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『転生したら最弱ダンジョンマスターになったので、サーカスを始めたいと思います!』  作者: フミンチュ
5章 相克の双里―ユグドゥーラ/ドゥラレヴィ

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9.針仕事の女王

 マルディの帽子から花が消えると、最前列の子供が泣いた。

 大地は慌てて舞台袖を覗く。

 怖がらせたのかと思った。違った。


「あのお花、ほしかった……」


 マルディが両手で自分の頬を押さえる。


「お持ち帰りはできないんすよ。もう一回出すんで、それで勘弁してほしいっす!」


 子供の鼻が鳴った。

 隣にいた母親が笑い、袖で涙を拭う。花が再び現れると、その子は両手を広げたまま見上げた。


 ドゥラレヴィの公演には、仕事を抜けられない者もいた。

 大地は演目の順を少し入れ替え、広場の端からでも見える位置へラステリを送った。玉が上がるたび、屋根の上からも歓声が飛ぶ。

 ジャンヌの出番では、最初に人の姿を見せてから変化した。

 金色の前足が玉を止める。ラステリが探すふりを始めると、子供たちは椅子から半分立ち上がった。


「そこ! そこだよ!」


 ジャンヌは一度だけ首を傾けてみせた。

 練習でラステリと決めた、新しい仕草だった。

 舞台袖で見ていたジーリアが、口元へ手を当てる。


     *


 終演後、女王は余ったパンを配っていた。

 幼い子には二つ。公演を見られず戻った警備の者には、包みごと手渡す。


「帽子の続きを頼める?」

「もちろんっす。今度は帽子が三つになるっすよ」

「それは見ていないわ」


 ジーリアも残った。

 大地は片付ける手を止め、その横顔を見た。

 こんな顔をする人なのかと思った。初めて会った時の笑い方とは違っていた。


 マルディの小さな追加公演を見終えると、彼女は大地を苗の棚へ連れていった。


「母を匿った人が、持ち出したの」


 布を開く。光る種の下には、古い布袋が敷かれていた。


「妖精が生まれると聞きました」

「そう。世界樹の周りでは、根元の実から小さな命が生まれることがあったそうよ。どちらの種族の子にも、いたずらをしたんですって」


 ジーリアは、種には触れなかった。


「根元から離れたままでは、目覚めない。育て方を知る人も、もう少ないの」

「戻れたら、植えるんですか」

「そのためにも、戻るのよ」


 言葉の終わりが強くなる。

 大地は公演用の外套を脱いだ。女王の前で、団長の顔を作り続けるのが急に難しくなった。


「ネイアスと、直接話せませんか」

「条件を聞いたはずよ」

「道を開ける。その先を決めないままでは、向こうも開けられない」

「追い出された者が、帰る許しを乞うの?」


 ジーリアが振り向いた。

 大地は目を逸らさなかった。


「向こうに今いる家族を、追い出さないと約束してほしい」


 長い沈黙になった。

 女王の視線が、大地の首元から右手へ移る。さらに、その背後でフランを抱き上げるジャンヌへ。


「あなたは、変わった仲間と暮らしているのね」

「ええ」

「誰も、血のことを聞かない?」


 大地は答えかけて、やめた。

 フランを見て足を止めた町の人々。マルディを警戒した門番。ジャンヌの故郷で起きたこと。


「聞く人はいます。嫌な目で見る人も」

「でも、一緒に行くのでしょう」

「ああ」


 女王は、笑わなかった。


「母も、そんなふうに帰ってこられたらよかった」


     *


 翌朝まで返事を待つことになった。

 大地は里を出る支度を整えつつ、書き直した手紙を机へ置いた。

 ネイアスへ、直接会う場所を設けてほしいと頼むものだ。公演の広場を使う案は消した。家々に近すぎる。


「ここはどうだ」


 ダレンが、地図の一か所を指した。

 古い荷の積み替え場。今は使われていないが、両方の道から行けるという。


「俺たちも、昔はそこで荷を受け取っていた。顔を合わせたくない者同士でも、場所だけは使えた」

「見に行けますか」

「ああ」


 案内を頼み、朝食へ戻る。

 フランはパンを半分に割っていた。小さい方をマルディの皿へ置こうとして、首を傾げる。


「たべられないんだった」

「お気持ちだけで、腹いっぱいっす」


 大地は笑った。

 窓の外では、ジーリアが子供の外套の紐を結び直している。

 昨日の問いを、思い出した。

 誰も血のことを聞かない場所。

 大地には、そんな場所を約束できない。けれど隣に誰を置くかは、これからも自分たちで決めていきたかった。

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