12.開演準備
翌日の夜。
大地とジャンヌは、帝城から少し離れた場所にある古い水路の入口へ来ていた。
「ここか」
半分崩れた石壁。
その奥には、人一人が通れる程度の暗い通路が続いている。
「昔はここから城へ水を引いていた」
ジャンヌが壁に手を触れながら言った。
「子供の頃、何度か近くまで来たことがある」
「入ったことは?」
「ない。父に怒られた」
「そりゃそうだろ」
大地が苦笑する。
「今日は二人だけで大丈夫なのか?」
ジャンヌが聞く。
「ああ。偵察だけだ」
「何かあったら?」
「逃げる」
「随分あっさりしてるな」
「勝つ必要がない時に戦う意味はない」
ジャンヌが少しだけ目を細める。
「お前らしい」
「行くぞ」
「ああ」
二人は水路へ入った。
中は想像以上に狭かった。
壁には苔が生え、足元には浅く水が残っている。
二人分の足音だけが、暗い通路に響く。
「……静かだな」
大地が呟く。
「怖いのか?」
「いや」
「なら黙って歩け」
「厳しいな」
ジャンヌがほんの少し笑う。
しばらく進むと、前方を鉄格子が塞いでいた。
「封鎖されていると言っただろう」
ジャンヌが格子を調べる。
「錆びてるな」
大地も近づく。
「壊せるか?」
「壊すだけなら」
ジャンヌが剣へ手を伸ばす。
「待て」
大地が止めた。
「音が出る」
「じゃあどうする?」
大地は指輪を見る。
「ジレンツ」
黒銀の光。
細身の短剣に変形。
大地は格子の古い留め具へ差し込む。
力を加えると、錆びた金具が静かに外れた。
「便利だな」
「ああ」
ジャンヌがジレンツを見る。
「……本当に変わった仲間ばかりだ」
「今さらだろ」
「それもそうだ」
二人はさらに奥へ進む。
やがて。
水路が二つに分かれた。
「……どっちだ?」
大地が聞く。
ジャンヌは目を閉じ、少し考える。
「右だ」
「分かるのか?」
「昔の城の構造を思い出している」
ジャンヌは歩きながら話す。
「この辺りの地下には厨房と兵士用の浴場があった。その水を流すための道があったはずだ」
「よく覚えてるな」
「住んでいたからな」
短い言葉。
だが。
その声には、少しだけ重さがあった。
大地は横を見る。
ジャンヌの表情は変わらない。
それでも。
ここは彼女にとって、ただの敵の城ではない。
自分の家だった場所。
父と暮らしていた場所。
奪われた場所。
「……取り戻そう」
大地が言った。
ジャンヌが足を止める。
「何?」
「この城」
大地も止まる。
「国も。全部」
「……簡単に言うな」
「簡単じゃない」
大地はジャンヌを見る。
「だからここまで来た」
ジャンヌはしばらく何も言わなかった。
暗い水路。
二人だけ。
水の音だけが続く。
「……お前は」
「ん?」
「どうしてそこまでやる?」
大地は少し考えた。
「笑ってない奴が多すぎるから」
「それだけ?」
「俺には十分だ」
ジャンヌが目を丸くする。
やがて。
「本当に変な男だな」
「よく言われる」
大地が笑う。
ジャンヌも小さく笑った。
「……頼りにしている」
「任せろ」
短い返事。
それだけだった。
だが。
ジャンヌの表情は、少しだけ柔らかくなっていた。
二人は再び歩き始める。
さらに進むと、通路の先にわずかな光が見えた。
「出口か?」
慎重に近づく。
最後は石造りの排水口だった。
鉄の蓋の隙間から、外の様子が見える。
大地がゆっくり覗く。
「……中庭だ」
そこには広い空間があった。
中央には大きな噴水。
周囲には石畳。
左右には回廊。
正面には城の本館。
二階、三階には窓やバルコニー。
かなり広い。
「ここ、昔は式典にも使われていた」
ジャンヌが小声で言う。
「兵士の任命式や、祭りの時には演奏も行われていた」
「……演奏?」
大地がもう一度中庭を見る。
広さ。
高さ。
城内からの見え方。
出入口。
そして。
人が集まれる場所。
「どうした?」
ジャンヌが聞く。
大地は笑った。
「……ここだ」
「何が?」
「舞台」
ジャンヌが眉を寄せる。
「舞台?」
「ああ」
大地は中庭を指す。
「ここでやる」
「何を?」
「決まってる」
大地は答えた。
「サーカスだ」
「……は?」
ジャンヌが固まる。
「城に忍び込んで、公演するのか?」
「そう」
「お前は正気か?」
「たぶん」
「たぶん!?」
大地は中庭を見ながら説明する。
「水路から潜入する」
「それは分かる」
「少人数で先に中庭を確保する」
「まあ分かる」
「そこから舞台を展開する」
「そこが分からない!」
ジャンヌの声が少し大きくなる。
「静かに」
大地が口元に指を当てる。
ジャンヌが睨む。
「誰のせいだ」
「悪い悪い」
大地は続けた。
「考えてみろ」
中庭を指す。
「城の中心だ」
「……ああ」
「ここで派手に始めれば、兵士の目は全部こっちを向く」
ジャンヌが黙る。
「その間にレジスタンス本隊を動かす」
「……なるほど」
「それだけじゃない」
大地は笑う。
「グリードを引っ張り出す」
「ここへ?」
「ああ」
城のど真ん中。
自分の支配する場所。
そこで。
反逆者たちが。
笑い。
歌い。
舞台を始める。
「絶対に無視できない」
ジャンヌが小さく呟いた。
「そういうこと」
しばらく中庭を見つめたあと。
ジャンヌが大地を見る。
「……考えたな」
「元々こういう仕事だからな」
「サーカスが?」
「人の視線を集める仕事」
大地は笑った。
ジャンヌも。
ほんの少しだけ笑った。
「本当に変な男だ」
「二回目だぞ」
「何度でも言う」
そして。
二人は水路を引き返した。
帰り道。
ジャンヌが少し前を歩く。
その背中を見ながら。
大地は思う。
次にここへ来る時は。
もう偵察じゃない。
その夜。
レジスタンスの拠点。
机の上に地図が広げられる。
大地が中庭へ指を置いた。
「ここを取る」
全員の視線が集まる。
「旧水路から潜入」
「中庭を確保」
「そして」
大地は笑った。
「舞台を展開する」
ジュラルが目を輝かせる。
「城の中でやるのか!?」
「ああ」
「面白ぇ!」
フランも嬉しそうに羽を広げる。
「とと、いっぱい歌う!」
『僕も頑張ります!』
ラステリも揺れる。
マルディが地図を見る。
「兵士の目を中庭に集めて、その隙に本隊を動かすってことっすね」
「ああ」
大地は仲間たちを見る。
「城を攻めるんじゃない」
一拍。
「ここを、俺たちの舞台にする」
静寂。
そして。
ジャンヌが小さく笑った。
「……なら」
剣の柄に手を置く。
「最高の舞台にしてもらおう」
大地は頷いた。
準備は整いつつある。
次に帝城へ入る時。
ショータイムの始まりだ!
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