17.黒い壁の向こうへ
レジスタンス本隊が、舞台の左側へ並ぶ。
剣。
槍。
使い込まれた盾。
黒い近衛隊の装備とは、比べものにならない。
それでも、誰一人として目を逸らさなかった。
「ジュラル様、指示を!」
仲間の声に、ジュラルが中庭を見渡す。
近衛兵。
武器を置いた兵士たち。
倒れた眷属。
そして、まだ歌っているフラン。
「左を支えてくれ! 下がった奴を追わせるな!」
「了解!」
本隊が動く。
だが、黒い鎧の列は崩れない。
長槍の穂先が揃う。
前へ出ようとした仲間が、慌てて盾を上げた。
「くっ……!」
「押し返せ!」
近衛隊の怒号。
その一歩で、レジスタンスの列が後ろへ下がった。
大地は足元を見る。
敵の歩幅。
槍を突き出す順番。
その後ろで、剣を構える者。
「……一人ずつ相手にするな」
ジュラルが振り返る。
「あいつらは列で戦ってる」
「じゃあ、どうする?」
「列を崩す」
大地はマルディを見る。
「幻術で、前を隠せるか?」
「長くは無理っすよ。眷属も動かしてるんで」
「一瞬でいい」
大地は仲間の位置を確かめた。
「フラン、合図で強く。ラステリは、槍が下がったところへ」
『分かりました!』
「ジャンヌ、ジュラルと左を崩せ」
「ああ」
ジャンヌが弟の横へ立つ。
ジュラルの手には、ジレンツの槍。
ジャンヌは、自分の剣を握っている。
二人が視線を交わした。
ダンジョンで何度も合わせた呼吸。
今は、言葉がいらなかった。
「……いくぞ」
大地が片手を上げる。
マルディの指先から、光が広がった。
舞台の前へ、赤と金の幕が現れる。
幻の布が揺れ、こちらの姿を隠した。
「小細工を!」
近衛兵が槍を突き出す。
手応えはない。
「今だ!」
フランの歌が、強く響く。
幕の下から、ラステリが飛び出した。
一体が槍の柄へ。
もう一体が、足元へ。
『こっちです!』
敵の穂先が下がる。
ジュラルが、その柄を黒銀の槍で外へ払った。
開いた隙間へ、ジャンヌが入る。
大振りにはしない。
剣を持つ手を狙い、刃を弾く。
さらに一歩。
隣の近衛兵が、彼女へ向き直った。
その動きが、揃っていた列を乱す。
「左、押せ!」
ジュラルの声。
レジスタンスが盾を並べて踏み込んだ。
一人では止められなかった重さを、何人もで押し返す。
黒い鎧が後退する。
前列と後列がぶつかった。
下がる場所を失った一人が、膝をつく。
「武器を離せ!」
ジュラルが槍を突きつけた。
近衛兵は剣へ手を伸ばす。
ラステリが、その手を体当たりで弾いた。
本隊の二人が押さえ込む。
一つ。
黒い壁に、穴が開いた。
「アニキ、幕はもう保たないっす!」
「十分だ!」
幻の幕が消える。
近衛隊は、もう同じ列ではなかった。
それでも戦いは続く。
崩れた場所を埋めようと、後列が動いた。
大地が叫ぶ。
「そこを戻させるな!」
眷属が走る。
レジスタンスが続く。
正面から押すだけだった戦いが、変わっていった。
*
バルコニーで、グリードが手すりを握った。
「何をしている!」
その声に、一人の近衛兵が振り返る。
「歌う魔物を殺せ! あれが中心だ!」
黒い鎧が、舞台の側面へ回り込む。
大地が気づいた時には、敵の腕が上がっていた。
手には、短い投げ槍。
狙いはフラン。
「フラン、下がれ!」
フランが翼を畳む。
投げ槍が飛んだ。
ジャンヌが舞台の脇へ駆ける。
剣の腹で軌道を逸らした。
槍は舞台の端へ突き刺さる。
ジャンヌが着地した瞬間、近衛兵が迫った。
重い剣。
受けた彼女の腕が、震えた。
「ジャンヌ!」
大地は駆け寄りかけ、足を止める。
自分が入れば、彼女の守るものが増える。
「ジュラル、ジレンツをジャンヌへ!」
「おう!」
ジュラルが近くの仲間へ前を任せる。
槍が指輪へ戻り、彼の手から投げ渡された。
受け取ったジャンヌの左手で、黒銀の盾になる。
次の斬撃が、盾へぶつかった。
ジレンツは何も言わない。
ただ、その腕を支えるように形を定める。
「ラステリ、後ろ!」
分裂体が敵の背後へ跳ぶ。
気を取られた、その一瞬。
ジャンヌが盾で押し、剣で武器を弾いた。
眷属たちが、敵の腕へ取りつく。
ようやく。
舞台の側面が空いた。
「……前に出るなと言っただろう」
ジャンヌが大地へ言う。
「出てない」
「出かけた」
大地が黙る。
ジャンヌは一度だけ、彼の顔を見た。
「そこで見ていろ。私たちを」
命令のような声。
けれど、その目には信頼があった。
「……分かった」
大地は頷く。
「頼む」
ジャンヌが盾を構え直した。
フランが息を吸う。
短く途切れた歌が、再び中庭へ広がった。
*
「押し込め!」
ジュラルの声に、本隊が動く。
近衛兵たちが、本館前へ後退していく。
武器を落とした者は、レジスタンスが拘束した。
倒れた仲間へ肩を貸す者もいる。
追撃より先に、傷ついた者を下げる。
ジュラルは、それを止めなかった。
「無理して追うな! ここを押さえればいい!」
大地は、その声を聞いていた。
父の国を取り戻すと言った男が。
今、目の前にいる者たちを見ている。
バルコニーへ視線を戻す。
グリードの姿がなかった。
開いた扉だけが、暗く残っている。
「逃げたか……?」
ジュラルが呟く。
「まだ分からない」
ジャンヌが本館を睨む。
その時、内側から音がした。
硬い靴音。
ゆっくりと、近づいてくる。
本館の扉が開いた。
豪奢な服の上に、金色の胸当て。
腰には、装飾の多い剣。
ゾル・グリードが、階段の上に立っていた。
「役立たずどもが」
倒れた近衛兵へ、目も向けない。
その視線が、白い獣人を捉えた。
「ジュラル・プライド」
低く、名前を呼ぶ。
「父親と同じ末路を望むか」
ジュラルの拳が握られた。
ジャンヌが、弟の横へ立つ。
大地も、本館へ向き直った。
金色の鞘から、剣が抜かれる。
今度は、グリード自身が。
舞台の前へ降りてきた。
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