16.開かれた門
近衛兵の剣が、眷属の肩を砕いた。
崩れた身体を越えて、黒い鎧が踏み込んでくる。
「ジャンヌ、右!」
「ああ!」
ジャンヌが自分の剣で刃を受け流す。
真正面から受け止めず、敵の腕を外へ逸らした。
その隙にラステリの分裂体が跳ぶ。
『足、止めます!』
膝の裏へ体当たり。
近衛兵の姿勢が崩れ、眷属たちが再び間に入った。
だが、すぐ後ろには次の敵がいる。
「……きりがないっすね」
マルディの声から、いつもの軽さが薄れていた。
大地は左の回廊を見る。
ジュラルの姿は、もう見えない。
ジレンツも、彼と一緒だ。
ここで必要なのは、あいつらが戻るまで持ちこたえること。
「前へ出なくていい。崩れたところだけ塞げ!」
「了解っす!」
舞台の左側。
武器を置いた兵士たちが身を寄せ合っていた。
一人が、倒れた眷属を見つめる。
「……俺たちを守るために」
「そいつら、丈夫っすから」
マルディが口元を上げた。
「でも、無駄に壊されたくはないっす。下がっててください」
男は唇を噛み、負傷した仲間へ肩を貸した。
別の兵士が、倒れた者を舞台の陰へ引きずる。
剣を持たなくても、できることはあった。
大地は短く頷く。
「助かる」
その一言に、兵士が顔を上げた。
*
左の回廊を、ジュラルは走っていた。
前を行くのは、武器を捨てた兵士。
角を曲がるたび、男が背後を確かめる。
「この先だ!」
通路の向こうに、門の内側が見えた。
外からは、打撃音と怒号が響いている。
門兵たちは入口へ意識を向けていた。
だが、駆け込んできた二人に気づき、槍を構える。
「止まれ!」
ジュラルが足を止める。
黒銀の槍を握る手に、力が入った。
一人を倒せば、次。
そう考えかけて、兵士の顔を見る。
怯えていた。
中庭で見た者たちと、同じように。
「俺はジュラル・プライドだ!」
声を張る。
「この門を開けに来た!」
「プライド……?」
門兵の視線が、白い獣人の顔へ集まった。
「逆らえば、家族が……」
一人が呟く。
案内役の兵士が前へ出た。
「俺もそう思ってた」
震えている。
それでも、逃げなかった。
「弟を捕まえた奴の命令を聞けば、いつか返してもらえるって」
ジュラルは黙って聞く。
「でも、あいつらは俺を斬ろうとした。剣を置いただけで」
男は門を振り返った。
「このまま閉めていても、俺たちは守られない」
門兵の槍先が、わずかに下がる。
その時。
「何を喋っている!」
奥から黒い鎧が現れた。
近衛兵だった。
「反逆者を殺せ!」
剣が抜かれる。
向いた先は、案内役の男。
ジュラルが間に入った。
槍の柄で剣を受け、押し返す。
「こいつは戦ってねぇだろ!」
重い刃が滑る。
近衛兵は空いた手でジュラルの襟を掴もうとした。
ジュラルが半歩、身体をずらす。
ダンジョンで覚えた。
ただ殴るだけじゃない。
相手の動きを見て、崩す。
槍を短く持ち直し、柄を敵の膝へ打ち込む。
黒い鎧が傾いた。
だが、倒れない。
振り直された剣が、ジュラルの肩へ迫る。
ガンッ。
横から伸びた槍が、その腕を止めた。
門兵の一人だった。
「……俺の息子も、腹を空かせてる」
男は歯を食いしばっていた。
「もう、こんな命令は聞けない」
ジュラルが踏み込む。
槍の石突きを胸当てへ叩きつけた。
近衛兵が壁へぶつかり、剣を落とす。
門兵たちが押さえ込んだ。
ジレンツは一言も発しない。
ジュラルの手の中で、静かに形を保っていた。
「門を!」
案内役の兵士が叫ぶ。
太い閂。
一人では持ち上がらない。
ジュラルは槍を壁へ立てかけ、両手をかけた。
門兵たちも並ぶ。
「せーのっ!」
重い木が、軋みながら動いた。
門が開く。
ジュラルはジレンツの槍を取り、外の仲間へ手を振った。
「中庭へ! みんなが待ってる!」
*
中庭で、ジャンヌの剣が弾かれた。
握り直すより早く、近衛兵が間合いを詰める。
「ラステリ!」
大地の声。
分裂体が敵の顔へ飛びついた。
視界が塞がる。
ジャンヌは剣を拾い、眷属の後ろへ戻った。
肩で息をする。
フランの歌が支えていても、疲れは消えない。
「……遅いな」
呟くジャンヌへ、大地が答える。
「道を作ってるんだ」
「分かっている」
剣を構え直す。
「ただ、あいつは昔から待たせる」
大地の口元が、ほんの少し緩んだ。
その時。
遠くで、重い音が響いた。
戦いの音とは違う。
大きなものが、動く音。
続いて。
「開いたぞ!」
誰かの叫び。
左の回廊から、足音が近づいてくる。
「大地!」
白い獣人が姿を現した。
その後ろには、レジスタンスの仲間たち。
傷を負い、息を切らし、それでも走ってくる。
案内役の兵士も、一緒だった。
「待たせた!」
ジュラルが黒銀の槍を掲げる。
ジャンヌが息を吐いた。
「本当にな」
大地は、迫る近衛兵へ視線を戻す。
舞台は、まだ残っている。
歌も、止まっていない。
「マルディ、左を空けろ! 本隊を迎える!」
「待ってたっすよ!」
眷属の列が動く。
仲間たちが、その間へ入った。
逃げ込むためだけに守っていた場所へ。
今度は、城を取り戻す者たちが並ぶ。
ジュラルが大地の横へ立つ。
「次は、どこだ?」
大地は本館を見た。
バルコニーの男を。
「まず、目の前を空ける」
フランが息を継ぐ。
ラステリが跳ねる。
ジャンヌが剣を上げた。
閉ざされていた門は、開いた。
今度は。
この黒い壁を、崩す番だった。
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