11.紙に残った名前
女王が差し出した紙には、食べ物の数が書かれていた。
粥を三椀。薪を二束。乾いた布。
その下へ、違う筆跡で短く付け足してある。
生まれたら、この子には外を見せたい。
大地は、指が紙へ触れないようにして読んだ。
「母の字よ」
ジーリアは、机の端を押さえていた。
「匿った家の者が残してくれた。私が生まれる前に書いた、これだけ」
彼女の声に、昨日までの棘はなかった。
ネイアスが持参した記録を開く。戦いの経緯を記した紙には、ダークエルフの家々を包囲したことが書かれていた。
女を引き渡せ。
家の者が拒み、矢が放たれた。
誰の矢が先だったのか、その頁には書いていない。
「里では、向こうが先に武器を取ったと教わりました」
リオルの声がした。
ネイアスは、開いた頁を閉じなかった。
「私も、そう聞いた」
「記録があったのに」
「あった。読まなかったことを、知らなかったとは言えない」
護衛のエルフが顔を背けた。
大地は何も言わず、次の頁を待った。
*
「我々の側が、その女性を追い詰めた」
ネイアスは、机に両手を置いた。
「この記録を里へ持ち帰り、隠さず伝える。道についても、世話人たちを含めて話す。昨日の訪問案を、最初の一度として受けてほしい」
「その後は?」
「帰還して暮らす人数や場所は、双方の者を交えて決めたい」
「何年かかるの」
ジーリアの問いに、ネイアスは詰まった。
「ここまで待った。あなたたちが話し合っている間に、あちらの里で生まれ、あちらの土に埋められた者もいる」
「だからといって、今の家を壊してよいことにはならない」
「私たちの家は、壊してよかったのね」
大地は、ジーリアへ身体を向けた。
「よくなかった。今、見た記録のことは、俺も忘れません」
「なら――」
「だから、同じことを始めないでほしい」
彼女の目が細くなった。
大地の言い方が、気に入らなかったのだろう。自分でも、口にした途端に平たい言葉になった気がした。
それでも、引っ込められなかった。
「昨日、パンを配っていた人たちを、ここへ連れてくるんですか。剣を持たせて」
「彼らは、帰りたいと願っている」
「戦いたくない人にも、そう言える?」
ジーリアが立った。
椅子が地面へ倒れ、護衛が拾おうとする。彼女は手を出して止めた。
「あなたの仲間は、あなたと来ると決めた。私の里の者には、決める力がないと言うの?」
大地は立ち上がらなかった。
「決めるために、ほかの道があると伝えてほしい」
ジーリアは、母の紙を丁寧に畳んだ。
それを懐へ収め、倒れた椅子を自分で起こす。
「日没までよ」
*
会談が終わっても、大地は机の前を離れられなかった。
ジャンヌが水筒を置く。
「言い方が、ほかにあったかな」
「あるかもしれない。だが、分かれば必ず聞いてもらえるものでもない」
彼女は、女王が帰った道を見た。
「私も、一度決めたことを変える時、腹が立つ。自分が間違ったと認める前に、止めた相手へ」
「お前も?」
「私を、何だと思っている」
大地は少しだけ笑い、すぐ口元を引き結んだ。
ダレンが残っていた。手紙を受け取るためだ。
「里へ戻ったら、子供たちを広場に集めないでください。家から離れるなら、こちらの道を避けて」
「……本当に、始まると思うか」
「分かりません。でも、始まってからでは遅い」
ダレンは拳を握った。
それから、母の紙が置かれていた場所を見る。
「俺は、あの方が里を守ってきたのを知っている」
「ええ」
「だから、今度は俺からも言う。剣を取れない者を、先に逃がそうと」
彼は手紙を受け取って走り出した。
日が傾いた頃、ユグドゥーラへ戻った大地は、馬に水を飲ませていた。
森の奥で角笛が鳴る。
短い音が、二度。
入口へ走る警備の足音を聞き、大地は桶を置いた。
ネイアスが、まだ開かれていない柵の前にいた。




