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『転生したら最弱ダンジョンマスターになったので、サーカスを始めたいと思います!』  作者: フミンチュ
5章 相克の双里―ユグドゥーラ/ドゥラレヴィ

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2.帰る場所、立つ舞台

「元々、俺たちの故郷でもあるんだ」


旅人の拳が、膝の上で握られていた。

大地は運びかけた椅子を戻し、彼にも勧めた。


「昔は、一緒に暮らしていたんですか」


「ああ。世界樹のもとでな。エルフも、俺たちダークエルフも」


旅人が腰を下ろす。

片付けを終えたジャンヌが、大地の隣へ立った。


「戦争で、俺たちは追い出された。今の里は、その後に築いた場所だ」


「何がきっかけで?」


旅人は、すぐには答えなかった。


「……長い話だ。俺が知っているのも、里で伝えられてきたことだからな」


自分の拳へ目を落とす。


「ただ、追われた後も生きてきた。畑を作り、家を建て、子を育てて。故郷を忘れたわけじゃない」


夕方の風が、広場を抜けた。


「女王様は、世界樹を取り戻そうとしている」


「ドゥラレヴィの女王?」


「ジーリア様だ。里の暮らしを支えてくださっている。俺がこうして買い出しに来られるのも、帰って荷を受け取る者がいるからだ」


足元の袋には、町で買った針や糸が覗いていた。

武器ではない。

大地はそれを見てから、顔を上げた。


「里の子供たちにも、歌を聞かせたいと言っていましたね」


「ああ。あの帽子を追いかける骸骨も、きっと喜ぶ」


「歌だけじゃなかったっすか!」


荷台から声が飛ぶ。

旅人の顔が、初めて少し緩んだ。


「明日の公演も、見に来てください。そのあと、道のことも聞かせてもらえますか」


「里へ来るのか?」


「まだ決めていません。俺たちは、森の様子をほとんど知らないので」


大地は言葉を選んだ。


「公演するなら、迎える側にも納得してもらいたい」


旅人がゆっくり頷く。


「分かった。明日、また来る」


*


宿へ戻る途中、ジャンヌが口を開いた。


「故郷を取り戻したい気持ちは、分かる」


大地は隣を見る。


「だから、すぐに味方をすると?」


「いや」


彼女は首を振った。


「私には、向こうの里で暮らす者の顔が見えていない。あの男にも、同じものが見えていないのかもしれない」


自分たちは、城に残っていた兵士の事情さえ知らなかった。

門を開けた男には、牢に囚われた弟がいた。

ジャンヌは、あの兄弟のことを思い出していた。


「話を聞くなら、もう片方からもだな」


「ああ」


大地が頷く。


「まずは、明日の公演をちゃんとやろう」


*


翌朝。

ジャンヌは宿で借りた裏庭に、大地を呼んだ。


剣は壁際へ置いてある。

首元には、向日葵の飾り。


「聖獣化を、試してみたい」


大地が彼女の顔を見る。


「傷は?」


「動くのに支障はない。だが、何が起きるか分からないから、一人ではやらない」


「……分かった。みんなにも声をかけよう」


宿の主人には、新しい芸の練習をすると伝えた。

人が入らないよう裏庭を借り直し、道具も端へ寄せる。


フランとマルディは離れた場所へ。

ラステリも、ジャンヌの足元から下がった。


「今日は、変われるか確かめるだけだ」


「分かっている」


ジャンヌが目を閉じる。

自分の内側へ意識を向け、息を整えた。


「……聖獣化」


淡い光が、身体を包んだ。


大地は思わず、息を止めた。

立っていた彼女の輪郭が低くなり、四つの足が地面を捉える。

金色の毛並み。

しなやかな背中。

長い尾が、ゆっくり揺れた。


そこにいたのは、一頭のライオンだった。


「じゃんぬ……?」


フランが小さく呼ぶ。

ライオンの耳が動いた。

その金色の目が、フランへ向く。


大地はしゃがんだ。

少し距離を空けたまま、視線を合わせる。


「聞こえてるか?」


ジャンヌが、一度頷いた。


「戻れそうなら、戻ってみよう。動くのは、それからでいい」


彼女は動かずに目を閉じた。

尾の動きが止まる。

数呼吸のあと、再び光が包み、見慣れた姿へ戻った。


大地が差し出した椅子へ、ジャンヌが腰を下ろす。


「……妙な感覚だ」


「気分は悪くないか」


「ああ。ただ、立ち方から違う。走れると思うが、どう止まるかは分からない」


自分の足を見て、眉を寄せる。


「試さなくてよかったな」


「そうだな」


大地は水を渡した。

変われた。

戻ることもできた。

それ以上は、まだ何も確かめていない。


「今日は、ここまでにしよう」


ジャンヌは少し惜しそうに裏庭を見たが、頷いた。


*


『ジャンヌさん、すごかったです』


ラステリが椅子の横へ来た。


「驚かせたか?」


『少し。でも、あの姿で舞台に出たら、きっとみんな驚きます』


ジャンヌの手が止まった。


「……舞台に?」


「似合うと思うっすよ。堂々と歩くだけでも、目を引くっす」


マルディが両手で、大きな輪を描く。


「ラステリと並んだら、体の大きさの違いも使えるな」


大地が言いかけ、ジャンヌを見た。


「やってみたいか?」


彼女はすぐには答えなかった。

昨日、布の向こうから見えた子供の顔。

自分の仕草で、広がった笑い声。


「……ああ。道具を渡すだけでなく、私にもできるなら」


「じゃあ、歩くところから練習しよう。合図して、止まって、仲間と位置を合わせる」


「剣の稽古より、地味だな」


「そこが合わないと、隣に立てないからな」


『僕も、一緒に練習します!』


フランが羽を揺らした。


「わたし、歌う!」


ジャンヌは仲間を見回した。

そして、首元の花へそっと触れる。


「頼む」


短い言葉に、皆が頷いた。


*


昼前、広場の支度を始めた頃。

昨日のダークエルフが、約束通りに現れた。


だが、大地へ声をかける前に足を止める。

その視線の先には、別の旅人がいた。

白い肌と、尖った耳。

昨日、同じ公演を見ていたエルフだった。


彼もまた、大地に話しかけようとしていた。


「……森へ行くと聞いた」


エルフが先に口を開く。


「ユグドゥーラまでなら、道を教えられる。ただし、先に確かめたい」


視線が、ダークエルフへ移った。


「お前たちは、誰に招かれている?」


ダークエルフの袋が、握り締められた。

ジャンヌは大地の横へ立った。

剣へは、手をかけない。


大地は二人の顔を見た。

昨日、置き去りにされた空席を思い出す。


「まだ、誰の招きも受けていません」


まず、そう答えた。


「これから話を聞きたいんです。二人とも」

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