3.二つの帰り道
「これから話を聞きたいんです。二人とも」
大地の言葉に、二人の旅人は黙った。
広場には、荷車の軋む音だけが続いている。
「……私はリオル。ユグドゥーラへ戻るところだ」
エルフが先に名乗った。
続いて、褐色の肌の男が短く言う。
「ダレン。ドゥラレヴィの者だ」
「大地です。サーカス団、ソル・フロールの団長をしています」
大地は椅子を二つ下ろした。
無理に並べず、少し間を空ける。
自分も、その前に腰を下ろした。
「森で、何が起きているんですか」
リオルの視線が、ダレンから大地へ戻る。
「里長のネイアス様が、出入りの確認を厳しくしている。知らない一団を、そのまま里へ通すわけにはいかない」
「だから、何をしに来たのか確かめたかった?」
「ああ。舞台で見たもの以外に、何を運んでいるのかも」
背後の荷台には、幕や木箱が積んである。
その隅で、マルディが帽子を押さえた。
「骨まで数えられそうっすね……」
大地は軽く手で制し、話を続けた。
「警戒している相手は、ドゥラレヴィですか」
リオルは頷いた。
「世界樹を取り戻すと言っている。だが、あそこには今、私たちの家がある」
ダレンの顔が強張った。
「俺たちには、帰ることさえ認めないのか」
「それを私一人に言われても、答えられない」
声は静かだった。
けれど、膝の上の手は硬く握られている。
「私にも、里で待っている家族がいる」
ダレンが何か言いかけた。
大地は、その前へ言葉を挟んだ。
「昔のことは、どこで聞けますか」
二人の目が向く。
「どうして一緒に暮らせなくなったのか。まだ、そこを知らないんです」
リオルが長く息を吐いた。
「里の者に、話を聞くといい。ネイアス様へ取り次げるかは、戻って確かめる」
「俺も、里へ戻って話す」
ダレンが言う。
「勝手に招くわけにはいかない。ただ、子供たちに公演を見せたいと思った。それは本当だ」
大地は頷いた。
二人とも、里のすべてを決められる立場ではない。
それでも、暮らす者の顔は少し見えた。
*
道については、二人の話が重なる部分もあった。
大地の地図へ、リオルが指を置く。
「町を出て、この街道を進む。森へ入る手前までは同じだ。そこから、道が分かれる」
「ユグドゥーラへは?」
「こちらだ。入口で名を伝える。通してもらえる保証はないが、私も一緒に行ける」
ダレンは、もう一方を指した。
「俺はこっちへ帰る。買った物を届けないといけない」
袋の口から、布の包みが覗いている。
彼はそれを押し込み、大地を見た。
「先に向こうへ行くからって、俺たちの話をそこで終わりにしないでくれ」
大地は地図を畳まなかった。
二つの道を、もう一度見た。
「聞いたことを、そのまま全部信じるとも約束できません」
ダレンの眉が動く。
「でも、あなたの話も忘れません。ドゥラレヴィへ行けるかどうかも、確かめたい」
彼はしばらく大地を見てから、頷いた。
「……それでいい」
出発は、明日の朝。
今日はこの町で、約束した公演がある。
二人とも用事を済ませ、夕方にまた広場へ来ることになった。
*
「疲れたか?」
支度へ戻る大地に、ジャンヌが聞いた。
「少し。言葉を選ぶのは、舞台より難しいな」
「私も、取り戻したいという話だけなら頷いていたと思う」
彼女は空の椅子を持ち上げた。
「だが、あのエルフにも家族がいる」
「ああ」
「何も知らないまま、剣を向ける相手を決めなくてよかった」
大地も立ち上がった。
「まず、俺たちの仕事だ」
『はい、マスター!』
ラステリが荷台から跳ねる。
フランも、畳んだ布を抱えて来た。
「とと、これ、ここ?」
「ああ。ジャンヌと一緒に頼む」
朝に試したライオンの姿は、今日の演目には入れなかった。
変われることと、観客の前で演じられることは違う。
ジャンヌは布を受け取り、ラステリと合図を確かめた。
*
夕方。
広場には、昨日より多くの人が集まった。
「さぁ、開演だ!」
大地が右手を掲げる。
舞台の灯りに、子供たちの顔が浮かぶ。
ラステリが玉を投げる。
今度は、一つを大地へ返した。
大地が受け損ねかけ、大げさに両手を回す。
やっと掴んだ玉の上へ、ラステリがもう一つ乗せた。
「まだ来るのか!」
笑い声。
最前列の子供が、膝を叩く。
マルディは帽子を追いかけ、ついに両手で押さえ込んだ。
得意げに掲げる。
すると、その頭には別の帽子が乗っていた。
「どっから来たんすか、これ!」
ジャンヌが真顔で、自分の持っていた帽子も差し出す。
骸骨の道化が、がくりと膝をついた。
客席の端で、ダレンが吹き出した。
少し離れた場所では、リオルも口元を緩めている。
最後に、フランが歌った。
通りを歩いていた人が立ち止まり、荷台に腰かけていた商人が顔を上げる。
歌が終わると、広場いっぱいに拍手が返った。
大地は仲間たちと頭を下げた。
指輪の奥に、温かな感情が流れ込んでくる。
*
終演後も、二人が並んで話すことはなかった。
ダレンは先に広場を離れ、リオルは明朝の待ち合わせを確かめて宿へ戻る。
「……同じ舞台を見たくらいじゃ、変わらないっすね」
マルディが、客席を見て言った。
大地は椅子を畳む。
「でも、二人とも今日も来てくれた」
「そうっすね」
それ以上のことは、まだ分からない。
大地は地図を荷物の上へ置いた。
明日は、紙の上の線を実際に辿る。
片付けの途中、ダレンが戻ってきた。
見慣れない木の実を包んだ、小さな袋を差し出す。
「旅の途中で食べてくれ。里で採れるものだ」
大地が礼を言うと、彼は少し困ったように笑った。
「……俺は、里の子供があんなふうに笑うところを見たいだけなんだ」
その言葉を残し、今度こそ去っていった。
大地は袋の口を結んだ。
地図と一緒に、落とさない場所へしまう。
ジャンヌが隣で、荷台の留め具を閉めた。
「行こう。まずは、見てからだ」
「ああ」
森へ向かう準備は、整った。




