7.女王からの招待
玉を箱へ戻すと、木の底で乾いた音がした。
さっきまで競うように手を叩いていた子供たちが、広場の入口を見ている。大地は箱の蓋を閉めた。
「片付けを頼む。ジャンヌ、一緒に来てくれ」
「ああ」
ネイアスに続いて柵へ向かう。リオルも来た。
外に立つ使者は一人だった。腰に剣があるが、手は離している。大地を見ると、懐から二通目の書状を出した。
「ドゥラレヴィの女王、ジーリア様より。ソル・フロールの団長殿に」
封を切る前に、ネイアスが自分宛ての紙を畳んだ。
「三日後の日没までに、世界樹へ通じる道を開けよ、とある」
「公演への招待も、その話ですか」
「お読みになれば分かる」
使者の答えは硬かった。
大地の書状には、公演を望むこと、その前に直接会いたいことが記されていた。里へ入る許可と、道案内を明朝ここへ寄越すという言葉もある。
末尾の名前だけ、筆圧が強い。
「ダレンという人は、無事に帰りましたか」
使者が顔を上げた。
「ああ。針を届けるより先に、歌と骸骨の話をしていた」
「それならよかったっすね」
ここにはいないマルディの声が、頭の中で勝手に聞こえた。
大地は紙を折った。
「伺います。ただし、公演は話を聞いてから決めたい」
「そのように伝える」
使者はネイアスにも一礼した。返礼を待ってから、森へ去っていく。
足音が消えるまで、誰も柵を閉めなかった。
*
「止めはしない」
空き家へ戻る途中で、ネイアスが言った。
「だが、こちらの警備や道筋を伝えないでもらいたい」
「里を攻める手伝いはしません。向こうから何を聞いても」
「……向こうで、こちらの味方だとも言わないのだな」
大地は頷いた。
「俺たちは、ここで公演をさせてもらった。それは隠しません」
ネイアスは唇を結んだ。納得できないのかもしれない。それでも、里の外までの案内は付けると言った。
大地が礼を言うと、彼は広場の方を見た。
「子供たちは、明日もお前たちがいると思っている」
それには、すぐ返せる言葉がなかった。
*
空き家では、夕食が冷めかけていた。
フランが大地の椀を両手で守っている。マルディは、その横で湯気の消えた鍋を覗いていた。
「使者さん、怖い話だったっすか」
「期限が付いた」
大地は聞いたことを全員に話した。
フランの羽が、身体の方へ寄る。
「けんかになる?」
「ならないように話している。けど、まだ分からない」
大地は椀を受け取り、彼女の隣に座った。
「明日は、もう一つの里へ行く。嫌だったら言っていい」
「わたしも行く。歌、待ってる子がいるんでしょ」
ダレンが言ったことを覚えていた。
ジャンヌは食べ終わると、荷の紐を点検し始めた。大地も手を伸ばす。
「公演の話だけでは済まないだろうな」
「ああ。だからって、お前を交渉の盾にはしない」
「私も、そのつもりで来たわけではない」
彼女は緩んだ結び目を解いた。
「人を逃がす時は、荷を捨てる。あらかじめ決めておいた方が迷わない」
大地は一番上の箱を見た。
初めてラステリが立った、あの小さな舞台から持ち続けてきた道具もある。
「……分かった。馬のそばは、常に空けておく」
*
皆が休んだあと、大地は外へ出た。
世界樹の枝が月を隠している。隣に立ったジレンツが、腕を組んだ。
「他所の争いを背負いきれると思うなよ」
「思ってない」
「なら、なぜ行く」
大地は、昼にジャンヌが立った広場へ目をやった。
「向こうの客の顔も見ておきたい。それから、逃げるにしても決める」
ジレンツはしばらく黙っていたが、やがて指輪の姿へ戻った。
大地は戸に手をかけ、足元を見た。
小さな木の実が、一つ落ちている。
ダレンからもらった袋の口が、運ぶ途中で緩んだのだろう。拾って、指の間で土を払った。
翌朝、荷車の脇に来たリオルは、挨拶を二度言いかけた。
最後に、こう言った。
「帰りも、この道を使っていい」
大地は御者台から頷いた。
「ありがとう。向こうの公演が決まったら、伝えます」
返事はなかった。
けれど柵の内側で、リオルは馬車が見えなくなるまで立っていた。




