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『転生したら最弱ダンジョンマスターになったので、サーカスを始めたいと思います!』  作者: フミンチュ
5章 相克の双里―ユグドゥーラ/ドゥラレヴィ

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1.同じ拍手を聞く場所

森へ向かう荷車が、分かれ道で引き返してきた。


大地は馬車を道の端へ寄せ、すれ違う御者へ声をかけた。


「この先、何かあったんですか?」


「道は通れる。俺は荷を売る相手が決まらなくてな」


御者は積んだ木箱を振り返る。


「片方へ運べば、もう片方には来るなと言われかねん。今は手前の町で売った方がましだ」


どちらのことか聞く前に、馬が歩き出した。

大地は見送ってから、膝の上の地図を開く。


ユグドゥーラ。

ドゥラレヴィ。


ジュラルから聞いた二つの里の名を、指で辿った。


「噂だけではなさそうだな」


隣でジャンヌが言った。


「ああ。まずは町で聞こう」


馬車が揺れる。

彼女の肩が触れ、大地が少しだけ顔を向けた。

目が合うと、互いに言葉が止まる。


「……前を見ろ。轍が深い」


「分かってる」


ジャンヌはいつも通りの顔へ戻った。

ただ、首元の小さな向日葵へ触れた指は、しばらく離れなかった。


*


街道沿いの町には、荷馬車が何台も留まっていた。

宿の軒下には売り先を待つ木箱。

広場では、行商人が地図を囲んでいる。


大地たちは宿を取り、馬と荷を落ち着かせてから話を聞いた。


「世界樹の森へ行くつもりかい?」


宿の主人が眉を寄せる。


「ユグドゥーラのエルフとは、昔から取引がある。だが最近は、森へ入る者を随分調べるようになったそうだ」


「もう一つの里は?」


「ドゥラレヴィだな。そっちへ通う商人も、この町に泊まるよ。何が始まるのか、皆気にしてる」


詳しい事情を知る者は少なかった。

聞く相手によって、警戒している側の名前も変わる。


大地は、広場の空いた一角を見た。

荷待ちの子供が、木箱の縁へ顎を乗せている。


「ここで、公演はできますか」


「……こんな時に?」


「待ってる間、少しでも楽しんでもらえれば」


主人は子供を見てから、広場を管理する者を教えてくれた。


許可を取り、通行を妨げない場所を借りる。

大地が舞台の範囲を決めると、ジャンヌも荷台へ手を伸ばした。


「重い方を運ぶ」


「持ち手が緩んでる。二人で持とう」


「ああ」


彼女は大地の動きに合わせ、箱を下ろした。

剣を振るう時とは違う呼吸。

それを、一つずつ覚えていく。


*


「ジャンヌさん、布は合図があってからっす」


マルディが帽子を傾けた。

ラステリは、畳んだ布の陰で小さく跳ねる。


『僕が二回、跳ねます。それでお願いします』


「分かった。これだな」


ジャンヌが布を引く。

早すぎた。

まだ形を整えていなかったラステリが、慌てて丸くなる。


『あ、あと一回です!』


「……すまない」


「大丈夫だよ」


大地が言った。


「間に合わなかった時の動きも決めよう。止まって困るより、二人で続けられる方がいい」


ジャンヌは少し考え、布を持ち直した。


「私がラステリを隠し損ねたら、私の方を隠すのはどうだ」


『えっ?』


「そっちを見ていれば、お前は準備できるだろう」


大地が笑った。


「それ、やってみよう」


*


夕方、広場に人が集まった。


旅装の人間。

獣人の親子。

端の方には、尖った耳を持つ二人の旅人もいた。

一人は肌が白く、もう一人は褐色の肌をしている。

二人の間には、椅子がいくつも空いていた。


「さぁ、開演だ!」


幕が開く。

ラステリが玉を受け、分裂体へ渡す。

マルディの帽子から、幻の花が溢れた。


最前列の子供が、身を乗り出す。


ジャンヌが布を掲げた。

陰でラステリが、一回。

二回。


今度は、ぴたりと合った。

布の下から、丸い身体が三つ並んで現れる。


拍手。

ジャンヌの耳が、そちらへ向いた。


次の合図では、あえて一拍早く布を引く。

準備中のラステリを見て、彼女は大真面目に自分の顔を布で隠した。


「……今のは、見なかったことにしてくれ」


子供たちが笑う。

布の脇から、三体のラステリが揃って顔を出した。


『もう大丈夫です!』


彼女は布を下ろし、今度は観客へ一礼した。


舞台袖へ戻った時、握っていた布には皺が寄っていた。


「剣より難しい」


「でも、ちゃんと届いた」


大地の言葉に、彼女は客席を見た。

子供が、さっきの真似をして顔を隠している。


「……ああ」


小さく笑う。


フランが歌い始めると、広場のざわめきが落ち着いた。

端に座る二人も、舞台を見ていた。


終演の拍手が上がる。

白い肌の旅人が手を叩く。

褐色の肌の旅人も、同じように手を叩いた。


だが、立ち上がって互いに気づいた瞬間。

二人の表情が硬くなった。


一人は宿の方へ。

もう一人は、反対の路地へ。

言葉を交わさず、離れていった。


*


片付けの途中、大地は空いた椅子を重ねていた。


「あの二人、同じところで笑ってたな」


ジャンヌが横へ来る。


「ああ。だが、それだけで済む話なら、ジュラルも苦労はしない」


大地は頷いた。

拍手が重なっても、知らない過去まで消えるわけではない。


最後の椅子を持ち上げた時、足音がした。

終演後に路地へ去った、褐色の肌の旅人だった。


「……あの歌を、もう一度聞ける場所はあるか」


「明日もここで公演する予定です」


旅人はほっとしたように息を吐き、それから言い淀んだ。


「里の子供たちにも、聞かせたいと思った」


大地は椅子を置いた。


「どちらの里ですか?」


相手の視線が、彼の背後へ動く。

ジャンヌの剣。

片付けをする仲間たち。


「ドゥラレヴィだ」


低い返事。

大地は先ほどと同じ調子で頷いた。


「どんな場所か、聞かせてもらえますか」


旅人は、少し驚いた顔をした。


「エルフから、何か聞いていないのか?」


「まだ、ほとんど何も」


短い沈黙のあと、旅人が森の方を見た。


「……俺たちが、世界樹を奪おうとしていると言う者はいる」


拳が、ゆっくり握られる。


「だが、あそこは元々、俺たちの故郷でもあるんだ」

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