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『転生したら最弱ダンジョンマスターになったので、サーカスを始めたいと思います!』  作者: フミンチュ
5章 相克の双里―ユグドゥーラ/ドゥラレヴィ

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8.帰れなかった子

 ドゥラレヴィへの道で、馬車は二度止まった。

 一度目は、張り出した枝を避けるため。二度目は、車輪がぬかるみに取られたためだった。

 案内のダレンが肩まで泥を付け、ジャンヌと車体を押す。


「すまん。普段は、荷を背負って通るから」

「謝るなら、押しながらにしろ」


 車輪が動いた。

 勢い余って転びかけたダレンを、ジャンヌが腕で支える。彼は息を切らして笑った。


「女王様にも言われる。口より手を動かせって」


 里の入口には、石が積まれていた。

 高さの揃わない壁の間を抜けると、薪の匂いがする。屋根を繕う男が顔を上げ、井戸端の子供が、ダレンを見つけて駆けてきた。


「骸骨、来た?」

「いきなり自分っすか」


 荷台からマルディが帽子を上げる。

 子供は本物を見た途端、ダレンの後ろへ隠れた。


「……話と違うっす」


 その声に、隠れた肩が小さく揺れた。


     *


 ジーリアは、机の上の布を畳んでいた。

 訪れた大地たちを見ると、針を器へ戻す。窓辺には、継ぎを当てた外套が何着も掛かっていた。


「待たせたわね。ここでは、女王も針を持つの」


 冗談めいた声だったが、指先には細い傷があった。

 大地が名乗り、ジャンヌも続く。


「獣人が、エルフの里で歓迎されたそうね」

「最初からではない。荷も道具も調べられた」

「それで、公演をした」

「ああ。子供たちが笑った」


 ジーリアは外套へ視線を戻した。


「こちらの子供にも、見せてやってほしい」

「そのつもりで来ました。ただ、先にお聞きしたいことがあります」


 大地は、ネイアスへ出した書状の期限について尋ねた。

 女王の手が、布から離れた。


「道を開けばいいだけよ。私たちが世界樹へ戻る道を」

「今、住んでいる人たちは?」

「私たちが出ていった時、そんなことを尋ねた者がいたかしら」


 空気が変わった。

 入口に立つダレンが、何か言おうとしてやめる。


「私の母は、あそこから帰れなくなった」


 ジーリアは自分の胸元を指した。


「あなたが聞いた、人間の子を身ごもった女。それが母よ」


 大地は椅子の背から身を離した。

 遠い昔の出来事だと思っていた。その子供が、今、目の前でこちらを見ている。


「母を匿った者たちまで追われた。戦いで傷ついて、私を産んで、死んだと聞かされた。私には、母の声も分からない」


 彼女は淡々と話した。

 その調子を保つために、何度同じ話を自分へ語ったのだろう。


「ネイアスは、昔のことだと言った?」

「自分たちが正しかっただけでは済まない、と」

「便利な言い方ね」


 ジーリアが笑った。

 大地には、それに続ける言葉が見つからなかった。


     *


 面会が終わると、ダレンは一団を集会小屋へ案内した。

 床を空け、馬を繋ぐ場所まで、里の者が手伝ってくれる。

 フランに近づいた子供が、羽へ伸ばした手を引っ込めた。


「さわっても、いい?」

「そっとね」


 フランが片方の羽を広げる。小さな指が、おそるおそる触れた。

 その姿を窓の外から見ていたジーリアが、大地へ声をかけた。


「公演は明日でどうかしら」

「警備の人も、休めますか」

「交代で見せるわ」


 女王は即答した。

 大地は頷いた。少なくとも、この里の人々を喜ばせたいという願いまで疑いたくはなかった。


 広場を確かめていると、木箱を抱えた老女が通りかかった。

 中には、土を付けた苗が並んでいる。


「どけますよ」

「そっと頼むよ。根を傷めると育たない」


 大地が箱の片側を持つと、苗の間に一つだけ、淡く光る種があった。


「これは?」

「昔、世界樹から持ち出した実の種さ。私たちには、これしか残っていない」


 老女は布をかぶせた。


「樹から生まれる妖精の揺り籠だと言われている。けれど、まだ一度も芽を出さない」


 マルディが、布の端を見る。

 大地はそれ以上触れず、箱を指定された棚へ運んだ。


     *


 夜、ジャンヌは剣の手入れをしていた。


「どう思う?」


 大地が尋ねると、布を動かす手が止まった。


「私も、母を殺した者を追った。目の前にいれば、冷静でいられたとは言えない」

「でも、向こうの子供を追い出すのは違う」

「ああ。そこは、言わねばならない」


 ジャンヌは刃を鞘へ戻した。


「憎む理由を知ったからといって、何をされても受け入れる必要はない。お前もだ、大地」


 大地は頷いた。

 窓の向こうでは、明日の公演に使う長椅子を、ダレンたちが運んでいた。

 笑い声が、一つ聞こえた。

 ここで戦いが始まるとしたら、この声を出した者も剣を取るのだ。

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