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『転生したら最弱ダンジョンマスターになったので、サーカスを始めたいと思います!』  作者: フミンチュ
4章 獣帝国―ヴォル・ガイウス

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19.それぞれの選ぶ道

牢の扉が、軋みながら開いた。


鍵を持っていた兵士が、道を空ける。

ジャンヌが先へ入り、灯りを掲げた。


痩せた人々。

毛布にくるまる者。

壁にもたれて、顔だけを上げる者。


「……出ていいのか?」


かすれた声に、ジュラルが頷いた。


「まず手当てを受けてくれ。歩けない者は、俺たちが運ぶ」


すぐに歓声は起きなかった。


信じられない。

そんな目が、こちらを見ている。


門を案内した兵士が、一人の青年の前で止まった。


「……おい」


青年が顔を上げる。


「兄さん?」


次の瞬間、兵士が膝をついた。

細い身体を抱き締める。


「生きてた……」


それ以上、言葉にならなかった。


大地は少し離れて、二人を見ていた。


フランが、その袖を掴む。


「……とと」


「ああ」


大地は小さく頷いた。


「間に合ったな」


*


夜が明けても、仕事は終わらなかった。


城内に残った武器を集める。

負傷者を運ぶ。

逃げた兵や暗殺者がいないか、通路を確かめる。


捕らえたグリードと近衛隊には、見張りをつけた。


牢から出た者たちも、全員を一括りにはできない。

税を払えず捕まった者。

反抗しただけの者。

別の罪で収監された者。


記録と本人の話を照らし合わせ、扱いを決めていく。


「……倒す方が、まだ簡単だったな」


ジュラルが机へ突っ伏しかける。


ジャンヌが、その前へ新しい書類を置いた。


「寝るなら交代してからにしろ」


「姉さんは厳しいな……」


「お前が引き受けた国だ」


ジュラルは顔を上げた。


「……ああ」


書類を手に取る。


「そうだった」


城の倉庫には、食料が残っていた。

街で食べ物を買えない者がいる一方で、ここには積み上げられている。


ジュラルは量を調べさせ、配給を始めた。

同時に行商人へ声をかけ、次の食料も買い入れる。


一度配って終わりにはできない。

明日も、その先も、人は食べていく。


大地たちも手を貸した。


休息を取ったマルディの眷属が、荷を運ぶ。

ラステリが空いた箱を集める。

フランは、疲れた人々へ水を渡した。


ジレンツは指輪へ戻り、大地の右手に収まっている。


『坊主』


低い声。


「なんだ?」


『休め』


「……お前まで言うのか」


返事はなかった。


大地は苦笑し、運んでいた箱を置いた。


*


数日後。

帝城の中庭に、人々が集まった。


レジスタンスの仲間たち。

城で働く者たち。

先代に仕えていた役人。

そして、街から来た人々。


グリードの拘束後も、国は動かさなければならない。


役人たちとレジスタンスの代表が話し合い、先代の子であるジュラルへ帝位を継ぐよう求めた。


その日、彼は人々の前へ立った。


金色の飾りは増えていない。

傷を負った腕には、まだ包帯が巻かれていた。


「俺は、ジュラル・プライド」


よく通る声。


「この国の皇帝になる」


中庭が静まる。


ジャンヌは、弟の少し後ろに立っていた。

大地たちは人々の中から見守っている。


「父の国を取り戻したかった」


ジュラルが続けた。


「でも、同じものをそのまま戻せばいいわけじゃない」


門を案内した兵士を見る。

その横に、弟がいた。


「今ここにいる、お前たちの国にする」


ジュラルが手を開く。


「まず、出入りするだけで金を取る門の税はやめる。重すぎる税も見直す」


ざわめき。

誰かが、大きく息を吐いた。


「グリードのしたことは、記録を残して調べる。加担した者も同じだ」


一拍。


「全部が明日よくなるとは、言えない」


その声に、迷いはなかった。


「だから、手を貸してくれ。困っていることを教えてくれ」


ジュラルは、まっすぐ人々を見た。


「俺一人じゃ、守れないものがある」


短い沈黙。


最初に手を叩いたのは、門を案内した兵士だった。


次に、その弟。

レジスタンスの仲間たち。


拍手が広がる。


「ジュラル様!」


声が上がった。


白い獣人の顔が、少しだけ緩む。


ジャンヌはその背中を見つめた。

長く握っていた拳を、ゆっくり開いた。


*


その夕方。

大地は中庭で、傷んだ舞台の部材を確かめていた。


「……まだ、使えるな」


「直すのか?」


振り返る。

ジャンヌだった。


戦いの汚れを落とした金色の髪。

頬の傷には、薄い布が当てられている。


「ああ。次は、普通に公演したいからな」


「城の中で?」


「今度は許可を取る」


ジャンヌが小さく笑った。


「最初からそうしてくれ」


大地も笑う。


しばらく、二人で舞台を見た。


「大地」


「ん?」


「頼みがある」


いつもより、声が硬い。


大地は手を止めた。


「聞くよ」


ジャンヌは、彼をまっすぐ見た。


「私を、お前の奴隷にしてくれ」


大地の手から、留め具が落ちた。


「……は?」


「聞こえただろう」


「聞こえたから、驚いてる」


大地が立ち上がる。


「恩を返すためなら、そんなことはしなくていい」


「それだけじゃない」


ジャンヌは首を振った。


「五年間、国を取り戻すために生きてきた。今は、ジュラルがこの国を背負う」


本館へ視線を向ける。


「私がいなくてもいいように、残る者たちと話もした。あいつにも、旅へ出たいと伝えた」


そして、大地を見る。


「今度は、私が行きたい場所を選びたい」


「……うちの団か?」


「ああ」


短い返事。

だが、その目は揺れなかった。


「お前の舞台で、私も誰かを守りたい。笑わせる方は、教えてもらう」


「仲間として来ればいいだろ」


「それでも、お前に仕えると決めたことは、形にしたい」


ジャンヌは一度、息を吸った。


「命じられたからじゃない。私が望んでいる」


大地は、すぐには答えなかった。


彼女の剣を見る。

国を取り戻すために、握り続けた手を見る。


「……条件がある」


「言え」


「嫌なことは嫌と言え。考えが違えば、今まで通り言い返せ」


ジャンヌが目を瞬かせる。


「それで、奴隷になる意味があるのか?」


「俺にとっては、仲間になる方が大事だからな」


大地は手を差し出した。


「その誓いを受け取る。でも、国を助けた代金だとは思うなよ」


「……分かっている」


ジャンヌは、差し出された手を握った。


剣を振るう時とは違う。

ほんの少し、ためらうような力。


「よろしく頼む」


「ああ。ソル・フロールへようこそ」


ジャンヌが笑った。


国を取り戻すためだけではない。

彼女自身が選んだ、次の居場所。


舞台の上を、夕暮れの光が照らしていた。

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