66・ユピテルの分霊
「初めてだ。私の光線で斬れぬどころか、むしろ押し込まれかけるとは……」
ディバインは悔しがるかと思いきゃ、意外なことに感嘆していた。
理由はわかりやすいものだった。
「こいつ自分のレーザーを上回った! やるじゃん! スゲエ!」ってことらしい。
単純だな。
思い返せば、直線上にあるやつ何でもかんでも容赦なく焼き切ってたもんな、お前のそれ。通じない奴に出会えば感動もするか。
「わかってはいたが、やはり……神ということか。なかなかやるな。恐るべき存在、恐るべき雷だ」
態度すげーな。
なかなかやるとか、神に対して言うセリフかよ。人に作られたモノが人を作ったモノを褒めるとか、煽りととられても文句言えなさそうなんだが。
でもこれ、たぶんディバインからしたら、煽りで言ってんじゃないんだよな。
格上を褒めることで、そいつといい勝負してる自分も凄いだろって……つまり間接的に自分も持ち上げるとか、そういうことなんだろ、な?
まったく、レーザースラッシュが割と通用してたせいで調子づきやがって。
こりゃ釘刺しといたほうがいいか。
「おいそこの女剣士さん。太刀打ちできそうなのはいいけどさ、あまり浮かれないでくれ。敵はモノホンの神だ。この状況でしくじりの尻拭いまでしてられないぞ?」
「フッ、わかっているさ。任せておけ!」
ディバインが、ニヤリと不敵に笑う。
自信と過信に満ちているようにしか見えない、やらかす前フリみたいな笑いだ。これはおそらくわかっておりませんねぇ。
「……………………」
しかしこれ以上は刺しても無駄そうなので黙っておく。
この神さまを倒すことに集中していても、一応いつでもこいつのケツふけるよう、最低限の意識は裂いておくか。
もうこいつに入れてやれる保険はそれくらいしかない。
気を取り直し、
「──そっちのご挨拶も済んだろ? なら、今度はこちらからいかせてもらうぜ」
俺も攻めに回ろう。
どのくらい攻撃が通るのか試したい。
右手首から生やした、凄く切れる不思議な刃。
剣道の授業で適当にやってたことを適当に思い出し、適当に構える。
こんなんでいいのかな……。
……なんか違うな。
違和感をおぼえ、構えを解く。
殴り合いなら、ある程度実戦の中で学習したんだけど、剣術については、悲しいくらいからっきしだ。
やはり、一度本格的に、間狩かこのレオタード剣士にでも習うべきかもな。ただ振り回すだけってのもなんか宝の持ち腐れっぽいし。
だけどさ、こっち(刀とか剣とか)の才能、まるで無さげなんだよな俺……。
まあとにかく放とう。
放つだけなら剣術がどうとか太刀筋がなんだとか関係ないもんね。しかも俺の斬撃ガード無効ぽいし。
出せば当たる。
地獄から来た蜘蛛人間の乗るロボが投げる剣みたいなもんだ。概念兵器?
ディバインの光の斬撃はこの神に一矢報いることが出来なかったが……ふふ、俺のなら、どうだろうなぁ?
「ハハッ、見たところなかなかの刃のようだが……しかしだね少年」
グリムヒルデが言う。
「人をやめようと、人を超えようと、ものには限度というものがある。いかに強力な武器であろうと、神の喉元に届くとは、とてもとても……」
「そうでもないさ。既に一度、試してるからな」
「「……は?」」
ディバインとグリムヒルデ。
俺の言ったことの意味がわからないのか、箱被りの美女と継ぎはぎの美女が、間の抜けた声をハモらせる。
「ま、見てな。凄いものを見せてやるから」
もう言葉は不要。
あとは実際に振るうのみ。
俺は、右腕ごと上半身を後ろにそらす。
ガッチリ構えるのではなく、自然と、その体勢になっていく。身体のやりたいようにさせる。こうしたほうがいいんじゃないかという直感に従う。
そして、前方に踏み込むと同時に、
斬るというよりも、むしろ──刈るように、
だいたい水平に、刃を振った。
……………………ピシ
何かにヒビが入ったような音がした。
大きく亀裂の入る、その始まりを予感させる、不吉な音。
パキィイイイインンッ!!!
「よっしゃ、成功!」
半人半蝿の神の、上半分。
蝿の頭部があるべきところに、その代わりに生えているムキムキヒゲ親父の上半身が、見えないギロチンでも食らったかのように切断された。
「馬鹿な! 混ざりもののある不完全な、一時的な降臨とはいえ、仮にもユピテルの分霊を切り裂いた!? 容易く!? あり得るはずがない! 何をどうやろうが、そのような真似をできるはずが……」
びっくりグリムヒルデ。
「フッ、しかし見ての通りだぞ、白髪の女」
満足げディバイン。
「…………驚きだ。信じがたい」
「だが現実さ」
「いかなる奇跡を用いたというのか、検討がつかない。私は起きながら夢を見ているのか?」
「夢ではない。そしてまやかしでもない。そこは私が保証するよ。フッ、フフフ…………流石だ。流石は我が相棒だ! かっこいいぞユート!」
理解不能な動揺と、誇らしげな喜び。
笑ってしまうくらい明暗が分かれたな、ギャラリーたちは。
『なんと……なんという所業…………許すまじ……』
「おや」
致命傷かと思ったが、弱ってる感じがしないな。まだまだ元気そうだ。
切り離した上半身だが……宙に浮いてる。
翼もないし、手に持ってる鎌をプロペラみたいに頭上で回してるわけでもないのに、普通にホバリングしてる。
空中浮遊か。
まあ神だしな。そのくらい朝飯前だろう。
「ん?」
なんじゃろ。人の上半身のほうじゃなくて、蝿のほうの断面が、斬ってやった傷口がボコボコとうごめいてるで。
肉が沸騰しとるみたいで気持ち悪いのう。
ぼごばぁ!!
「うわ!?」
生えた!
生えてきた!
長くて、ヌメヌメした、鱗の…………蛇!?
蝿の頭じゃなくて蛇の頭!?
「なんで? なんでここにきて爬虫類? もしかしてダメージ受けすぎてバグったとか?」
「──いや、そこまで脈絡がないわけでもないよ、少年」
「そうなの?」
「古きローマにおいて、蛇は不死と力の象徴。そしてキリスト教においては誘惑者、悪そのもの。私がアポミュイオス神を顕現させるのに用いた魔の要素が、ここにきて顔を見せたのだろうさ」
冷静さを取り戻したらしいグリムヒルデが、穏やかに解説してくれた。
「つまり、元々の要素と、質の悪い要素が混ざり合って、あんなのが新しい頭になったってわけだ」
「フン、理屈などどうでもいい。大事なのは、そこの神が今の一閃でも死なず、それどころか実質二体に増えたということだ……違うか?」
「……うん、そうだな。それはお前の言う通りだよ。まあ多少は弱っただろうし、二つに分かれたんだから力も落ちてるとは思うんだけど……」
「なら丁度良い」
「おい、何するつもりだディバイン」
「知れたこと」
俺の真横まで来たディバインが、剣を構えた。
その視線の先にあるのは──鎌を持っている、神の上半身。
「ここからはタッグマッチといこう。我々の絆と強さ、上の神にも下の神にも見せつけてやろうじゃないか、相棒!」
ディバインが、雄々しく吠えた。
箱とレオタードさえなかったら、めっちゃ映える絵面なのにな。残念なことだ。
予期せぬ神との戦いも、ここにきて、いよいよ煮詰まろうとしている。
しかし援軍はいまだに影も形も見えない。




