14.選ぶ者たち
中庭を見下ろすバルコニー。
そこに立つ男を見た瞬間。
空気が変わった。
「……ゾル・グリード」
ジャンヌが低く名前を呼ぶ。
その声には、これまで大地が聞いたことのないほど強い怒りが混じっていた。
隣ではジュラルも拳を強く握っている。
「ようやく出てきやがったな……!」
グリードは二人には目もくれず、中庭を見渡した。
赤と金に彩られた舞台。
歌うフラン。
分裂して舞台を駆け回るラステリ。
幻術で夜空を彩るマルディ。
そして、その中心に立つ大地。
「くだらん」
グリードが吐き捨てる。
「我が城へ忍び込み、何を始めるかと思えば……見世物か」
「サーカスだ」
大地が答える。
「同じことだ」
「全然違う」
即答。
グリードの眉がわずかに動いた。
「……貴様が、この反乱を指揮している人間か?」
「指揮?」
大地は首を傾げる。
「違うな」
「何?」
「俺は舞台を作ってるだけだ」
大地は周囲を見る。
兵士たち。
ジュラル。
ジャンヌ。
そして仲間たち。
「何を選ぶかは、ここにいる奴らが決める」
「馬鹿馬鹿しい」
グリードが笑う。
「民衆に何が選べる?」
中庭が静かになる。
「国とは、力ある者が導くものだ」
「……」
「弱者は従えばいい。考える必要などない」
ジャンヌの表情が険しくなる。
「父とは……正反対だな」
グリードが初めてジャンヌを見る。
「まだ先代の話をするか、ジャンヌ・プライド」
「するさ」
「だから貴様の父は滅びた」
「……!」
ジャンヌが剣を握る。
だが。
「ジャンヌ」
大地が呼んだ。
彼女が振り返る。
「俺じゃないだろ」
「何?」
「この国の奴らに言うのは」
ジャンヌが目を見開いた。
大地は一歩横へ退く。
舞台の中央。
そこを空ける。
「……お前だ」
しばらく。
ジャンヌは動かなかった。
だが。
やがて。
一歩。
舞台へ出た。
「私は――」
兵士たちが彼女を見る。
「ジャンヌ・プライド」
その名前に、ざわめきが起きる。
「先代帝王ジーゼル・プライドの娘だ」
「プライド……?」
「生きていたのか?」
「先代の……」
ジャンヌは兵士たちを見渡す。
「私は、お前たちに私のために戦えとは言わない」
ざわめきが止まる。
「レジスタンスへ加われとも言わない」
ジュラルが少し驚いたように姉を見る。
「ただ」
ジャンヌは続けた。
「自分で選べ」
剣を握る手。
それをゆっくり下ろす。
「グリードのために剣を振るうのか」
「この国のために剣を振るうのか」
「それとも――」
一人の兵士を見る。
「もう剣を置くのか」
フランの歌声が静かに続いている。
誰かを操る歌ではない。
ただ。
心の奥に押し込めていたものを。
そっと表へ引き出す歌。
「……俺は」
兵士の一人が呟いた。
剣を見る。
そして。
カラン。
石畳に落とした。
「もう嫌だ」
その音が。
中庭に響く。
「おい!」
隊長が叫ぶ。
「貴様、何をしている!」
「俺の弟は」
兵士が震える声で言う。
「税が払えなくて捕まった」
「……」
「俺は何のために、この剣を持ってるんだ」
もう一つ。
剣が落ちる。
カラン。
そして。
もう一つ。
「俺も……」
「俺だって……」
一人。
また一人。
武器を下ろしていく。
「貴様ら!」
グリードの怒声が響いた。
「誰のおかげで生きていられると思っている!」
だが。
その言葉で武器を拾う者はいなかった。
大地は静かにその光景を見ていた。
「ジャンヌ」
「なんだ?」
「すごいな」
「……何がだ」
「ちゃんと届いた」
ジャンヌが一瞬だけ大地を見る。
「私だけじゃない」
そして。
フランを見る。
ラステリを見る。
舞台を見る。
「お前たちが、ここまで作ったんだろう」
「……そっか」
大地が笑う。
ジャンヌも小さく笑った。
「マルディ!」
「待ってましたっす!」
マルディが両腕を広げた。
夜空へ光が昇る。
赤。
青。
黄色。
無数の光が帝城の上空で大きく弾けた。
「合図だ!」
ジュラルが叫ぶ。
その直後。
城の外から。
「うおおおおお!」
巨大な声。
外で待機していたレジスタンス本隊が、一斉に動き始めた。
「来た!」
ジュラルが笑う。
大地はグリードを見る。
「これで終わりだ」
「……終わり?」
グリードが呟く。
そして。
笑った。
「何がおかしい」
ジャンヌが睨む。
「この程度で我が城を落としたつもりか?」
グリードが指を鳴らす。
次の瞬間。
城内の巨大な扉が開いた。
重い足音。
一つ。
二つ。
十。
二十。
現れたのは。
全身を黒い鎧で覆った獣人たちだった。
一般兵とは明らかに違う。
体格。
武器。
殺気。
その全てが。
「……なんだ、こいつら」
ジュラルの表情から笑みが消える。
ジャンヌも剣を構えた。
「グリード直属の近衛隊……!」
黒い兵士たちが。
静かに。
舞台を囲む。
「民衆?」
グリードが鼻で笑った。
「兵士?」
「そんなものは、いくらでも代わりがいる」
大地の表情が変わる。
「……そうか」
「何?」
「よく分かったよ」
大地は指輪へ手を添える。
ジレンツが鈍く光った。
ラステリが大地の前へ出る。
フランが翼を広げる。
マルディの眷属が並ぶ。
ジュラル。
ジャンヌ。
そして。
レジスタンス。
「お前が」
大地はグリードを見上げる。
「何を見てないのか」
グリードの笑みが消えた。
黒い近衛兵たちが武器を構える。
舞台の上。
ソル・フロールも。
迎え撃つ。
公演は。
まだ。
終わっていない。
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