10.古い荷場の約束
積み替え場の屋根は、半分落ちていた。
残った柱に、古い縄の跡がある。ダレンが草を払い、隅に埋もれた車輪を蹴らずにどけた。
「昔は、もっと広く見えたんだがな」
ユグドゥーラ側から来たリオルが、反対の端で止まった。
ネイアスの返事を届けに来たのだ。大地が手を振ると、彼は足元の板を確かめながら近づいた。
「会うことには同意された。ただし、双方の護衛は二人まで。弓を構えないこと」
「女王は、期限を変えたか」
ダレンが聞く。
大地は首を振った。
「会談の返事を聞くまで、待ってくれるとは言っていた。今日のうちに開きたい」
二人は互いを見ず、それぞれ頷いた。
大地は壊れた長椅子を外へ運ぶ。片端をリオルが持ち上げ、もう片端へダレンが手を伸ばした。
運び終えてから、二人とも手を離すのが少し遅れた。
*
会談は昼過ぎに始まった。
ネイアスとジーリアは、間に机を置いて向かい合った。大地は端に座り、ジャンヌは背後に立つ。
仲間たちと馬車は、離れた場所で待っていた。
「世界樹へ行く道を開く。それだけでは、兵を通すことになる」
ネイアスが口火を切った。
「まず少人数の訪問を認める。武装を解き、日を決め、こちらも人数を揃える」
「私たちは客ではないわ」
ジーリアは椅子を引き寄せなかった。
「祖先の家があった場所を、あなたの許しで歩くの?」
「今ある家を守る義務が、私にはある」
「その義務を、私たちの親には認めなかった」
互いの護衛が、相手側を見た。
大地は机の下で、拳を開く。
「一度に決める必要はありません。まず、持ち出した種を植えるために――」
「それも、お前が決めることか」
ネイアスの声が、大地へ向いた。
「どこに何を植えるかは、樹を世話する者たちと確かめる。私の一言で済ませる話ではない」
大地は言葉を呑んだ。
良い提案をしたつもりで、向こうの仕事を飛ばしていた。
「……すみません。必要な人にも、聞きたいです」
ネイアスは頷き、古い記録を持ってくると言った。
ジーリアが、机へ一通の紙を置いた。
「なら、これも読んで。母を匿った家から残ったものよ」
紙の端は、何度も折られて薄くなっていた。
*
その日の会談で決まったのは、記録を持ち寄ることと、明朝もう一度会うことだけだった。
ジーリアは立ち上がる前に、期限について告げた。
「期限は、明日の日没まで延ばす。それでも柵が閉じたままなら、こちらから動くわ」
護衛が一人、肩を強張らせた。
彼女の里の者だった。大地はそれを見逃せなかった。
「戦いを望まない人もいる」
「知っている。だから私が決めるの」
ジーリアは紙を回収し、森へ戻った。
その足元を、長い外套の裾が引きずった。昨日、子供に着せていたものとは違い、継ぎ目のない服だった。
*
夕方、大地たちはユグドゥーラの空き家へ戻った。
翌朝の会談に、ネイアス側から同行するためだ。ドゥラレヴィにはダレンが残り、女王の書付を預かっていた。
大地は、馬車の荷を降ろしきらなかった。
「明日、話がまとまらなかったら?」
ジャンヌが尋ねる。
「子供たちを家の奥へ下げてもらう。両方に伝える」
「お前が戦いを止める、と言わなくてよかった」
「言えるほど、強くないよ」
大地が指輪を見た時、ジレンツの声が届いた。
『なら、何を守るか決めておけ。手を出した後で迷うな』
黒い星のコアとは別の、銀黒の輪。
大地はそれへ、左手の指を添えた。
マルディが古い紙を写したものを持ってきた。ネイアスが世話人から借りた、妖精の種についての記録だった。
「樹の根に戻せば必ず生まれる、ってものでもないらしいっす。育たず終わる実もある」
「何が必要なんだ?」
「根の働きと、命を育てる力っすね。ただ、そこへ古い精霊の残り香が触れる、という記述もある。自分にも、まだ全部は読めないっす」
大地は紙を覗いた。
欠けた文字の間に、丸い実の絵がある。
「急がなくていい。分からないところは、分からないままで教えてくれ」
「了解っす」
屋外で、杭を打つ音がした。
新しい舞台を組む音に似ていた。
窓を開けると、里人たちが入口の柵を補強している。
大地は声をかけられず、しばらくそこに立っていた。




