5.守ってきたもの
開いた柵を前に、大地は仲間たちを振り返った。
「話を聞いてくる。ここで待っていてくれ」
ジャンヌが、案内に立つ警備の男へ目を向ける。
「どこへ連れていく?」
「里の集会所だ。リオルにも同行してもらう」
彼女は少し考え、頷いた。
「分かった。戻りが遅ければ、こちらから声をかける」
「ああ」
大地は馬車のそばに仲間を残し、歩き出した。
右手には、コアとジレンツの指輪。
ジレンツは静かなままだった。
*
柵の奥には、家があった。
木々の間を縫う道。
軒先に干された布。
水を運ぶエルフの女性が、大地を見て足を止める。
窓から、子供が顔を出した。
すぐに家の中へ呼び戻される。
世界樹は、里のどこからでも見えた。
見上げても、枝の先までは分からない。
大地は、干された小さな服へ目を戻した。
あの樹のそばで暮らしている。
リオルの言葉が、ようやく具体的な景色になった。
集会所では、一人のエルフの男が待っていた。
机に広げた紙を脇へ寄せ、大地へ椅子を示す。
「ユグドゥーラの里長、ネイアスだ」
「ソル・フロールの団長、大地です」
腰を下ろす。
リオルは入口に近い場所へ立った。
「町で公演をしていたと聞いた」
「はい」
「ドゥラレヴィの者とも、話をしたそうだな」
大地は頷いた。
隠すことではない。
「里の子供たちにも見せたいと、言ってもらいました」
ネイアスの指が、机の上で止まる。
「それで、こちらへも?」
「公演できる場所を探していました。ただ、森の事情を知らないまま入るわけにはいかないと思って」
「我々が道を塞いでいると聞いたのか」
「警戒が強くなっているとは聞きました。荷物も、入口で確かめてもらいました」
ネイアスは大地の顔を見ていた。
答えを急がせることはしない。
その静けさに、大地も背筋を伸ばす。
「ドゥラレヴィの女王は、世界樹を取り戻すと言っている」
やがて、里長が口を開いた。
「だが、ここには今も人が住んでいる。家も畑もある。武器を取る者ばかりではない」
大地は、窓から顔を出した子供を思い出した。
「分かります。ここへ来る途中に、少し見ました」
「我々は世界樹を守ってきた。これからも守る」
その言葉だけは、はっきりしていた。
*
「昔は、共に暮らしていたと聞きました」
大地が尋ねると、ネイアスは視線を落とした。
「そう伝えられている」
「どうして、暮らせなくなったんですか」
しばらく、部屋の外の足音だけが聞こえた。
「異種族との間に生まれる子を、受け入れられなかった時代があった」
大地は顔を上げた。
「両方の里で、ですか」
「まだ、里が分かれる前だ。人間の子を身ごもって戻ったダークエルフの女性がいた。それを巡って、争いが広がったという」
「女性と子供を、責めた?」
ネイアスは、否定しなかった。
「我々の側が正しかった、と言うだけで済む歴史ではない」
低い声。
入口で、リオルが顔を上げる。
「だが、今この里にいる子供たちが、その争いを始めたわけでもない」
大地は膝の上で、手を組んだ。
「向こうの子供たちも、そうですね」
ネイアスが黙る。
大地は、その目を見ていた。
「……ここで、結論を出せるとは思っていません。俺は、まだ話を聞き始めたばかりです」
口調が、少しだけ普段に戻った。
「ただ、知りたいんです。何を守ろうとしているのか。何を失ったのか」
ネイアスは長く息を吐いた。
「なら、まずここで暮らす者を見ていくといい」
*
仲間たちの入里は認められた。
荷物の確認を受け、案内の者と共に、里の外れの空き家を借りる。
馬車を置く場所と、馬の水も教えてもらった。
「公演は?」
戻った大地へ、ジャンヌが聞く。
「明日、ネイアスたちに道具と演目を見てもらう。場所も一緒に確かめる。それからだ」
「ああ。順番だな」
フランが窓の外を見た。
道の向こうで、子供が二人、こちらを覗いている。
マルディが帽子を持ち上げると、一人が慌てて隠れた。
残った一人は、怖いのか気になるのか、動けずにいる。
「……骨、目立つっすね」
「自分で言うな」
大地が笑う。
マルディは帽子を戻し、今度は小さく手を振った。
子供の指が、ほんの少し動いた。
*
翌日、ネイアスと数人の里人が、道具を見に来た。
大地は幕の広がる範囲や、灯り、演者の動きを説明する。
知らない仕掛けが目の前で動くのは、不安だろう。
小さく試して見せ、客席との距離も確かめた。
ジャンヌについては、本人から話した。
「私は、獣の姿へ変わる力がある。それを演目に使う練習をしている」
ネイアスが彼女を見る。
「どのような獣だ」
「ライオンだ。見せて確かめてもらうことはできる。ただし、まだ走ったり跳んだりする演目はできない」
大地が続けた。
「歩いて止まるところからです。できるようになった範囲で、演じたいと思っています」
ネイアスは、しばらく考えていた。
そして、広場の外側を指す。
「練習には、あちらの空き地を使うといい。人が入らぬよう、知らせておこう」
ジャンヌが頭を下げた。
「助かる」
許可されたのは、二日後の夕方。
里の広場で、一度だけの公演だった。
客席を組む場所へ、里人たちが杭を置いていく。
リオルも、その一つを運んでいた。
大地は仲間たちを見る。
ここにも、待っている顔がある。
「よし。準備しよう」
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