1.同じ拍手を聞く場所
森へ向かう荷車が、分かれ道で引き返してきた。
大地は馬車を道の端へ寄せ、すれ違う御者へ声をかけた。
「この先、何かあったんですか?」
「道は通れる。俺は荷を売る相手が決まらなくてな」
御者は積んだ木箱を振り返る。
「片方へ運べば、もう片方には来るなと言われかねん。今は手前の町で売った方がましだ」
どちらのことか聞く前に、馬が歩き出した。
大地は見送ってから、膝の上の地図を開く。
ユグドゥーラ。
ドゥラレヴィ。
ジュラルから聞いた二つの里の名を、指で辿った。
「噂だけではなさそうだな」
隣でジャンヌが言った。
「ああ。まずは町で聞こう」
馬車が揺れる。
彼女の肩が触れ、大地が少しだけ顔を向けた。
目が合うと、互いに言葉が止まる。
「……前を見ろ。轍が深い」
「分かってる」
ジャンヌはいつも通りの顔へ戻った。
ただ、首元の小さな向日葵へ触れた指は、しばらく離れなかった。
*
街道沿いの町には、荷馬車が何台も留まっていた。
宿の軒下には売り先を待つ木箱。
広場では、行商人が地図を囲んでいる。
大地たちは宿を取り、馬と荷を落ち着かせてから話を聞いた。
「世界樹の森へ行くつもりかい?」
宿の主人が眉を寄せる。
「ユグドゥーラのエルフとは、昔から取引がある。だが最近は、森へ入る者を随分調べるようになったそうだ」
「もう一つの里は?」
「ドゥラレヴィだな。そっちへ通う商人も、この町に泊まるよ。何が始まるのか、皆気にしてる」
詳しい事情を知る者は少なかった。
聞く相手によって、警戒している側の名前も変わる。
大地は、広場の空いた一角を見た。
荷待ちの子供が、木箱の縁へ顎を乗せている。
「ここで、公演はできますか」
「……こんな時に?」
「待ってる間、少しでも楽しんでもらえれば」
主人は子供を見てから、広場を管理する者を教えてくれた。
許可を取り、通行を妨げない場所を借りる。
大地が舞台の範囲を決めると、ジャンヌも荷台へ手を伸ばした。
「重い方を運ぶ」
「持ち手が緩んでる。二人で持とう」
「ああ」
彼女は大地の動きに合わせ、箱を下ろした。
剣を振るう時とは違う呼吸。
それを、一つずつ覚えていく。
*
「ジャンヌさん、布は合図があってからっす」
マルディが帽子を傾けた。
ラステリは、畳んだ布の陰で小さく跳ねる。
『僕が二回、跳ねます。それでお願いします』
「分かった。これだな」
ジャンヌが布を引く。
早すぎた。
まだ形を整えていなかったラステリが、慌てて丸くなる。
『あ、あと一回です!』
「……すまない」
「大丈夫だよ」
大地が言った。
「間に合わなかった時の動きも決めよう。止まって困るより、二人で続けられる方がいい」
ジャンヌは少し考え、布を持ち直した。
「私がラステリを隠し損ねたら、私の方を隠すのはどうだ」
『えっ?』
「そっちを見ていれば、お前は準備できるだろう」
大地が笑った。
「それ、やってみよう」
*
夕方、広場に人が集まった。
旅装の人間。
獣人の親子。
端の方には、尖った耳を持つ二人の旅人もいた。
一人は肌が白く、もう一人は褐色の肌をしている。
二人の間には、椅子がいくつも空いていた。
「さぁ、開演だ!」
幕が開く。
ラステリが玉を受け、分裂体へ渡す。
マルディの帽子から、幻の花が溢れた。
最前列の子供が、身を乗り出す。
ジャンヌが布を掲げた。
陰でラステリが、一回。
二回。
今度は、ぴたりと合った。
布の下から、丸い身体が三つ並んで現れる。
拍手。
ジャンヌの耳が、そちらへ向いた。
次の合図では、あえて一拍早く布を引く。
準備中のラステリを見て、彼女は大真面目に自分の顔を布で隠した。
「……今のは、見なかったことにしてくれ」
子供たちが笑う。
布の脇から、三体のラステリが揃って顔を出した。
『もう大丈夫です!』
彼女は布を下ろし、今度は観客へ一礼した。
舞台袖へ戻った時、握っていた布には皺が寄っていた。
「剣より難しい」
「でも、ちゃんと届いた」
大地の言葉に、彼女は客席を見た。
子供が、さっきの真似をして顔を隠している。
「……ああ」
小さく笑う。
フランが歌い始めると、広場のざわめきが落ち着いた。
端に座る二人も、舞台を見ていた。
終演の拍手が上がる。
白い肌の旅人が手を叩く。
褐色の肌の旅人も、同じように手を叩いた。
だが、立ち上がって互いに気づいた瞬間。
二人の表情が硬くなった。
一人は宿の方へ。
もう一人は、反対の路地へ。
言葉を交わさず、離れていった。
*
片付けの途中、大地は空いた椅子を重ねていた。
「あの二人、同じところで笑ってたな」
ジャンヌが横へ来る。
「ああ。だが、それだけで済む話なら、ジュラルも苦労はしない」
大地は頷いた。
拍手が重なっても、知らない過去まで消えるわけではない。
最後の椅子を持ち上げた時、足音がした。
終演後に路地へ去った、褐色の肌の旅人だった。
「……あの歌を、もう一度聞ける場所はあるか」
「明日もここで公演する予定です」
旅人はほっとしたように息を吐き、それから言い淀んだ。
「里の子供たちにも、聞かせたいと思った」
大地は椅子を置いた。
「どちらの里ですか?」
相手の視線が、彼の背後へ動く。
ジャンヌの剣。
片付けをする仲間たち。
「ドゥラレヴィだ」
低い返事。
大地は先ほどと同じ調子で頷いた。
「どんな場所か、聞かせてもらえますか」
旅人は、少し驚いた顔をした。
「エルフから、何か聞いていないのか?」
「まだ、ほとんど何も」
短い沈黙のあと、旅人が森の方を見た。
「……俺たちが、世界樹を奪おうとしていると言う者はいる」
拳が、ゆっくり握られる。
「だが、あそこは元々、俺たちの故郷でもあるんだ」




