状況を見て奈津は怒りを感じた。だが、その感情に溺れている場合ではない。まずは現状を解決しなければ何も始まらない。


「メジロは女の人をお願い! わたしは黒塊を倒す!」

「わかった!」


 メジロは即座に奈津の肩から離れ、少女の姿になった。彼女はうつ伏せに倒れた女を介抱しに向かう。


 奈津はメジロが離れた直後に飛び立ち、形成されたばかりの人型黒塊を撃破しにかかった。


 黒塊は奈津の接近に気付くが、反応するには遅かった。奈津は黒塊の両足首を掴み、自分の真横に投げる。黒塊と奈津の高度が同じになったところで追撃。奈津は黒塊が飛ばされない程度の強さでその体に拳を浴びせる。


 右拳を左頬に一発、左拳を右頬に一発。左右に揺さぶりをかけたところで、腹部に二発。さらにわき腹へ二発追い打ちをかける。黒塊はひるみ、体が前に傾く。そこを顎めがけて右拳を振り上げる。黒塊の体が仰け反り、一時的に行動不能になった。


 奈津はすぐにとどめを刺しにかかった。


 黒塊の首を左手で掴んで体を固定する。右手を指先まで伸ばしきり、限界まで体の奥に引く。そして、胸部の核に向けて全力で突き出した。


 槍のように鋭く尖った指先が黒塊の胸に突き刺さり、背中を貫通する。それに伴って不幸因子の凝縮体が破壊され、核を失った黒塊は爆発するように崩壊した。


 黒塊を撃破した奈津は、黒い霧の中で一呼吸置いてから吸引を開始した。


 一度広がった不幸因子が、爆発の中心地に戻っていく。それが再び爆発するようなことはなく、すべて奈津の体内に吸収されていった。


 奈津はすぐにメジロのところへ戻った。


 黒塊をすばやく倒し、被害もゼロ。あとは女の体内に残っている不幸因子を吸引するだけ。犯人はわからないが、人型黒塊発生の過程がわかっただけでも大収穫だ。滞っていた調査も、これでようやく前進する。早くメジロと喜びを分かち合いたかった。


 メジロの前に降り立つ。奈津は言葉をかけようとした。

 だが、その声は喉で止まる。とてもそんな雰囲気ではなかった。


 メジロは座って女を抱きかかえたまま、驚愕の表情を浮かべていた。メジロは奈津にも目をくれず、その女の顔を見続けている。


「な、なんだ、これは……」


 メジロは困惑の声を上げる。目は見開き、口元は震えている。

 ただならぬ状況であることは理解できた。


「メジロ、どうしたの? いったいなにがあったの?」


 奈津はおそるおそる尋ねた。

 メジロは目を固く閉じ、言葉を絞り出した。


「見ればわかるさ……」


 彼女はそれ以上、喋ろうとはしなかった。


 言葉にしても無駄なのだろう。見たほうが早い。見なければ理解できない。メジロの苦い表情からは、そう読み取れた。


 奈津はその言葉を信じ、メジロの隣に移った。

 メジロに言われた通り、倒れた女の顔を見る。


 その瞬間、奈津の目が見開いた。眉間にしわが寄り、口が半開きになる。顎が震え、歯と歯のぶつかる音が頭に響く。


 奈津は困惑しながらも、現状を呑み込むために声帯を震わせた。


「莉多、さん?」


 その女の顔は、二人がよく知る人物のモノだった。





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