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『転生したら最弱ダンジョンマスターになったので、サーカスを始めたいと思います!』  作者: フミンチュ
4章 獣帝国―ヴォル・ガイウス

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20.エピローグ

翌朝、大地は小さな箱をジャンヌへ差し出した。


「昨日の約束。ちゃんと形にしようと思って」


蓋を開ける。

中には、細い革の首輪が収まっていた。

留め具の横に、小さな金色の花がある。


「……向日葵か?」


「ああ。ソル・フロールの仲間になった記念だ」


ジャンヌが指先で花に触れる。

大地は、右手のダンジョンコアへ目を落とした。


昨日、彼女を迎えると決めてから、眷属の登録方法を調べた。

召喚した魔物とは違い、ジャンヌのような獣人をダンジョンの眷属にするには、正式な奴隷契約が必要だった。

口頭の誓いだけでは、登録されない。


そのための奴隷化アイテムが、この首輪だ。

ダンジョンの機能で用意できる品を確認し、残ったDPから必要な分を使って選んだ。


「これを装着して契約が成立すれば、ダンジョンの眷属になる。恩恵も受けられるようになるらしい」


「なるほど」


「でも、それを受けるためだけに決めなくていい。昨日の条件も変わらないからな」


ジャンヌが顔を上げる。


「嫌なことは嫌と言う。意見が違えば、言い返す」


「ああ」


「覚えている。……私が望んだことだ、大地」


落ち着いた声だった。

彼女は成人した一人の女性として、自分の行く道を選んでいた。


「つけてくれ」


大地は頷き、首輪を手に取った。

金色の髪を彼女が持ち上げる。

留め具を閉じると、小さな光が花の飾りを包んだ。


コアに、文字が浮かぶ。


【奴隷契約成立】

【ジャンヌ・プライドを眷属として登録】

【ダンジョンの恩恵を適用】

【スキル『聖獣化』を獲得】


「……聖獣化?」


大地が読み上げる。

ジャンヌは自分の手を開き、握った。


「何かが、繋がった感じはする」


「いきなり試すなよ。まだ傷も残ってる」


「お前は私を何だと思っている」


「強いけど、無茶する仲間」


少しの沈黙。

彼女は反論しかけて、やめた。


「……それは、お互い様だろう」


新しい力の扱いは、少しずつ確かめればいい。

今は、何ができるかさえ分からない。


ジャンヌが首元の花へ触れた。


「ありがとう。大切にする」


戦場では聞いたことのない、柔らかな声だった。


*


その日の午後、中庭に幕が上がった。


兵士が回廊を見張り、城の者たちが客席を整える。

負傷している者には、出入りしやすい場所を空けた。

ジュラルも仕事を区切って、端の椅子へ座る。


「本当に、許可を取りに来たな」


「約束したからな」


大地は舞台を見た。

傷んだ部材は、使えるものから直した。

派手な仕掛けは少ない。

それでも、戦うために用意したあの日より、ずっと胸が弾んでいる。


「さぁ、開演だ!」


ラステリが跳ねる。

分裂した身体が輪を描き、舞台の上を転がっていく。


『マスター、今です!』


大地が放った玉を、次々に受け止める。

最後の一つだけ、わざと頭へ乗せた。


子供が笑った。

その声につられて、隣の大人の口元も緩む。


マルディは大げさなお辞儀をした拍子に、帽子を落とした。

拾おうとした足が、今度は帽子を遠ざける。


「待つっす! 自分の出番なんすけど!」


幻の帽子が増え、骸骨の道化が両手を上げた。

客席から、笑い声が返る。


舞台袖では、ジャンヌが道具を渡していた。

首元の花が、灯りを受けて光る。


「じゃんぬ、これ!」


フランから受け取った布を、彼女が広げる。

その陰からラステリが顔を出した。

ジャンヌは思わず驚き、それを見た子供たちがまた笑う。


「……聞いていないぞ」


『す、すみません!』


「いや」


客席を見て、彼女が口元を緩める。


「もう一度やろう」


最後にフランの歌が響いた。

誰かを戦わせるための歌ではない。

人々はそれぞれの思いを抱えたまま、静かに耳を傾けていた。


牢から戻った青年が、兄の隣で手を叩く。

泣きながら笑う者もいた。


何もかも元通りになったわけではない。

失ったものは、戻らない。

それでも、今日ここで笑えたことは残る。


大地は仲間たちと並び、頭を下げた。

眷属を迎えたばかりのコアに、観客の感情が少しずつ集まっていく。


*


終演後、ジュラルが大地たちを呼び止めた。


「次は、どこへ行く?」


「まだ決め切ってない。まずは街道で、巡業できる場所を探す」


「なら、森へ向かう道は気をつけろ」


卓上に、行商人から届いた地図が広げられた。

街道の先に、大きな森が描かれている。


「食料を買い入れる時に聞いた話だ。あの辺りで、エルフとダークエルフの間が険悪になっているらしい」


ジュラルが二つの印を指す。


「エルフの里、ユグドゥーラ。ダークエルフの里、ドゥラレヴィ」


「……何があった?」


「世界樹を巡る、古い争いだと聞いている。詳しくは、俺にも分からない」


ジュラルは指を離した。


「商人も、先へ行くか迷っていた。途中の町で、改めて話を聞いた方がいい」


大地は地図を見つめた。

二つの里。

その間に描かれた、一本の大きな樹。


噂だけで、どちらが悪いか決めることはできない。

歌や舞台で、すぐに解ける話とも限らない。


「分かった。無理に踏み込まず、確かめながら進む」


ジュラルが頷いた。


「また、帰ってきてくれ」


「公演料、ちゃんと払ってもらうぞ」


「国の金は、今は使い道が山ほどあるんだ」


真顔で返され、大地が笑う。

ジュラルも、少し遅れて笑った。


*


その夜。

出発の支度を終えた大地の部屋へ、ジャンヌが来た。


「眠れないのか?」


「……話がしたい」


大地は椅子を空けた。

彼女は座り、しばらく窓の外を見ていた。


「五年、取り戻すことばかり考えていた」


「うん」


「それが終わったら、自分には何が残るのか。考えるのが怖かった」


大地は急かさずに聞いた。


「今日、道具を渡しているだけでも、楽しかった。子供が笑って……私も、もう一度やりたいと思った」


ジャンヌが彼を見る。


「明日が楽しみなのは、久しぶりだ」


「これから、増やそう」


大地が言った。


「楽しいと思える日を」


彼女の指が、そっと彼の手に重なった。

剣を握る時とは違う、ためらいのある触れ方。


「大地。今夜は、ここにいたい」


金色の瞳が、まっすぐ彼を見ていた。


「これは、私の気持ちだ。お前のそばにいたい」


大地は、その手を握り返した。


「俺も、いてほしい」


一度、彼女の目を見てから、ゆっくり顔を寄せる。

ジャンヌは逃げずに、目を閉じた。


短い口づけのあと、二人とも言葉を探せなくなった。

先に笑ったのは、大地だった。


「……こういう時、何て言えばいいんだろうな」


「舞台では、よく喋るくせに」


「台本がないからな」


「私にもない」


彼女も笑った。

肩の力が、少し抜ける。


灯りを落とす前に、もう一度、互いの気持ちを確かめた。

重ねた手を、そのままに。


窓の外では、城の灯りが一つずつ消えていった。

二人が初めて共に過ごす夜は、静かに更けていった。


*


朝の光が、薄い幕を透かしていた。


「……おはよう」


すぐそばで、ジャンヌの声がする。

大地が顔を向けると、彼女は先に目を逸らした。


「おはよう」


昨日までとは少し違う挨拶。

それが照れくさくて、嬉しかった。


「今日も、言い返すからな」


ジャンヌが小さく言う。


「無茶をしたら、止める」


「ああ。頼りにしてる」


大地の答えに、彼女はようやく彼を見た。

そして、笑った。


*


出発の時、ジュラルは城門まで見送りに来た。


「姉さん」


「ああ」


姉弟が向き合う。


「国のことは、任せてくれ。困ったら、ちゃんと誰かに助けを求める」


「そうしろ。一人で背負い込むな」


「姉さんもだぞ」


ジャンヌは一瞬黙り、大地たちを振り返った。


「……もう、一人ではない」


白い獣人が、嬉しそうに頷いた。


「行ってらっしゃい」


「行ってくる」


馬車へ、荷を積み終える。

フランが大地の袖を引いた。


「とと、次はどこで歌う?」


「まずは、街道の町で話を聞こう」


『新しいお客さん、いるといいですね』


ラステリが弾む。

マルディは荷台から身を乗り出した。


「新しい団員の初舞台も、考えないとっすね!」


「まず、失敗しない道具渡しから頼む」


ジャンヌの返事に、大地が笑った。

右手のジレンツは、黙って陽の光を受けている。


門が、開いていた。

入る者も、出る者も、足を止めて金を数える必要はない。

街の方では、朝の荷車を呼ぶ声がしていた。


大地は一度だけ、城を振り返った。

ジュラルが手を上げる。

ジャンヌも、それに応えた。


取り戻した国に、残る者がいる。

自分で選んだ未来へ、歩き出す者がいる。


馬車の車輪が回り始めた。


街道の先で、森が朝靄に霞んでいる。

その向こうに待つ二つの里のことを、彼らはまだほとんど知らない。


次の幕は、これからだ。

ソル・フロールは、新しい仲間とともに進んでいった。

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