12.矢の届く距離
最初の矢は、柵の支柱に刺さった。
木が裂ける音を聞いた瞬間、大地は走り出した。
「フラン、家へ戻れ!」
広場の端で立ち尽くした彼女を、ジャンヌが抱き上げる。次の矢が、二人のいた場所へ落ちた。
大地の視界が狭くなった。
誰が射た。
柵の外の影を探して、右手が上がる。
『マスター! まだ人がいます!』
ラステリの声で、大地は足元を見た。
井戸へ水を汲みに出た子供が、桶を抱えてしゃがみ込んでいる。
大地は柵の前へ低い壁状の舞台を出した。矢を止めるための厚みを取ると、コアの奥からDPが目に見えて削れる。
「今だ、下がれ!」
子供の腕を引き、家と家の間へ飛び込む。
背中で、木を叩く音がした。
*
ドゥラレヴィの一隊が、里へ通じる道を押さえていた。
ネイアス側の弓も撃ち返している。
大地は子供を母親へ渡すと、警備の男へ掴みかかりそうになった。
「ここで射ち合うな! 家があるんだぞ!」
「下がれば、中まで入られる!」
その声も震えていた。
大地は歯を食いしばり、手を下ろす。男の肩には、血が滲んでいた。
「じゃあ、家の人を先に下げる。通る場所を一つ空けてくれ」
ネイアスが来て、広場の奥へ退くよう住民に指示を出した。
リオルが戸を叩いて回る。大地たちは舞台用の布を持ち出し、道の端へ張った。見通しを切るためだ。矢を防ぐ力はない。
「この内側を、頭を低くして進んで!」
マルディが骨の兵を二体呼び、倒れた荷を持ち上げる。
フランは空き家の戸口で、来た人を数えていた。
「とと、ひとり、足りない」
「誰だ」
「小さい子と、一緒にいた、おじいちゃん」
彼女は指を折り直した。
ジャンヌが家の列を振り返る。
「私が行く。お前は、この道を守れ」
大地は頷いた。追いたい足を、そこで止めた。
*
矢の音が遠ざかったのは、空が暗くなる頃だった。
敵の一隊は柵を破れず、森へ退いた。追う者をネイアスが止めた。
広場には折れた矢が落ち、明かりを持った里人が名前を呼び合っている。
ジャンヌが老人を背負って戻ってきた。足を捻り、物置から出られなかったという。
大地は老人が下ろされるのを待ってから、彼女の腕を見た。
「血が」
「掠っただけだ。先に、その人の足を」
そう言われても、腹の底の熱は消えなかった。
仲間へ矢が向いた。子供へも。
大地は、血の付いた袖から目を離せなかった。
「大地」
ジャンヌが、彼の手首を掴んだ。
「怒るなとは言わない。だが、その顔で一人で行くな」
大地は息を吐いた。吐いたつもりで、うまく出なかった。
「……ああ」
*
夜更け、白い布を棒へ結んだ男が柵へ来た。
ダレンだった。
大地は、警備の者と共に外へ出る。ジャンヌも付いてきた。
「俺は、射ってない」
ダレンの最初の言葉だった。
それから自分の口を、手で覆った。
「……違う。そんなことを、言いに来たんじゃない」
大地は、返事をしなかった。
「女王様は明日、世界樹へ続く古い道を通る。今日の一隊も、そちらへ集め直すそうだ」
「それを、なぜ俺に」
「道のそばに、古い根の世話場がある。里の者が、そこにも避難していると聞いた」
ネイアスの顔が変わった。
広場の裏から抜けた家族の行き先だった。
「今なら、まだ間に合う。女王様も、子供を狙わせるつもりはない。だが、そこにいると知らない者が通る」
「今日も、知らなかったで済ませるのか」
大地の声が低くなった。
ダレンは言い返さなかった。
「俺が案内する。疑うなら、手を縛ってもいい」
ジャンヌが大地を見た。
大地は拳をほどき、警備の男へ向き直る。
「ネイアス。人を迎えに行きたい。道を知っている者を、一人付けてください」
返事を待つ間、ダレンは、白い布を下げずに持っていた。




