19.それぞれの選ぶ道
牢の扉が、軋みながら開いた。
鍵を持っていた兵士が、道を空ける。
ジャンヌが先へ入り、灯りを掲げた。
痩せた人々。
毛布にくるまる者。
壁にもたれて、顔だけを上げる者。
「……出ていいのか?」
かすれた声に、ジュラルが頷いた。
「まず手当てを受けてくれ。歩けない者は、俺たちが運ぶ」
すぐに歓声は起きなかった。
信じられない。
そんな目が、こちらを見ている。
門を案内した兵士が、一人の青年の前で止まった。
「……おい」
青年が顔を上げる。
「兄さん?」
次の瞬間、兵士が膝をついた。
細い身体を抱き締める。
「生きてた……」
それ以上、言葉にならなかった。
大地は少し離れて、二人を見ていた。
フランが、その袖を掴む。
「……とと」
「ああ」
大地は小さく頷いた。
「間に合ったな」
*
夜が明けても、仕事は終わらなかった。
城内に残った武器を集める。
負傷者を運ぶ。
逃げた兵や暗殺者がいないか、通路を確かめる。
捕らえたグリードと近衛隊には、見張りをつけた。
牢から出た者たちも、全員を一括りにはできない。
税を払えず捕まった者。
反抗しただけの者。
別の罪で収監された者。
記録と本人の話を照らし合わせ、扱いを決めていく。
「……倒す方が、まだ簡単だったな」
ジュラルが机へ突っ伏しかける。
ジャンヌが、その前へ新しい書類を置いた。
「寝るなら交代してからにしろ」
「姉さんは厳しいな……」
「お前が引き受けた国だ」
ジュラルは顔を上げた。
「……ああ」
書類を手に取る。
「そうだった」
城の倉庫には、食料が残っていた。
街で食べ物を買えない者がいる一方で、ここには積み上げられている。
ジュラルは量を調べさせ、配給を始めた。
同時に行商人へ声をかけ、次の食料も買い入れる。
一度配って終わりにはできない。
明日も、その先も、人は食べていく。
大地たちも手を貸した。
休息を取ったマルディの眷属が、荷を運ぶ。
ラステリが空いた箱を集める。
フランは、疲れた人々へ水を渡した。
ジレンツは指輪へ戻り、大地の右手に収まっている。
『坊主』
低い声。
「なんだ?」
『休め』
「……お前まで言うのか」
返事はなかった。
大地は苦笑し、運んでいた箱を置いた。
*
数日後。
帝城の中庭に、人々が集まった。
レジスタンスの仲間たち。
城で働く者たち。
先代に仕えていた役人。
そして、街から来た人々。
グリードの拘束後も、国は動かさなければならない。
役人たちとレジスタンスの代表が話し合い、先代の子であるジュラルへ帝位を継ぐよう求めた。
その日、彼は人々の前へ立った。
金色の飾りは増えていない。
傷を負った腕には、まだ包帯が巻かれていた。
「俺は、ジュラル・プライド」
よく通る声。
「この国の皇帝になる」
中庭が静まる。
ジャンヌは、弟の少し後ろに立っていた。
大地たちは人々の中から見守っている。
「父の国を取り戻したかった」
ジュラルが続けた。
「でも、同じものをそのまま戻せばいいわけじゃない」
門を案内した兵士を見る。
その横に、弟がいた。
「今ここにいる、お前たちの国にする」
ジュラルが手を開く。
「まず、出入りするだけで金を取る門の税はやめる。重すぎる税も見直す」
ざわめき。
誰かが、大きく息を吐いた。
「グリードのしたことは、記録を残して調べる。加担した者も同じだ」
一拍。
「全部が明日よくなるとは、言えない」
その声に、迷いはなかった。
「だから、手を貸してくれ。困っていることを教えてくれ」
ジュラルは、まっすぐ人々を見た。
「俺一人じゃ、守れないものがある」
短い沈黙。
最初に手を叩いたのは、門を案内した兵士だった。
次に、その弟。
レジスタンスの仲間たち。
拍手が広がる。
「ジュラル様!」
声が上がった。
白い獣人の顔が、少しだけ緩む。
ジャンヌはその背中を見つめた。
長く握っていた拳を、ゆっくり開いた。
*
その夕方。
大地は中庭で、傷んだ舞台の部材を確かめていた。
「……まだ、使えるな」
「直すのか?」
振り返る。
ジャンヌだった。
戦いの汚れを落とした金色の髪。
頬の傷には、薄い布が当てられている。
「ああ。次は、普通に公演したいからな」
「城の中で?」
「今度は許可を取る」
ジャンヌが小さく笑った。
「最初からそうしてくれ」
大地も笑う。
しばらく、二人で舞台を見た。
「大地」
「ん?」
「頼みがある」
いつもより、声が硬い。
大地は手を止めた。
「聞くよ」
ジャンヌは、彼をまっすぐ見た。
「私を、お前の奴隷にしてくれ」
大地の手から、留め具が落ちた。
「……は?」
「聞こえただろう」
「聞こえたから、驚いてる」
大地が立ち上がる。
「恩を返すためなら、そんなことはしなくていい」
「それだけじゃない」
ジャンヌは首を振った。
「五年間、国を取り戻すために生きてきた。今は、ジュラルがこの国を背負う」
本館へ視線を向ける。
「私がいなくてもいいように、残る者たちと話もした。あいつにも、旅へ出たいと伝えた」
そして、大地を見る。
「今度は、私が行きたい場所を選びたい」
「……うちの団か?」
「ああ」
短い返事。
だが、その目は揺れなかった。
「お前の舞台で、私も誰かを守りたい。笑わせる方は、教えてもらう」
「仲間として来ればいいだろ」
「それでも、お前に仕えると決めたことは、形にしたい」
ジャンヌは一度、息を吸った。
「命じられたからじゃない。私が望んでいる」
大地は、すぐには答えなかった。
彼女の剣を見る。
国を取り戻すために、握り続けた手を見る。
「……条件がある」
「言え」
「嫌なことは嫌と言え。考えが違えば、今まで通り言い返せ」
ジャンヌが目を瞬かせる。
「それで、奴隷になる意味があるのか?」
「俺にとっては、仲間になる方が大事だからな」
大地は手を差し出した。
「その誓いを受け取る。でも、国を助けた代金だとは思うなよ」
「……分かっている」
ジャンヌは、差し出された手を握った。
剣を振るう時とは違う。
ほんの少し、ためらうような力。
「よろしく頼む」
「ああ。ソル・フロールへようこそ」
ジャンヌが笑った。
国を取り戻すためだけではない。
彼女自身が選んだ、次の居場所。
舞台の上を、夕暮れの光が照らしていた。




